第108話 俺様を誰だと思ってやがる? バアルさんだぞ?

 楓の毒の利いた発言から、紅葉が立ち直ると、紅葉達はレベル上げのためにそのまま本州に飛び立った。


 紅葉達と別れた奏達は、双月島に戻って来た。


「奏兄様、今日はどうしますか?」


「うーん、楓も進化したし、これ以上外のモンスターを狩りに行く理由もない。そろそろ緩い生活を始めても良いんじゃないか?」


「では、ビーチでバカンスにリベンジしますか?」


「あー、それ良いかも」


 楓の意見に賛成する奏だったが、その表情はなんとなくしっくり来ていない様子だった。


「奏兄様?」


「いや、いざゆっくりできると思ったら、なんだか落ち着かなくてな」


「奏兄様が、ワーカホリック気味になってる?」


 それが本当なら、由々しき事態だと思い、楓の頭に警鐘が鳴った。


 寝ることが大好きで、暇さえあればだらだらしていたいと言っていた奏が、働かないと落ち着かないなんて楓にとっては事件である。


「バアルさん、奏兄様をこんな風にした責任、どう取ってくれるんですか?」


「えっ、俺様のせいなの?」


「奏兄様に対し、早く復活したいと言い続けたせいで、奏兄様が勤勉どころかワーカホリック気味になっちゃったじゃないですか。どうしてくれるんですか?」


「・・・身に覚えがあるせいで、否定できねえ」


 楓に指摘された通り、バアルは自分の復活のため、奏をいつも急かしていた。


 だから、楓の発言を否定することができなかった。


 そこに、ヘラが割って入った。


『楓、落ち着くのよ。妾に考えがあるわ』


「ヘラ、教えて」


『急激な変化は、体に良くないわ。徐々に、元の奏に戻せば良いの。だから、少しずつ自分のペースに戻せるように、楓が手綱を握るのよ』


「なるほど。そうすれば、ゆくゆくは奏兄様と1日中ベッドで過ごせるようになるんですね」


『その通りよ』


「『その通りよ』、じゃねえよ。奏は操り人形か?」


 ヘラと楓の暴走したやり取りに、バアルは待ったをかけた。


「なんですか、バアルさん。私の邪魔をするんですか?」


『バアル、まさか貴女、奏を自分色に染めようとしてるんじゃないでしょうね?』


「ちょっ、違うからな!? ヘラ、滅多なこと言うんじゃねえ! 楓嬢ちゃんがマジでヤベえぞ!」


 本人を置いて、勝手に話が進んでいたため、奏は自分の行動は自分で決めた。


「ちょっと待ってくれ。俺はこれから、程々に双月島を自分のペースで開拓する」


「わかりました。私は、奏兄様に従います」


「そうだな。奏がやりたいようにやれ」


『仕方ないわね』


 奏が自分のこれからについて話すと、楓とバアル、ヘラはそれを受け入れた。


「んじゃ、まずは道の整備だな。【創造クリエイト】」


 奏がスキルを発動した瞬間、双月島に石畳の道ができた。


 獣道で歩きにくかったり、道と呼ぶには無理がある地面を整備し、一律で島中に石畳の道が開通した。


 1回のスキルの行使で、ここまでのことができるとは思っていなかったため、奏以外の全員が目を見開いて驚いた。


 しかし、すぐに楓やルナが正気に戻った。


「流石は奏兄様です!」


『パパすごい!』


 奏に感激する楓とルナを見て、バアルも正気に戻った。


「こりゃ参った。今の【創造クリエイト】、普通にヒューマンにはできることじゃねえ」


『何言ってんのよ、バアル。今の奏は、亜神エルフでしょ?』


「おっと、そうだった。それなら、まあ、あり得る、のか?」


亜神エルフだとしても、異常なのは間違いないわね』


「これは、働きたくないという奏の意思によるものかもしれねえな」


『末恐ろしいわね。でも、ここまでできる者は、不愉快なことに他の雌から狙われるのよね。これは、楓に気を引き締めさせないといけないわ』


「いや、その必要ないから。奏なら、絶対浮気しねえよ」


 バアルとヘラが、【創造クリエイト】の効果から奏が浮気するかどうかの話をしている一方で、ルナが奏におねだりしていた。


『パパ、ルナお願いがあるの~』


「どんなお願い?」


『モンスの実が生る木をたくさん植えてほしいな~』


「わかった。島を北東部、北西部、南東部、南西部、中心部の5つの区画に分けて、南東部はモンスの実の果樹エリアにしよう」


『ほんと~!? パパ大好き!』


「キュル~」


 好物のモンスの実で、南東部が埋め尽くされる想像をしたルナが、奏に近づいて頬擦りした。


 それに続き、サクラも喜びを態度で表し、ルナの反対側から奏に頬擦りした。


 ルナとサクラが落ち着いたら、奏達は南東部に移動し、【創造クリエイト】を使ってモンスの実の果樹園を創り上げた。


 作業時間、僅か5秒である。


「う~ん、今日はこれぐらいで良いかな。地味にMP使ったし、後はだらだらしよう」


「わかりました。ビーチに行きますか?」


「行くか。【瞬身テレポート】」


 歩かずとも、奏には【瞬身テレポート】がある。


 基本、奏が使える固有スキルは、どれも奏を甘やかすものばかりだ。


 自分達が頭を悩まさずとも、奏に自由にさせておけば、スキルを使うにつれて元通りになるだろう。


 あっという間にビーチに移動したことで、楓達はそのように思い直した。


 レジャーシートを広げ、楓が作った弁当を食べると、奏は思い出したようにバアルに質問した。


「バアル、今更なんだけどさ、魔石ってバアルに吸収させたり、【売店ショップ】での通貨替わりに使い道あんの?」


「おう、確かに今更だな。まあ、今までは、奏が手に入れた魔石は、残さず俺様が全部吸収してたから、無理もねえか。使い道、あるぞ」


「どんなふうに使えるんだ?」


「天界の話になるが、魔石はエネルギー資源だった。奏の知識をトレースした時、小説に魔道具ってあっただろ? あれが天界にもある。あの動力源だ」


「ふーん。じゃあ、今の地球じゃ使い道はないか。いや、待てよ。宝箱があるか」


「気づいたか」


 自分の言いたいことに、奏が気が付いたことで、バアルはニヤッと笑った。


「宝箱には、技能巻物スキルスクロールが出る時もあった。あれは、魔道具なのか?」


「おうよ。あれ魔道具だぜ」


「あれか。バアル、作り方知ってるか?」


「俺様を誰だと思ってやがる? バアルさんだぞ?」


「はいはい。で、作り方は?」


 くだらないことを言うバアルに対し、奏はスルーした。


 乗ってくれなかった奏を見て、バアルはムスッとした。


「奏が【創造クリエイト】で創る。以上」


「そりゃできるかもしれないが、俺が知ってるスキルの巻物スクロールしかできないじゃん」


「これも方法の1つだって話だ。他には、紅葉の姉ちゃんみてえな合成系のスキル持ちの奴が、そのスキルでモンスターカード、魔石、モンスターの皮を合成すれば、モンスターカード由来のスキルを会得できる技能巻物スキルスクロールを作れるぜ」


 バアルの説明を聞き、奏は思いついたことを訊ねた。


「手作業で作れないのか?」


「作れはする。が、エリクサーと同じようなことになるだろうぜ。スキル優位な世の中だからな」


「不完全な物ができるってか。そりゃ材料が勿体ねえわ」


「ケケケ。エリクサー飲んで気絶したから、そんな気にならねえか」


 バアルに言われ、激マズのエリクサーの味を思い出してしまい、奏の顔が引きつった。


「まあな。ちなみに、【売店ショップ】で技能巻物スキルスクロールは売ってるのか?」


「売ってるんじゃね? ヘラのティアラまで手に入ったんだから、ガネーシャに頼めば、良い感じの技能巻物スキルスクロールもあるんじゃねえの?」


「なるほど。でも、絶対高いよな」


「そりゃ、良いもんが高いのは、この世の道理だろうが。まあ、フォートレスホエールの魔石なら、1つだけでも良さげなもんが手に入るだろうが」


 すっかり、技能巻物スキルスクロールについて話しこんでいた奏とバアルの間に、楓が割り込んだ。


「奏兄様、さっきからバアルさんと話してばっかりです。私も奏兄様とイチャイチャしたいです」


 そう言いながら、楓は奏の膝に奏と向かい合うように座り、ぎゅっと奏を抱き締めた。


 ちらっと周りを見ると、ルナとサクラは技能巻物スキルスクロールの話に飽きてしまったらしく、食後の昼寝をしていた。


 ルナ達が寝てしまったことに気づかないまま、そこそこ長い時間喋っていたと知り、奏は楓に対して申し訳なく思った。


 だから、奏は待たせたお詫びをしようと口を開いた。


「ごめんな、楓。退屈させちゃってたか。その代わりに、何かリクエストに応じるから許してくれ」


「今、なんでもって言いましたか?」


「・・・言ってないけど、できる範囲で叶える」


 一言も、なんでもするなんて口にしていないのに、楓がそう解釈したので、奏は苦笑した。


 しかし、楓に機嫌を直してもらうためなら、できる限りリクエストに応えようと奏は覚悟を決めた。


「じゃあ、ハートのストローのトロピカルジュース、一緒に飲みましょう。私、あれに憧れてたんです」


「わかった。【創造クリエイト】」


 奏が想定していたよりも、軽い内容のリクエストだったので、奏はすぐに応じた。


 楓は本来、恥ずかしがり屋な性格であり、ヤンデレの要素が強まっても根本は変わらない。


 だが、そのままでは奏を他の女性に取られてしまうという思いから、弱い気持ちを押し込めていた。


 それゆえ、周りに邪魔者がいないと、楓の気が緩んで恥ずかしいとすぐに顔に出るようになる。


 その後、奏と見つめ合いながら、カップル専用のトロピカルジュースを飲み、顔を真っ赤にした楓の姿があったのは言うまでもない。

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