第10章 神の復活

第93話 黒い三連星かよ

 世界が変わってから12日目の朝、奏は庭に出て驚いていた。


「バアル、植えたのって、一昨日だよな?」


『一昨日だな』


「育ち過ぎじゃね?」


『日光に当たったからだろ。きっと、光合成したんだぜ』


「光合成のレベルじゃねえ・・・」


 奏が呆気に取られているのは、神殿の庭に生えた世界樹の苗が、いつの間にか神殿と同じ高さまで成長していたからだ。


 今も、日光を浴びている世界樹は、光合成の真っ最中である。


『世界樹が育ったことは良いことだ。そうだろ?』


「まあ、そうかもしれんが」


「奏兄様~、朝食の準備ができましたよ~」


 神殿の中から、メイド服の楓が朝食の時間なので奏を迎えに来た。


「わかった。今行く」


「エヘヘ♪」


 楓は奏にピタッとくっつき、奏の腕を抱き締めて奏に体重をかけた。


 昨日、気絶する程苦いエリクサー(未完成品)を飲み、奏やルナ、サクラと一緒に不老になって目覚めてから、楓はずっとご機嫌だった。


 身長が伸びないのは残念だが、老いとは無縁の体になったことで、愛する奏の前でいつまでも若々しくいられる。


 女性の悲願を成し遂げたのだから、楓は今にも鼻歌を口ずさみそうなぐらい気分が良かった。


 後は、奏の子供を産めれば、言うことなしだろう。


 昨晩も、バアルが捕食と表現するぐらい奏と交わっている。


 子供ができるのも、そう遠くないだろうと楓は考えている。


 楓と契約するヘラは、奏に浮気する気持ちが失せるぐらい、奏の頭の中を楓で埋め尽くせとアドバイスした。


 それを実現するために、楓は今も奏の体に触れ、奏に自分を意識してもらえるようにアピールしている。


 それはさておき、紅葉と響だが、朝食後にエリクサーを飲まない手段で不老になる道を探すと奏達に宣言した。


 不老に憧れてはいるが、昨日の惨状を見て、エリクサーを飲みたいとは微塵も思えなくなったのだ。


 食休みが終わると、紅葉達は昨日に引き続き、掲示板でめぼしいモンスターを見つけてレベルアップしに出かけた。


 その一方、奏達はと言えば、バアルの強い希望で富士山に行くことにした。


 現状を考慮すると、奏達が最短でレベルアップするには、富士山に行くしか手がなかったからである。


 奏の【瞬身テレポート】により、一瞬で富士山にやって来た奏達は、レベルアップ目指して強いモンスターを探し始めた。


 ルナの背中に乗り、モンスターを探す奏達だったが、Lv95になった奏に怖気づくことなく、立ち向かうようなモンスターは簡単には見つからなかった。


『くっ、なんて惰弱で脆弱な奴らだ。全然、反応しねえ』


「ダンジョンじゃないから、【聖爆轟ホーリーデトネーション】を撃ってみるか?」


『止めとけ。富士山を下手に刺激すれば、火山としての機能を取り戻して噴火するかもしんねえ』


「それは避けたいな」


『だろ? はぁ、富士山のモンスターすら、雑魚扱いできる強さになったのは良いが、モンスターが寄って来ねえのは困るぜ』


 強さ故の問題に悩まされていると、バアルはモンスターの反応を察知し、ピクッと奏の手の中で動いた。 


「どうした? 何か来たか?」


『おう。3体来てやがるな』


「3体も? マジかよ」


「強化します。【仲間超強化パーティーエクストラライズ】」


 モンスターが接近していると知り、楓はパーティー全体を強化した。


 そのすぐ後、富士山の頂上の方から、奏達に向かって来る3つの黒い影が現れた。


『来たぜ。この反応、リッチだ』


「見えました! 黒いローブを着た骸骨が3体です! 杖を持ってます!」


 バアルの発言を補足するように、楓が自分の目に映った敵の姿を奏達に伝えた。


「ツヴァイ、ドライ! 敵にジェットストリームアタックを仕掛けるぞ!」


「アイン、任せろ!」


「OK、アイン!」


「黒い三連星かよ」


『ちょい待ち、奏。そこは、モンスターに名前があることにツッコめや』


 奏のツッコミに対し、バアルが待ったをかけた。


 バアルの指摘はもっともであり、奏達は今まで、自分達の従魔以外に名前のあるモンスターに出会ったことはない。


 だが、そんなことはどうでも良かったのか、奏は紅葉がここにいれば面白かっただろうと余計なことを考えていた。


 リッチ達は縦1列に並ぶと、杖を構えて奏達目掛けて突撃し始めた。


「【多重火槍マルチプルファイアランス】」


「【多重土槍マルチプルロックランス】」


「【多重雷槍マルチプルサンダーランス】」


 ドドドドドドドドドドッ!


 火と土と雷の槍を連射し、リッチ達は波状攻撃を開始した。


「任せて下さい! 【聖域サンクチュアリ】」


 キキキキキィィィィィン!


 奏達を覆うように、楓が結界を張ると、奏達に当たるはずだった攻撃が結界に弾かれた。


「ルナ、飛び越えろ!」


『は~い』


 敵の攻撃により、ダメージを受けることがないと確信し、ルナは自信を持ってリッチ達に向かって飛び、1体目のリッチを踏みつけてジャンプした。


「俺を踏み台にしたぁ!?」


「【蒼雷罰パニッシュメント】」


 バチィッ! ズドォォォォォォォォォォン! パァァァッ。


「ツヴァァァァイ!」


 ルナが1体目のリッチを踏みつけてすぐ、奏は2体目のリッチを【蒼雷罰パニッシュメント】で撃ち抜いて倒した。


 目の前で2体目のリッチが倒され、3体目のリッチが倒されたリッチの名前を叫んだ。


「喧しい。【蒼雷罰パニッシュメント】」


 バチィッ! ズドォォォォォォォォォォン! パァァァッ。


「ドラァァァァイ!」


 叫んだリッチを煩く感じ、奏は3体目のリッチも倒した。


 すると、生き残った1体目のリッチが3体目のリッチの名を叫んだ。


 そして、自分以外倒されたことに怒り、1体目のリッチが杖を掲げた。


「おのれぇぇぇっ! 【炎砲フレイムキャノン】」


「【聖水噴射ホーリージェット】」


 ジジジジジィィィィィン! ジュワァァァッ。パァァァッ。


 巨大な炎の砲弾が、1体目のリッチから放たれたが、奏の【聖水噴射ホーリージェット】はそれを貫いて昇華するだけでなく、1体目のリッチの頭蓋骨を貫いた。


 悲鳴を上げることもできず、最後のリッチも倒れることとなった。


《奏はLv96になりました》


《楓はLv94になりました》


《ルナはLv91になりました》


《サクラはLv85になりました》


『チッ、しけてんなぁ』


 神の声が、1つしかレベルアップを告げなかったので、バアルは悪態をついた。


「まあ、そう言うなって。【不可視手インビジブルハンド】」


 奏にしか見えない手が、地上に落ちた魔石を拾い集め、バアルに吸収させた。


 シュゥゥゥッ。


《バアルはLv96になりました》


《バアルの【聖水噴射ホーリージェット】が、【聖雨ホーリーレイン】に上書きされました》


『おっ、マジか。ここに来てスキル強化かよ』


 レベルアップだけでなく、スキルが強化されたことで、バアルの機嫌が良くなった。


 戦闘が終わると、後ろから奏に抱き着く楓の力が強まった。


「奏兄様、ちょっとお話があります」


「何?」


「戦闘中、余計なことを考えましたよね?」


「余計なこと?」


「黒い三連星って口にした時、私以外の雌を思い浮かべましたよね?」


『ひぇっ!?』


 シュイン。


 静かではあるが、確実に負の感情に染まった声を聞き、思わずバアルは奏の体内に逃げた。


「ごめん。紅葉がいたら、絶対に面白がっただろうなって思った」


 取り繕うことなく、奏は正直に思ったことを口にした。


 楓に対して嘘をつくよりも、正直に話した方が良いと思ったからだ。


「奏兄様には、私がいるんです。だから、あんな雌のことなんて考えたら駄目です」


『そうね。浮気しないと言ったんだから、四六時中楓のことを考えていなきゃ駄目よ』


 仮にも自分の姉に対して、あんな雌呼ばわりするのはいかがなものだろうか。


 そう思わなくもなかったが、そんな指摘をすれば話がややこしくなるのは間違いないので、奏はそれを口にしなかった。


 楓だけでなく、ヘラまで口を挟んできたので、奏は素直に言う通りにするが吉と判断した。


「悪かった。どうしたら、機嫌を直してくれる?」


「10分間、私を抱き締めたまま、私に愛の言葉を囁き続けてくれたら許します」


「わかった。ルナ、地上に降りてくれ」


『むぅ。パパ、ルナにも同じことしてくれなきゃ嫌』


「はぁ。ルナにもしてあげる」


『じゃあ、降りる』


 楓に奏を独占されてしまうことに嫉妬し、自分にも同じことをしてくれなければ降りないと言うルナに対し、奏は説得することを早々に諦めた。


 こういう時は、おとなしくしたがった方が良いと思うのが、省エネな奏なのだ。


 この後、地上に降りた奏は、楓とルナに約束した通りのことをした。


 その間、バアルとサクラは、モンスターが来ないか周囲の反応を探って待っていた。


 サクラが拗ねて、自分もやってほしいと楓に甘えたのは言うまでもない。


 それにより、奏達がリッチ達を倒した場所から移動するのに、30分以上かかった。

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