第92話 ”不味い! もう一杯!”とは絶対に言えねえな

 夕方、双月島に戻って来た紅葉達が神殿に帰ると、奏と楓、ルナ、サクラが倒れており、人型になったバアルがソファーに深く座って本を読んでいるのを発見した。


「えっ!? 奏君!? 楓!? ルナちゃんにサクラちゃんもどうしたの!?」


「バアルさん、奏ちゃん達に何があったの?」


「なんつーか、良薬は口に苦しってことだな」


 言葉を選んで口にしたバアルは苦笑いしていた。


「良薬? 何を飲んだのかしら?」


「苦しってことは少なくとも美味しそうじゃないよね」


「エリクサーだよ」


「「エリクサー!?」」


 まさか、自分達が不在の間にそんなものを用意して飲んでいたとは思っておらず、紅葉も響も声が大きくなってしまった。


「【錬金アルケミー】持ちが誰もいなかったせいで、エリクサーではあるものの未完成な物を飲む羽目になったんだがな」


「それじゃあ、奏君達は不老不死になれなかったの?」


「おうよ。<不老>の称号は会得してたが、不死にはなれなかったぜ」


 ごくり。


 奏はともかくとして、同性の楓が不老になったと知り、紅葉と響は唾を飲み込んだ。


「バアルさん、エリクサーはまだ残ってる?」


「いんや、ないぜ。必要なら奏に【創造クリエイト】で創ってもらえば良いさ。もっとも、奏は絶対に飲まねえ方が良いって言うだろうがな」


 遠い目をするバアルに、紅葉も響も何がバアルにそう言わせるのか気になった。


「バアルさん、ここであったことを詳しく教えて」


「それを聞いてから奏ちゃんに頼むか判断する」


「わかった。俺様達は樹海を踏破してここに帰って来たんだが」


「待って。今、なんて言った?」


 最初からツッコみどころのある説明だったので、紅葉が待ったをかけた。


「あん? 富士の樹海を踏破したんだよ。そんで太陽が日本に戻った。ダンジョン化してた樹海も今は元通りになってるぜ」


「樹海ってダンジョンになるのね・・・」


「おう。フィールド型ダンジョンってやつだ。紅葉の姉ちゃんならそれで大体わかんだろ?」


「まあね。じゃあ、太陽が出たのはやっぱり奏君達の仕業だったんだ」


「当然だ。あんなことができんのは日本に奏だけだ」


 自分のことのようにバアルがドヤ顔で言い放った。


 そこに響が口を挟んだ。


「奏ちゃん達ってレベルはいくつまでいったの?」


「おう、聞いて驚け。奏がLv95で楓嬢ちゃんがLv93、ルナがLv90、サクラがLv84だな」


「いつの間にかサクラちゃんにまで負けてる件について」


「紅葉、諦めよう。僕達はヤムチャ視点にいるしかないんだよ」


 サクラにレベルで抜かれていると知り、その場で膝から崩れ落ちた紅葉に対し、響がフォロー(?)した。


「おっと、脱線しちまったな。帰って来た俺様達は楓嬢ちゃんの強い希望でエリクサー作りに取り掛かったんだ」


 エリクサーの素材はローヤルゼリー、マンドラゴラの根、神の雫、Lv90以上の幻獣系モンスターの涙だ。


 ルナがLv90に到達したことで、エリクサーを作成できるようになったことはわかっているので、紅葉と響は頷いた。


「スキルに頼らず細かく刻んだマンドラゴラの根をローヤルゼリーと神の雫、ルナの涙と混ぜてから加熱させて、エリクサーを作った」


「それは誰がやったの? 奏君?」


「楓嬢ちゃんだ。【料理クック】が【家事ハウスワーク】に上書きされたことで、かなり手慣れた手つきだったな」


「なん・・・だと・・・」


「女子力たったの5か。ゴミめ」


「もう止めて! 私のライフは0よ!?」


 楓のスキルが今までより家庭的で汎用性のある【家事ハウスワーク】に上書きされたことを知り、紅葉は戦慄した。


 そこに悪ノリした響がいじるものだから、オタクの血が騒いで紅葉もそれに乗っかってしまった。


「・・・何やってんだお前ら?」


 ノリについて行けずに完全において行かれたバアルの冷めた目線により、紅葉と響は咳払いして姿勢を正した。


「ごめんなさい。続けて」


「続けて」


「やれやれ。んで、作ったエリクサーは確かにエリクサーだったから、奏がそれを【創造クリエイト】でその場にいる奴の数だけ創ることになった」


「よく考えたら、エリクサーを創るのにどれだけのMPを消費したのかしら?」


「3つ作った時、奏はかなりしんどそうだったぜ。それでも、しんどいぐらいで済んでる時点であいつはすげえけど」


「MP切れで気絶する貧乳とは違うのだよ、貧乳とは」


「響、うっさい」


 ゴツン。


「痛い・・・」


 後先考えずにMPを使った恥ずかしい過去をいじられ、紅葉は響に鉄拳制裁を下した。


 完全に自業自得なのだが、響は両手で頭を押さえつつ、紅葉を恨みがましい目で見た。


 好きにさせているとすぐに脱線してしまうことがわかったので、バアルは紅葉と響のやり取りを無視して話を続けた。


「そんで、奏達全員の手元にエリクサーが用意されてから、俺様は不老不死になる前に覚悟を確認したんだ」


「覚悟?」


「覚悟だ。不老不死ってのは寿命のある存在からしてみれば魅力的なのかもしれねえが、デメリットだって当然ある。だから、その説明をしたんだ」


「例えば?」


「永久に知識を蓄え続けたら正気を保っていられると思うか?」


「うっ」


「親しい奴らが死ぬ時、自分達だけが若い姿のまま年を取らないことが苦しくないとでも?」


「うぅっ」


「究極的には暇過ぎて逆に死にそうになる」


「それは確かに考えものね」


 不老不死のデメリットを聞いて紅葉の顔が引きつった。


 響も同じだった。


「それでも、楓は永遠に奏といられるならどれも些細なことだと言い切った」


「私の妹ってどこまでヤンデレなのよ」


「ルナもサクラも奏や楓嬢ちゃん達と死に別れしたくないって言った」


「それはまあ、子供にありがちな考え方よね」


「奏の奴は辛くなったら冬眠するって言ってた」


「奏君らしいわぁ」


「うん、それでこそ奏ちゃん」


 奏の不老不死のデメリットへの対処の仕方を聞き、紅葉と響はそのように口にした奏の姿を容易に想像できて笑った。


「つー訳で奏達はエリクサーを飲んだ。ちびちびとじゃなくて一気に飲み干した」


 ごくり。


 いよいよ話題が奏達の倒れている原因に差し掛かり、紅葉と響は唾を飲み込んだ。


「最初はルナとサクラだった。『ピュイ!』とか『キュル!』とか鳴いて気絶した。マジで苦いからお子様には無理だったんだろうな」


「何が苦みの原因なの?」


「マンドラゴラの根に決まってんだろ? ローヤルゼリーも神の雫もめっちゃ甘いし、ルナの涙はちょっぴりしょっぱい程度だ」


「それらの味を打ち消すぐらい、マンドラゴラの根が苦いのね?」


「”不味い! もう一杯!”とは絶対に言えねえな」


「青汁と比べる次元じゃないことはわかったわ」


 有名な青汁のCMのフレーズを聞き、紅葉は苦笑いした。


「楓嬢ちゃんを見てみろよ。奏に手を伸ばしたまま倒れてるだろ?」


「最期まで奏ちゃんしか見てないなんだね」


「コラッ、響。勝手に楓を殺すな」


「こりゃ失敬」


 今度は鉄拳制裁を受ける前に謝り、響は痛い思いをせずに済んだ。


「奏なんて『もう、ゴールしても良いよね?』って言って気絶した」


「奏くぅぅぅぅぅん!」


「紅葉、煩い」


 いきなり、隣で叫び始めた紅葉に対して響は抗議した。


「ご、ごめん。私が好きだったアニメのシーンを思い出しちゃって」


「紅葉の姉ちゃんは元ネタ知ってたんだな」


「まあね。というか、奏君に無理やりこのシーンの動画見せたの私だし」


「はぁ。まったく、これだからオタクってやつは」


「悪かったわよ。でも、奏君がそんなことになるシーンが見られなくて残念」


「・・・紅葉、それを楓の前で言ったら殺されるよ?」


 とんでもないことを言い出す紅葉に対し、響はわなわなと震えながらそう言った。


「ちなみに、楓はLv90で【記憶消去メモリーデリート】なんて凶悪なスキルを会得してたぜ」


「すいやっせんしたぁ!」


「貧乳、喋んな」


 恐ろしいスキルを楓が会得したと知り、紅葉は誰に対してかはわからないが、ジャンピング土下座をかました。


 隣で2回目の奇行に走る紅葉を見て、響は辛口になった。


「まあ、こんな感じで色々あったんだが、これを聞いてもお前らはエリクサーを飲みてえか?」


「「遠慮しとく」」


「おう。俺様もその方が良いと思うぜ」


 その後、奏達が目を覚ましたのは日がすっかり沈み、外が満天の星空になった頃だった。

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