第11章 双月島開拓

第106話 なんでもはできねえよ。できることだけだ

 バアルが復活した翌朝、奏は昔の夢を見ていた。


 それは、祖父が飼っていた猟犬に押し倒され、ペロペロと顔を舐められる夢だった。


 だが、夢にしてはリアルな感触であり、奏は寝惚けてその猟犬の名前を口にした。


「スミレ、止めてくれ」


「・・・奏兄様、スミレって誰ですか?」


 プレッシャーを感じ、奏はパッと目を開いた。


 すると、目からハイライトの消えた楓が、奏に馬乗りになっていた。


 その状況からして、奏の顔を舐めていたのは楓に間違いない。


 顔を舐めていたのは自分なのに、他の名前を口にした奏に対し、楓からは容赦のないプレッシャーを放っていた。


「なんだ、夢か」


「奏兄様、スミレって誰ですか?」


「ん? あぁ、じいちゃんが飼ってた猟犬だよ。俺が起きないと、舐めて起こす癖があったんだ」


「犬ですか。安心しました」


「お、おう」


 スミレが犬だとわかると、楓の目に光が戻った。


 流石の楓も、犬を相手に嫉妬することはないらしい。


「遅くなりましたが、おはようございます、奏兄様」


「おはよう、楓」


 安心した楓は、奏に笑顔で目覚めのキスをした。


 それが済むと、奏はごく自然な疑問を口にした。


「それで、なんで楓は俺の顔を舐めてたんだ?」


「なんとなくです」


「なんとなくか」


「はい。なんとなくです」


 なんとなくだと言い張る楓に対し、奏は深く突っ込まなかった。


 まるで、楓がスミレみたいになったように感じただけで、それ以上は何も追及しなかったのだ。


 深く突っ込まれなかったので、楓は奏に抱き着き、奏の胸板に頬擦りし始めた。


 昨日も散々、お互いを激しく求め合った後なので、当然2人は生まれたままの姿であり、楓の頬の感触を奏は直に感じることになった。


 頬擦りした後、楓は奏を見上げた。


「奏兄様、お願いがあります」


「どうした?」


「私も進化がしたいです。亜神エルフになって、早く<不老長寿>を手に入れたいんです」


「どうして?」


「決まってます。奏兄様の前で、少しでも若く綺麗な姿でいたいからです」


「今のままでも、俺は楓が好きだぞ?」


「もう、奏兄様ってば。私も愛してます。それでも、私は奏兄様と早く一緒になりたいんです。私だけ置いて、進化しないで下さい」


 そう訴える楓の目は、置いてけぼりにしないでほしいと訴える子犬を連想させるものだった。


 あまりのかわいさに、奏は楓を抱き締めた。


「わかった。じゃあ、今日は楓が進化するまでモンスターを討伐しよう」


「ありがとうございます!」


 楓のおねだりにより、今日の奏達の予定が決まった。


 朝食後、奏が今日の予定を話すと、バアルはついて行くと言った。


 紅葉達も、どんなふうに進化するのかが気になるので、ついて行くと言い出し、久し振りに全員で行動することになった。


 神殿の外に出ると、世界樹がまた大きくなっていた。


 神殿よりも大きくなり、まだ小さくて未成熟ながら実も生っていることが確認できた。


「奏、出かける前に教えとくぜ」


「何を?」


「お前、【聖橙壊ホーリーデモリッション】を武器を経由せずとも使えるようになったから」


「は?」


「殴る、肘打ち、膝蹴り、蹴りでも【聖橙壊ホーリーデモリッション】を使えるって言ってんだよ」


「なんで?」


 突然、スキルの仕様が変わったことに、奏が戸惑わないはずがなかった。


 今まで、バアルで殴る時にしか使えなかったのだから、急にそれを自分の肉体を通じて使えると知れば、何が原因でそうなったのか気になるのは自然だろう。


「逆に、天叢雲剣で【聖橙壊ホーリーデモリッション】を使えるってどうよ? 刀だぞ? 刀で斬ったのに、粉砕するって変じゃね?」


「まあ、言われてみればその通りだが」


「だろ? だから、格闘術としてスキルの内容を修正しといたから」


「バアル、お前そんなこともできるようになったのか? もしかして、何でもできるのか?」


「なんでもはできねえよ。できることだけだ」


「そっか。まあ、神だもんな」


「おう、俺様は神だからさ、そんなこともできちまう訳だ」


 神扱いされ、嬉しくなったバアルはドヤ顔だった。


「はいはい。で、神のバアルさんよ、楓が進化できるぐらいの経験値を稼げるモンスターに心当たりはあるか?」


「あるぜ。つーか、奏がLv100になったろ? そのおかげで、奏のパーティーで会得した経験値は、4等分から、3等分になったんだ。必要以上に強い敵を倒さなくても良いんだぜ」


「そりゃ助かる。助かるついでに、どこに行けばいいか教えてくれ」


「任せとけ。俺様にかかれば、あっっっっっという間に見つけてやんよ」


「その溜めの間で見つけられたんじゃね?」


「そう言うなっての。ほら、見つけてやったぜ。飛ぶぞ」


 飛ぶぞと言うと、バアルは当たり前のように空を飛び始めた。


 それも、神として復活したからできることらしい。


 サクラは楓の従魔になってから、毎日食事をモリモリ食べていたことで、今では大型犬よりも少し大きなサイズになっていたため、楓はサクラに騎乗した。


 そして、奏達はそれぞれの従魔に乗ると、バアルの後を追って目的地まで移動した。


 その目的地とは、双月島から10キロぐらい離れた海上だった。


 近くには、双月島とは別の島があり、こちらも無人島である。


「バアル、こんな近くに俺から逃げないモンスターがいるのか?」


「普段はいねえよ。ただ、今日この時間はお目当ての奴が、するんだ」


「通過? ってことは、空か海にいるのか」


「正解だ。海から来るぜ」


 ブシャァァァァァッ!


 バアルが予言した瞬間、海中から勢いのある水柱が発生した。


「強化します! 【仲間超強化パーティーエクストラライズ】」


 水柱が直撃しないとわかると、楓はパーティー全体を強化した。


「紅葉、響、今回は俺達でやるから手を出さないでくれ」


「わかってるわ。ここで参加したら、楓に恨まれるもの」


「働かなくて済むなら、僕は働かないよ」


 紅葉と響に、今回の敵は自分達だけでやることを了承してもらうと、奏は天叢雲剣を鞘から抜いた。


 ザッパァァァァァン!


「バォォォォォン!」


 水しぶきを派手に撒き散らしながら、巨大な鯨が海中から現れた。


 その鯨は、普通の鯨とは違い、巻貝を背中に背負っていた。


 しかも、巻貝は普通の巻貝ではなく、両脇に大砲が付属している物騒なものだった。


「バアル、こいつは?」


「フォートレスホエールだ。背中の巻貝の大砲から、ビームぶっ放すから気を付けろよ」


「おっかないな」


『大丈夫。ルナとパパなら、絶対に当たらないもん』


「それもそうか。楓、サクラと一緒に待機。新しい武器やスキルを試してみるから」


「わかりました」


「キュル」


 楓とサクラに待機と命じた奏を見て、バアルはニヤッと笑った。


「奏、きっと驚くと思うぜ。お前はよ、進化してべらぼうに強くなったからな」


「かもな。正直、進化前よりも脅威に感じない」


「だろうぜ。ただ、こいつも普通にLv90を超えるモンスターだ。油断はすんなよ」


「勿論だ。ルナ、行ってくれ」


『は~い』


 奏はルナに声をかけ、海上で自分とルナに狙いを定めたフォートレスホエールに向かって突撃した。


 <鷲獅子騎手グリフォンライダー>の称号により、相性がさらに良くなったことで、奏は今までよりもルナと人馬一体の動きを見せた。


 無駄がなく、美しい奏の騎乗っぷりに、楓達は息をのんだ。


「【技能付与スキルエンチャント:<蒼雷罰パニッシュメント>】」


 バチバチバチィッ!


 天叢雲剣の装備スキルの1つ、【技能付与スキルエンチャント】を発動すると、天叢雲剣が蒼い雷を帯びて刀身がぐーんと伸びた。


「ルナ、GO!」


『任せて!』


 奏の意図を理解したルナは、突撃するスピードをさらに上げた。


 そして、大きく口を開け、奏達を飲み込もうとするフォートレスホエールの前で急上昇した。


 それから、ループコースターの要領でぐるんと回ると、奏が横に構えた天叢雲剣でフォートレスホエールを斬れるように、フォートレスホエールの横を通過した。


 スパァァァァァン! ズドォォォォォォォォォォン! パァァァッ。


 蒼い雷で伸びた刀身が、フォートレスホエールをすれ違いざまに一刀両断した。


 その瞬間、蒼い雷が上半分と下半分に分かれたフォートレスホエールの肉片を感電させた。


 すぐに2つの肉片は炭化し、フォートレスホエールはあっけなく倒れた。


「あっ、魔石。【透明腕クリアアーム】」


 ピカァァァァァン!


 忘れてたと言わんばかりに、奏がフォートレスホエールの魔石を回収すると、少し遅れて周囲一帯が光に包まれ、神の声が聞こえ始めた。


《楓はLv100になりました》


《楓の【仲間超強化パーティーエクストラライズ】が、【天使応援エンジェルズエール】に上書きされました》


《楓はLv100になったことにより、進化条件を満たしました。これより進化を開始します》


《楓の<不老>が、<不老長寿>に上書きされました》


《ルナはLv97になりました》


《サクラはLv93になりました》


 光が収まると、サクラの背中の上に進化した楓の姿が乗っていた。

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