第98話 夫婦愛の強さ、思い知らせましょう!

 昼食と食休みの後、奏達は登山を再開した。


 もっとも、登山と言いつつルナに乗って移動しているだけだったりするのだが。


 それでも、酸素が薄い中で激しい戦闘を行えば、高地トレーニングなんて生易しい言葉では言い表せない負担が体にかかる。


 そのはずなのに、体に大して負担がかかっていないように思えたので、楓は疑問に思った。


「今更ですけど、富士山に登るのに、こんな服装で大丈夫なんですね」


『今更だな。けど、問題ねえよ。俺様達がいるからな』


『そうね。問題ないわ』


「どういうことですか?」


『俺様やヘラの装備者である奏や楓嬢ちゃんは、俺様達が復活するにつれて環境適応能力も上がってるんだよ』


「そんな恩恵があったんですね」


『おうよ』


『これも、楓や奏が妾達を復活させてくれた正当な対価よ』


 神器に姿が変わった今、バアルやヘラがアピールできるポイントだったので、2柱とも得意気な声だった。


「バアル、レベルアップにはそういう恩恵はないのかよ?」


『ある。それでも、俺様達の方が効果が大きいから感じられねえだろうがな』


「ふーん」


 レベルアップの恩恵よりも、神器を神に近づけた方が恩恵が大きいと聞くと、奏はつくづく神器がチートだと思った。


『おっと、お喋りはここらで終わりだ。モンスターが2体、この先に待ち構えてやがる』


 先程までの、ドヤ顔なのが容易に想像できる声とは打って変わって、バアルが真剣な声を出したので、奏達の表情も引き締まった。


「<覇王>の称号があっても、ビビらないのが2体ってことか?」


『そういうこった。俺様の予想だが、頂上にはLv100のモンスターが待ち構えてる。ダイダラボッチはLv95以上だったが、次の2体も同等の強さだ。やっぱり富士山は最高だぜ』


「奏兄様、もう強化しておきますか?」


「頼む」


「わかりました。【仲間超強化パーティーエクストラライズ】」


 奏に頼まれ、楓はパーティー全体を強化した。


 それからすぐに、奏達は遠目ではあるものの、バアルが捕捉したモンスター2体を視界に捉えた。


 それは、斧を持った牛の頭の極卒と、三叉槍を持った馬の頭の極卒の見た目をしていた。


牛頭鬼ごずき馬頭鬼めずきじゃねえか』


「ダイダラボッチもそうだったが、なんで急に和風なモンスターが登場すんだよ?」


『さあな。大方、頂上にいる奴が日本のモンスターなんだろうぜ。それこそ、ソロモン72柱が介入できねえ強さの奴がな』


 バアルに言われて初めて、奏は日本で最高峰のモンスターばかり出現する富士山に、ソロモン72柱がいないことに気づいた。


「そういえば、確かに富士山に来てから、パズズしか悪魔系モンスターを見てねえな」


『それな。多分、富士山の頂上にいる奴が手強くて、ダンジョン化させられなかったんだ。それで、ソロモン72柱が諦めた富士山にパズズが乗り込んだが、奏にやられた。そんな筋書きだろうぜ』


「なるほどな。ちなみに、ソロモン72柱は日本以外にも散ってるのか?」


『散ってるだろうよ。日本だけ占拠したところで、周辺の国がまとまって攻めてこられたらマズいからな。普通のモンスターと同様に、全世界同時に入り込んでるのさ』


「まあ、なんにせよ敵対するモンスターは倒すだけだ。【聖爆轟ホーリーデトネーション】」


 ピカッ、ドガガガガガァァァァァン! キキキキキィィィィィン!


 奏は初手ぶっぱを試したが、牛頭鬼と馬頭鬼が倒れた音はしなかった。


 それどころか、防がれた音すら聞こえて来た。


 爆炎と煙が収まると、そこには牛頭鬼を庇い、三叉槍を構えて立つ馬頭鬼の姿があった。


『うへぇ、面倒臭っ。馬頭鬼の奴、【魔法無効マジックヴォイド】持ってやがる』


「ヒュージスライムの【魔法耐性マジックレジスト】の上位互換?」


『その通りだ。魔法系スキルは一切効かねえ。物理で倒せ』


「ルナ、速攻だ! 急速前進!」


『わかった!』


 ルナは奏達を乗せたまま、馬頭鬼目掛けて突進する。


 奏に詳しく指示を出されなくても、奏のやろうとしていることをルナはしっかりと理解しているのだ。


 そして、馬頭鬼が近くなると、奏は振りかぶった。


 すると、今度は牛頭鬼が馬頭鬼をかばうように前に出た。


「邪魔だ! 【聖橙壊ホーリーデモリッション】」


 キュイン、ドゴゴゴゴゴォォォォォン! キキキキキィィィィィン!


「んなっ!?」


『パパ、離脱するよ』


 牛頭鬼に【聖橙壊ホーリーデモリッション】が弾かれたと知ると、ルナは全速力で牛頭鬼から距離を取った。


「逃がすか。【怨念炎グラッジフレア】」


 ドロドロドロォォォッ!


 牛頭鬼の後ろから、馬頭鬼が三叉槍を構えてどす黒くてドロドロした炎を放った。


 その炎が、逃げる奏達を執拗に追いかける。


「私が防ぎます! 【聖域サンクチュアリ】」


 ジョボッ!


 楓が発動した【聖域サンクチュアリ】に触れた途端、【怨念炎グラッジフレア】は消火された。


『チッ、面倒臭えな。牛頭鬼の奴、【物理無効フィジカルヴォイド】持ってやがる。牛頭鬼と馬頭鬼でニコイチかよ』


 魔法系スキルを放てば、馬頭鬼が前に立ち、【魔法無効マジックヴォイド】で無効化する。


 物理系スキルを使えば、牛頭鬼が前に立ち、【物理無効フィジカルヴォイド】で無効化する。


 しかも、先程のように、片方が防いだ後の隙を、もう片方が攻撃するのだから、抜群のコンビネーションだと言えよう。


 バアルが嫌がるのも当然だろう。


「つまり、今回の戦いでは、私の夫婦愛と牛頭鬼馬頭鬼の連携、このどちらが優れてるかが勝負なんですね?」


『お、おう。まあ、そうだな』


 突然、楓が良くわからないことを言い出したので、バアルは反応に困り、とりあえず肯定した。


「奏兄様、牛頭鬼は私とサクラの相手をします。その隙に、奏兄様とルナちゃんで馬頭鬼をやっつけて下さい」


「できるのか?」


「できます。サクラもここまで、戦わずに力を温存してきました。そろそろ戦うべきです。ね、サクラ?」


「キュルン!」


 楓の問いかけに対し、サクラは力強く返事をした。


『パパ、サクラも出番が来たって喜んでる』


「・・・わかった。なるべく早く馬頭鬼を倒す。無茶はしないでくれ」


「大丈夫です。私は奏兄様の妻です。夫が帰って来るべき場所を守るのは、妻の役目ですから」


 そこまで言うと、楓は体を上に伸ばし、奏についばむようにキスをした。


 ちゅっ。


 それから、サクラに掴まってルナから降りた。


『安心するが良い、奏よ。妾が付いてるのだから、楓が傷つくことはないわ。それでも不安なら、さっさと馬頭鬼をぶち殺しなさい』


「わかった。それじゃ頼むよ」


「はい! 夫婦愛の強さ、思い知らせましょう!」


 奏とルナ、楓とサクラのペアに別れた。


 すると、牛頭鬼と馬頭鬼はお互いの顔を見て頷き合った。


 そして、馬頭鬼が楓達の方に向かった。


 だが、それを許す奏ではない。


「【瞬身テレポート】【聖橙壊ホーリーデモリッション】」


 キュイン、ドゴゴゴゴゴォォォォォン!


 ルナの背中に乗ってしか移動しないと思い、奏からの攻撃を警戒していなかった馬頭鬼は、奏だけが【瞬身テレポート】で接近するとは思ってもいなかった。


 その思い込みのせいで、奏が背後に移動されたことに気づいた時には、【聖橙壊ホーリーデモリッション】で空に打ち上げられていた。


 レベルが高く、流石の奏でも一撃で馬頭鬼を倒すことはできなかったが、の攻撃は終わってなかった。


「ルナ!」


『任せて!』


 打ち上げられた馬頭鬼の勢いが止まった頃には、ルナがその足で馬頭鬼を両腕をがっちりと掴み、地上へと急降下した。


 ドガァァァァァン!


 地面と衝突する間際で、ルナは馬頭鬼だけを地面に叩きつけ、自分は再び上空に飛び上がった。


 それと入れ替わるようにして、地面に叩きつけられた馬頭鬼に接近し、奏はバアルを振り下ろした。


「【聖橙壊ホーリーデモリッション】」


 キュイン、ドゴゴゴゴゴォォォォォン!


「ごふっ!?」


「足りないか。【聖橙壊ホーリーデモリッション】」


 キュイン、ドゴゴゴゴゴォォォォォン!


「がはっ!?」


「しつこい! 【聖橙壊ホーリーデモリッション】」


 キュイン、ドゴゴゴゴゴォォォォォン! パァァァッ。


 【聖橙壊ホーリーデモリッション】が4発、ルナの落下エネルギーを利用した叩きつけが1発で、ようやく馬頭鬼は魔石になって消えた。


 バアルに魔石を吸収させると、奏は牛頭鬼と戦闘中の楓達の方を振り返った。


 すると、そこには呆けた表情で氷漬けになっている牛頭鬼と、その近くでで胸を張っているサクラ、その背中の上で満足した様子の楓の姿があった。

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