第100話 チッ、ドラゴンには氷じゃないのか?

 楓の称号の話が終わると、奏達は頂上を目指して移動し始めた。


 普通に登らず、ルナに乗っての移動であり、モンスターは出て来なかったので、山頂まで大して時間はかからなかった。


 ルナが山頂に着地すると、奏と楓も地面に降りた。


「バアル、何もいないぞ?」


『火口にいるんだよ。今は寝てるらしいが、反応はしっかり捕捉できてる』


「えっ、寝てんの? 良いなぁ」


『しまった。奏に寝る話はしねえ方が良いんだった』


 寝ることが大好きな奏に、敵が寝ているだなんて話せば、羨ましがって奏の士気が下がる。


 基本的な奏の取り扱い方法の中でも、特に注意すべき睡眠の話題を口にしたことを後悔した。


 しかし、事態はバアルが懸念していた方向には進まなかった。


「倒して帰ってから、ゆっくり寝るか」


「そうですね。きっと、今夜の奏兄様はいつもよりも激しくしてくれるはずです。楽しみです」


「お、おう」


 今すぐ帰って寝るではなく、倒して帰ってから寝ると奏は言った。


 バアルは自分の耳を疑った。


 だが、そこで自分の疑問を口にしてしまえば、奏の意思が変わってやっぱり帰って寝ると言い出しかねない。


 それに、肉食系な楓の発言で、奏が今晩も楓に搾り取られることを思い出し、若干帰りたくなくない気持ちにさせている。


 だから、バアルは聞き返すことはしなかった。


 それから、奏達は火口を見下ろせる位置まで移動した。


 すると、火口には8つの頭と8本の尾を持ち、群青色の鱗に覆われた巨大な龍が寝息を立てているのを見つけた。


「あれは流石に俺でも知ってる。バアル、八岐大蛇やまたのおろちだろ?」


『正解。富士山にいるのは、日本の神話と比べて違うが、日本最強のモンスターってんなら、奴で間違いねえだろうぜ』


 八岐大蛇とは、古事記や日本書紀において、その不良ぶりで高天原たかまがはらを追放された須佐之男命すさのおのみことが、泣き虫だったり粗野で乱暴な神から、英雄的善神に変化するエピソード大蛇退治に登場する。


 その話の中では、8つの頭と8本の尾を持ち、目は鬼灯のように真っ赤で、背中には苔や木が生え、腹は血でただれ、8つの谷、8つの峰にまたがる程巨大とされている。


 しかし、奏達の眼下で寝ている八岐大蛇は、せいぜい火口をすっぽり埋めるぐらいの大きさだった。


 その違いは、奏達にとって嬉しい違いと言えよう。


 流石の奏達でも、伝承の通り8つの谷、8つの峰にまたがる程巨大なモンスターであれば、この場で回れ右するところだった。


「奏兄様、八岐大蛇って、頭が9つあるんじゃないんですね?」


「八岐は8つの頭って意味であると同時に、途方もなく大きなって意味もあるんだってさ。だから、8つで合ってる」


「流石は奏兄様です」


「すまん、これは紅葉の受け売りだ」


「・・・紅葉お姉ちゃん、こんな時まで邪魔するなんて良い度胸ですねぇ」


 ゴゴゴという擬音が聞こえそうなぐらい、楓から黒いオーラが噴き出した。


 奏を物知りだと褒め、奏の気分を良くしようとした目論見が失敗し、その上奏の知識の根拠が紅葉だと知ると、楓は実の姉に苛立った。


『おい、楓嬢ちゃん、こんなとこでそんなプレッシャー出すんじゃねえよ。八岐大蛇が起きちまうだろうが』


『バアル、もう遅いと思うわ』


 ヘラが言った通り、楓のプレッシャーを察知し、八岐大蛇は目を覚ましてしまった。


「ルナ、乗せてくれ。機動力が重要そうだ」


『任せて~』


 巨体を相手に、地上戦を行う理由はない。


 だから、奏は楓の手を引き、ルナの背中に乗った。


 そして、ルナは急いで離陸した。


「強化します! 【仲間超強化パーティーエクストラライズ】」


 八岐大蛇の意識が、完全に覚醒する前に、楓はパーティー全体を強化した。


 これで、奏は【仲間超強化パーティーエクストラライズ】に加え、<覇王>と<竜滅殺師ドラゴンスレイヤー>の効果で、全能力値が通常時とは比べ物にならないぐらい上がった。


「まずはこれだ! 【天墜碧風ダウンバースト】」


 コォォォォォォォォォォッ、カキィィィィィィィィィィン!


 間違いなく、今までで最高出力の【天墜碧風ダウンバースト】が、上空から寝惚けている八岐大蛇に降り注いだ。


「チッ、ドラゴンには氷じゃないのか?」


『ポ〇モンじゃねえよ』


「効果は抜群だ」


『しょうもねえこと言ってないで、追撃しとけよ』


「そうだな。【聖爆轟ホーリーデトネーション】」


 ピカッ、ドガガガガガガガガガガァァァァァン!


 またしても、今までで最高出力の【聖爆轟ホーリーデトネーション】だったが、神の声は奏達に聞こえてなかった。


 爆炎と煙が収まると、そこには1本の首は無傷で、7本の首が高速で再生している八岐大蛇の姿があった。


『ゲッ、マジか。あいつ、【高速再生クイックリジェネ】持ってやがる』


「そんなのありかよ?」


『スキルとして存在する以上、ありだな』


「「「・・・「「よくもやってくれたな。【地獄炎ヘルフレア】」」・・・」」」


 ゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォォォッ!


 全ての頭から、奏達目掛けて【地獄炎ヘルフレア】が放たれた。


「私が」


「待て! ルナ、回避!」


『うん!』


 楓の【仲間超強化パーティーエクストラライズ】で強化されたおかげで、AGIがぐーんと上がっているルナは、8つの【地獄炎ヘルフレア】を全て避けた。


 もし、楓の【聖域サンクチュアリ】で受ければ、無事に凌げたとしても、その瞬間から防戦一方になる恐れがあった。


 だから、奏は楓に待ったをかけて、ルナに回避させるという選択をした。


「小癪な」


「寝込みを襲うとは」


「許すまじ」


「忌々しい」


「まったくもって」


「不愉快だ」


「ここで殺すか?」


「殺そう」


「「「・・・「「異議なし!」」・・・」」」


 誰だって、寝起きに特大の攻撃をぶっ放されたら不機嫌にもなる。


 もっとも、その前に大半の者は奏の強化された【天墜碧風ダウンバースト】と【聖爆轟ホーリーデトネーション】を受ければ、不機嫌で済まないのだが。


 八岐大蛇の方針を即決して、奏達を殺すために動き始めた。


「「「「【重力牢グラビティジェイル】」」」」


「「「「【毒雨ポイズンレイン】」」」」


「楓!」


「はい! 【聖域サンクチュアリ】」


 ズズズズズッ! ドドドドドォォォォォッ! キキキキキィィィィィン!


 範囲攻撃を連続して使われてしまえば、ルナ任せでの回避は難しい。


 だから、奏は楓の【聖域サンクチュアリ】に頼った。


 <覇王妃>の効果で、今の楓の全能力値は、強化に強化を重ねた奏の90%になっているので、【聖域サンクチュアリ】の中は安全だった。


 だが、【聖域サンクチュアリ】の中に閉じ籠っていれば、集中砲火を受けることは間違いない。


 実際、八岐大蛇は次の攻撃を仕掛けていた。


「「「・・・「「【地獄炎ヘルフレア】」」・・・」」」


 ゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォォォッ! キキキキキィィィィィン!


 再び、八岐大蛇の全ての頭から、奏達目掛けて【地獄炎ヘルフレア】が放たれた。


 しかし、【聖域サンクチュアリ】は打ち破られはしない。


「【瞬身テレポート】」


 【地獄炎ヘルフレア】の影響で、視界が悪いのを逆手に取り、奏達は八岐大蛇の真上に瞬間移動した。


「【蒼雷罰パニッシュメント】」 


 バチィッ! ズドォォォォォォォォォォン!


 蒼い稲妻がビームのように放たれ、八岐大蛇の真ん中の首を消し炭にした。


 それでも、すぐに【高速再生クイックリジェネ】で消し炭になった首が元通りになった。


「おいおい、破壊して傷口を焼いたはずなのに、それでも再生すんのかよ?」


『そりゃ、【高速再生クイックリジェネ】だからな。きっと、首を全部同時に破壊しなきゃ駄目だぜ』


「そんなことできるか?」


『やるしかねえさ。その証拠に、奏が【天墜碧風ダウンバースト】と【聖爆轟ホーリーデモリッション】のコンボを決めた時、奴は1本だけ首を庇った』


「つまり、1本でも残ってれば、再生するってことか」


『そういうこった』


「面倒臭っ!」


「「「・・・「「頭上でごちゃごちゃ煩い! 【地獄炎ヘルフレア】」」・・・」」」


 ゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォォォッ!


「【聖雨ホーリーレイン】」


 ザァァァァァァァァァァッ!


 聖なる大雨が、八岐大蛇の【地獄炎ヘルフレア】を奏達に届く前に消火した。


「酒か!?」


「酒じゃねえ!」


「嫌な感じの水だ!」


「酒じゃねえのかよ!?」


「酒が飲みてえ!」


「浴びる程の酒が飲みてえ!」


「酒がない世界なんざクソだ!」


「あいつ等殺したら、酒を奪いに行くぞ!」


「「「・・・「「異議なし!」」・・・」」」


 八岐大蛇のそれぞれの首が、奏の【聖雨ホーリーレイン】を酒と勘違いし、酒じゃないとわかるとキレて酒を欲した。


「ハハハ、まさかな」


 そんな八岐大蛇を見て、奏は八岐大蛇に対する策を思い付いた。

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