第97話 俺をキレさせたら大したもんだ

 奏に見下ろされたまま、仰向けの状態から身動きが取れないので、ダイダラボッチは苦虫を噛み潰したような表情だった。


「おやおや、さては俺が怖くて喋れないんだな?」


「チビが、ぐふっ!?」


 喋りかけたダイダラボッチの顔を、奏が蹴飛ばした。


「また、チビって言った。その言葉、楓が精神的ダメージを受けるから口にしないでくれる?」


「・・・チビ」


 顔を蹴られたことで、脳が揺れて意識が薄れかけていたが、ダイダラボッチは悪態をつき続けた。


「OK。その喧嘩、買ってやる。お前には、絶対的な強さの格付けが必要らしい」


『えっ、何? 奏、キレてんの?』


「俺をキレさせたら大したもんだ」


 そう言うと、奏は【神威ゴッズオーラ】の威力を強めた。


『キレてんじゃん』


「うっさい。じゃ、やるか。【不可視手インビジブルハンド】」


 バアルのツッコミを軽くあしらい、奏は自分にしか見えない透明な手を創り出した。


 その手は、今までに使ったどの【不可視手インビジブルハンド】よりも太く、長く、大きいものだった。


 どうやら、ダイダラボッチの大きさに合わせたらしい。


『奏、一体何をやらかす気だ?』


 何をやる、ではなく、何をやらかすと言うあたり、バアルは奏が普通じゃない何かをしようとしていることを見抜いていた。


「バアル、生物をじっくり甚振るには、どんな方法が効果的だと思う?」


『質問を質問で返すなっての。んー、徐々に与える痛みを強くすることじゃね?』


「その通り。じいちゃんに習ったんだけど、全身の損壊を1回分の死だと仮定して、骨を1本ずつ折ることなんだってよ」


『・・・ヤバい発想してんなぁ、奏のじいさんは』


「俺もそう思う。害獣だからって、鹿の骨を1本ずつ折ってる光景を見させられた日は、魘されて6時間しか寝られなかったぜ」


『それでも、6時間はしっかり寝たんだな。流石は奏』


 そこは普通、魘されて全然眠れなかったと言うべきだろうと思ったので、バアルはしっかりと反応した。


「当たり前だ。俺から睡眠を取り上げることは、じいちゃんにもできないさ」


『はいはい。で、今から奏はじいさんの真似をするのか?』


「その通り。人体の骨は、たしか206本ある。モンスターは知らんけど、ダイダラボッチのは人型だから、多分一緒だろ」


『あー、ダイダラボッチの骨に大した特徴がねえからわかんねーわ。でも、大体合ってんじゃね?』


 バルペティアと呼ばれることがなくはないバアルでも、流石にダイダラボッチの骨が何本あるかまでは知らない。


 だから、バアルの反応は適当なものになった。


「ということで、今から103本、ダイダラボッチの骨を折る。半殺しだな。まずは腕。上腕骨」


 ボキッ。


「ぐぁっ!」


 【不可視手インビジブルハンド】により、右腕の上腕骨を折られ、ダイダラボッチは痛みに声を漏らした。


 しかし、奏はそれを無視した。


「尺骨、橈骨、手根骨、中手骨、手指骨で腕の骨30本」


 ボキボキボキボキボキィィィィィッ!


「ぐぁぁぁっ!」


 身動きが取れない中、テキパキと流れ作業のように腕の骨を折られ、ダイダラボッチが悲痛な声を出した。


 それでも、奏は全く動きを止めない。


「次は脚。大腿骨から始めて、種子骨までで32本」


 ボキボキボキボキボキィィィィィッ!


「ぐぁぁぁぁぁっ!」


 折られた骨の本数が増えたことで、ダイダラボッチの声のボリュームも増えていく。


「肩甲骨、鎖骨、鼻骨、頬骨、涙骨、口蓋骨、肋骨、上顎骨、下顎骨、篩骨で102本」


 ボキボキボキボキボキィィィィィッ!


「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 情け容赦なく、ノンストップで骨を折られたせいで、痛みと恐怖が入り混じり、ダイダラボッチは強気な態度をどこかに置き忘れたように叫んだ。


 だが、痛みで上手く働かない頭で、ダイダラボッチは奏が骨を折る前に口にした言葉を思い出した。


 103本骨を折ると言ったのに、102じゃないか。


「あぁ、気づいたか。じゃあ、リクエスト通り103本目。蝶形骨」


 奏の嗜虐心に満ちた笑みを見上げながら、ダイダラボッチは宣言された103本目の骨を折られた。


 ボキィッ!


「ほでゅあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 その瞬間、今までの痛みが目じゃない程の痛みが全身に走った。


『うわっ、えぐいな』


「俺のお願いを聞かないで、身の程も知らずに余計な口を叩くから悪い。それに、じいちゃんはこんなもんじゃなかった」


『奏のじいさん、マジで何者だし』


「猟師だってこと以外は知らんよ」


 奏とバアルがお喋りしていると、痛みで体を動かすこともできず、声を出すことすらできなくなったダイダラボッチが、死んだ魚の目をするようになっていた。


 自分と奏の格の違いを身をもって知り、心が折れたようだ。


「さて、これ以上は仕返しじゃなくて弱い者いじめになる。楽にしてやろう」


『いやいや、【神威ゴッズオーラ】で動きを封じ込めた時点で、既に決着ついてたから』


「バアル、しっ」


『俺様は子供ガキじゃねえよ』


「まあ、これで終わりだ。【蒼雷罰パニッシュメント】」


 バチィッ! ズドォォォォォォォォォォン! パァァァッ。


 蒼い稲妻がビームのように放たれ、ダイダラボッチの頭を消し炭にした。


 それにより、ダイダラボッチは力尽きた。


《おめでとうございます。個体名:高城奏は、同格のモンスターを半殺しにしたうえで、モンスターを絶望させてから倒しました。特典として、<絶対強者>の称号が与えられました》


《奏の<覇者>と<破壊者ブレイカー>、<絶対強者>が、<覇王>に統合されました》


《奏はLv98になりました》


《楓はLv96になりました》


《ルナはLv93になりました》


《サクラはLv87になりました》


《サクラはLv88になりました》


 神の声が、戦いの終わりを告げた。


『奏、俺様も頼むぜ』


「はいはい」


 バアルにせがまれ、奏は魔石をバアルに吸収させた。


 シュゥゥゥッ。


《バアルはLv98になりました》


《バアルの【不可視手インビジブルハンド】が、【透明腕クリアアーム】に上書きされました》


『まぁ、あれだけ使えば上書きされるよな』


 その声だけでも、バアルが苦笑いしているのが奏にはわかった。


「称号も統合されたし、順番に説明頼む」


『おうよ。<覇王>は、戦闘時に全能力値が2.5倍になり、味方以外の自分のレベルと同等のモンスター以外が一切近寄らなくなる。しかも、ありとあらゆる物を破壊できる』


「まさに覇王だな」


『だろ? 【透明腕クリアアーム】の方は、【不可視手インビジブルハンド】が手だけ創り出せたのに対し、透明な腕を最大2本自由に操れるぜ。大きさもMPがある限り自在に変えられる』


「そりゃ便利だ」


 称号とスキルの説明が終わる頃には、楓達が奏に向かって駆け寄って来た。


「奏兄様ぁっ!」


「かはっ!」


 弾丸の如き勢いで、タックル、もとい抱き着かれたことで、奏は思わず息を吐き出した。


 奏が少し痛そうな表情をしているのだが、楓はそれに気づかずに奏の体に顔をグリグリと押し込んで奏の体を堪能していた。


「奏兄様、素敵でした! 私のため、あの木偶の坊を容赦なく攻撃する奏兄様は、とても輝いて見えました!」


『Oh・・・、この夫婦マジで怖え』


「バアルさん、何か言いましたか?」


『なんでもねえ』


 シュイン。


 自分に向けられた笑顔から、優しさなど微塵も感じられず、おぞけを感じたバアルは奏の中に逃げ込んだ。


『ふむ。妾もあの戦い振りは褒めてやらねばならないわね。愛する妻のため、完膚なきまでに相手をぶちのめす姿勢、それは夫に必要不可欠なものだもの』


『パパ、とっても強かったね~』


「キュル~」


「あ、ありがとう」


 正直、祖父の真似をして、やり過ぎた感がある奏としては、楓とヘラのヤンデレコンビの賛美はさておき、ルナとサクラの純粋な尊敬の眼差しが辛かった。


 だから、奏はもう祖父の真似は止めようと心に誓った。


 その後、楓の感動して高揚した気持ちが落ち着くまでの間、奏はずっと楓に抱き着かれたままだった。


 ようやく、奏が解放された時には昼食に丁度良かったので、奏達は昼食を取ることにした。

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