第99話 奏、やっぱりお前は俺様の癒しだぜ

 時間を少し遡る。


 奏達に牛頭鬼を任せられた楓達は、牛頭鬼を無力化、最低でも足止めするつもりで対峙した。


「サクラ、【氷分身アイスアバター】を5体分出して」


「キュッキュル~」


 ピキピキピキピキピキッ。


 楓の指示通り、サクラは【氷分身アイスアバター】を発動し、自分の隣に5体の氷でできた分身を並ばせた。


「分身で牛頭鬼を取り囲んだら、周りをグルグル回らせて。【束縛バインド】」


「何ぃっ!?」


「キュル!」


 複数の光の茨が、地面から突き出して牛頭鬼を拘束した。


 牛頭鬼が動揺している間に、サクラは楓の指示に頷き、分身達に指示を出した。


 それにより、分身達が牛頭鬼を取り囲み、円を描くようにその周りを回り始めた。


 【飛行フライ】ではなく、【浮遊フロート】しか会得してないサクラは、スキル単体で移動できない。


 【浮遊フロート】で移動するには、サクラの尾びれで空気を押し出すように進むしかない。


 だから、【飛行フライ】と比べると、移動速度はどうしても劣ってしまう。


 それでも、Lv88にもなれば、AGIの数値も十分に上がっており、尾びれで空気を押し出す移動法もかなり早く移動できるようになっていた。


 目にも留まらぬスピードとまではいかないが、追うのに必死になるぐらいではある。


 それが理由で、牛頭鬼はサクラの分身達が何をしでかすかわからないので、警戒して斧を構えた。


「サクラ、牛頭鬼が分身達に気を取られてる間に、脚を凍らせて」


「キュルン!」


 ビョォォォォォッ! ピキキキキキィッ!


「クソッ!?」


 ルナの【吹雪ブリザード】により、自分が分身達に気を取られている隙に、下半身を凍らせてしまい、牛頭鬼は声を荒げた。


 だが、下半身を凍らされたとしても、自分が倒された訳ではない。


 それを理解しているので、牛頭鬼は深呼吸して焦りや苛立ちを落ち着かせ、上半身だけを捻った。


 楓の【拘束バインド】を、持ち前のSTRの数値で抜け出そうとしているのだ。


「ふんぬらばぁっ! 【手斧トマホーク・・・」


「【記憶消去メモリーデリート】」


「・・・」


 スキル名を詠唱する途中で、楓の【記憶消去メモリーデリート】を喰らい、牛頭鬼は呆けた表情になり、それからゆっくりと首を傾げた。


「サクラ、分身達を突撃させて、上半身も凍らせちゃって」


「キュルッ!」


 ピキピキピキピキピキィィィィィン!


 まだ呆けている牛頭鬼に対し、次々とサクラの分身が突撃した。


 その結果、奏達が馬頭鬼を倒してから目撃した光景になったという訳だ。


 奏とルナが近づいて来たと知ると、楓が嬉しそうに笑った。


「見て下さい、奏兄様! 私とルナで、牛頭鬼を無力化しましたよ!」


『妾が口を挟まずとも、楓は立派に妻として奏達を迎え入れたわ。何か言ったらどうなの?』


「もう、誰であっても、楓を支援だけだなんて言えないな。強くなったね、楓」


「エヘヘ♪ 奏兄様に褒めてもらえました♪」


 奏に頭を撫でられ、楓は天にも昇る気分になった。


「あとは任せてくれ。な、ルナ?」


『うん! ママとサクラがここまでしたんだもん! 後は、ルナが頑張る!』


「よしよし。ルナ、あの腕を斬って。斧は回収しよう」


『は~い。【螺旋風刃スパイラルエッジ】』


 ビュオォォッ! スパパパァァァン! ゴトリッ。


 氷漬けになっていた牛頭鬼の腕が、螺旋する風の刃切断されて地面に落ちた。


 当然、切断した腕は斧を持っている方だ。


「【透明腕クリアアーム】【無限収納インベントリ】」


 モンスターの落し物は、すぐに透明な腕によって回収され、そのまま亜空間に収納された。


「良い子だ。ルナ、とどめを刺して」


『うん! 【嵐砲ストームキャノン】』


 ゴォォォォォッ! パリィィィィィン! パァァァッ。


 ルナの【嵐砲ストームキャノン】が、牛頭鬼の心臓部を撃ち抜いた。


《奏はLv99になりました》


《おめでとうございます。個体名:高城楓は、攻撃に向かない聖職者クレリックにもかかわらず、Lv90以上のモンスターを無力化させ、手柄を夫に譲りました。その報酬として、<良妻>の称号が与えられました》


《楓の<先駆者>と<良妻>が、<覇王妃>に統合されました》


《楓はLv97になりました》


《ルナはLv94になりました》


《ルナの【嵐砲ストームキャノン】が、【翠嵐砲テンペストキャノン】に上書きされました》


《サクラはLv89になりました》


《サクラはLv90になりました》


《サクラは【健康ヘルス】を会得しました》


 神の声が止むと、バアルが魔石を吸収させろとブルブル震え始めた。


『おい、奏! 早く! レベルアップ、早よ!』


「わかったから落ち着け」


 バアルのリクエストに応じ、奏は魔石を回収し、それをバアルに吸収させた。


 シュゥゥゥッ。


《バアルはLv99になりました》


『よっしゃあ! あと1つだ! あと1つで、俺様は神として復活する!』


 レベルアップしたバアルは、すっかりご機嫌になった。


 そんなバアルを放置して、奏は魔石と一緒にドロップしたマテリアルカードを拾い上げ、その絵柄を確認した。


 マテリアルカードに描かれていたのは、グルメ番組でしか見たことがないA5ランクの牛の霜降り肉だった。


 夕食の楽しみに取っておくつもりで、奏はこのカードをしまった。


「奏兄様、やりました! <覇王妃>ですよ、<覇王妃>!」


『パパ、【翠嵐砲テンペストキャノン】だって! すごい!? すごい!?』


 楓もルナも、奏に褒めてほしくて仕方がない様子で、奏の体に顔を埋めた。


 そんな楓とルナの頭を、奏は片方ずつの手で撫でた。


「どっちもすごい」


「『エヘヘ♪』」


 楓とルナの喜び方が、微塵の時差もなくシンクロした。


 奏に撫でられ、喜んでいる楓とルナを好きにさせたまま、奏はバアルに訊ねた。


「バアル、楓の称号の説明頼むわ」


『おうよ。楓嬢ちゃんの<覇王妃>だが、2つ効果がある。まず、<覇王>の称号を持つ奏の全能力値の90%が、楓嬢ちゃんの全能力値になるぜ』


 ご機嫌なバアルの口から、しれっと楓の全能力値がぐーんと伸びたことが知らされた。


「マジ?」


『マジだぜ。夫を立てる妻のように、1歩下がってるだろ? これからの楓嬢ちゃんの能力値は、奏に依存するようになるんだ』


「責任重大だな。もう、俺だけの能力値じゃなくなったのか」


『まあな。んで、2つめなんだが、はぁ・・・』


 ご機嫌だったはずのバアルから、急に元気がなくなり、溜息までつくものだから奏は不安になった。


「なんだよ、その溜息は?」


『奏がピンチの時のみ、楓嬢ちゃんの全能力値が奏の全能力値の110%になる』


「別に良いんじゃね? 楓が助けてくれるってことだろ?」


『奏、やっぱりお前は俺様の癒しだぜ』


 バアルが溜息をつくりゆうがわからず、奏は首を傾げた。


『なるほど。<覇王妃>、なんて素晴らしい称号なのかしら』


『うへぇ、ヘラが気づいちまったか』


『バアル、これを隠そうとするなんて、どういうつもり? 説明しなさい』


 ヘラが感づいたらしく、バアルに隠そうとした理由を説明を求めた。


『へいへい。奏、ピンチの時ってのはどういう時だ?』


「ピンチ? 戦闘中に劣勢ってことじゃないの?」


『それもある。当然だな。だが、別の意味もあるんだよ』


「えっ、何それ?」


『奏、妾から教えてあげるわ。楓はね、奏の貞操の危機だと思えば、奏のピンチだと解釈して強くなれるのよ』


 バアルが説明に消極的なので、ヘラが説明を交代した。


 何故なら、奏だけじゃなくて、実は楓もしっかりと聞いていたからである。


 自分の契約者の力になれるのだから、しっかり説明するのはヘラにとって当然の義務なのだ。


「つまり、奏兄様に擦り寄ろうとする雌豚共の抑止力を手に入れたんだね? そうだよね、ヘラ?」


『その通りよ。楓、これで貴女は奏を独占する力を手に入れたの』


「ウフフ。この時を待ってたわ。私、これで枕を高くして眠れるよ」


 シュイン。


 楓の笑みから、怖気を感じたバアルは、すぐに奏の中に逃げた。


「いやいや、楓、俺に浮気するつもりなんて微塵もないぞ?」


「わかってます。奏兄様が、私だけを愛してくれてるのは、わかってるんです。でも、他の雌豚共が奏兄様の愛人になろうとする可能性は消えないんです。だから、そんな可能性は私が潰します」


「まあ、うん。頼むよ」


「はい! 任せて下さい! 私と奏兄様の関係にちょっかいをかけるような雌豚は、1人残らず消して差し上げますね♪」


 暗に、【記憶消去メモリーデリート】で奏に近寄ろうとした女の記憶を消すと言う楓に対し、奏はそんな事態にならないように注意しようと気を引き締めた。

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