第91話 先っちょだけで良いから!

 時間が丁度良いので、奏達は日光浴しながら昼食を取った。


 樹海の攻略が半日で終わるとは思っていなかったので、奏達はこの後の動きを話し合っていた。


「久し振りの太陽なんだ。島に戻ってプライベートビーチでだらだらしたい」


『待てよ、奏。俺様のレベルアップは?』


「半日で11も上がったんだから、午後はオフにしたい」


「私も奏兄様が望むなら、一緒にお休みします」


 奏の言葉を受け、楓が奏に乗っかると、バアルは自分の劣勢を悟り、この状況を打破しようと懸命に頭を回し始めた。


『だが、ちょっと待ってほしい。何度もここまで来るのは面倒だろ?』


「どうせ、【瞬身テレポート】を使えば一瞬で来れる。今日は晴れてるから、日向ぼっこしたい」


『頼むよ、奏! 富士山行こうぜ!』


「えっ、嫌だ」


『先っちょだけで良いから!』


「止めろ、馬鹿」


 違う意味に取れなくない発言をしたバアルに、奏がツッコんだ。


『悪い、今のは冗談だ。だがよ、富士山であと2つレベルを上げれば、エリクサーを作る材料は全て揃うんだぜ? だぜ?』


「不老不死・・・」


 不老不死という言葉に、楓がピクッと反応した。


 奏の前では、いつまでも綺麗な姿でいたいと思っているので、この言葉に反応せざるを得なかったのだ。


 そんな楓の様子を、バアルが見逃すはずがなかった。


『そうだぜ、楓嬢ちゃん。女の賞味期限は短い。賞味期限が永久に続くなら、少しでも良い状態で保たせたいよな?』


「うっ・・・」


『それに、結婚式で命ある限り真心を尽くすと誓い合ったが、不老不死なら永遠に奏と一緒にいられると思わないか?』


「永遠に奏兄様と一緒。・・・奏兄様、富士山に行きましょう」


「楓?」


 先程までは、自分に味方してくれていたのに、バアルの甘言に乗せられ、楓は富士山に行くバアルの案に賛成した。


「私、奏兄様とずっと一緒にいたいんです。もし、今日エリクサーを飲めるのなら、明日の私よりも今日の私の方が若いんです。それとも、奏兄様は私と死に別れたいんですか?」


『奏の楓への愛は、その程度なのかしら? やはり、浮気するつもり?』


 最後の方は、楓が目を潤ませて言うし、ヘラが余計なことを言い出すので、奏は両手を上げて降参のポーズをした。


「わかった。行くよ。行けばいいんだろ?」


「はい! 死が私達を分かつことなどないように、一緒に不老不死になりましょう!」


 奏が今日富士山に行くと言うと、泣きそうだった表情は嘘のように消え、楓は満面の笑みになった。


『奏を動かすなら、まずは楓嬢ちゃんを動かす。これ鉄板だな』


 将を射んと欲すれば先ず馬を射よということわざが、本当に有効であることをバアルは理解した。


 食休みが終わると、奏達はルナの背中に乗って富士山の麓まで移動した。


「バアル、富士山はフィールド型ダンジョンなのか?」


『いや、違うな。富士山は自然そのものだ。ダンジョンじゃねえから壊すなよ?』


「壊したって良いじゃん。【創造クリエイト】で元通りにできるし」


『外国人観光客が、ごみをポイ捨てしたら日本人はキレるだろ? 富士山を手を加えずに残したいとか思わねえの?』


「そーいうのは、文化的で最低限度の生活を送れる状況になってから考えれば良いの」


『奏、送ってんじゃん。むしろ、日本で最も文化的な生活してるぜ?』


「スマホ使えないじゃん」


『そりゃ、インフラは人が動かしてるんだからしょうがねえだろ。つーか、奏はスマホよりも便利なスキルを持ってるからいらねえだろ?』


「それは否めない」


 すっかり雑談してしまっているが、バアルは警戒を怠っていなかった。


 その証拠に、奏達に向かって近づいているモンスターを察知していた。


『おい、奏。お喋りはここまでだ。敵が来た』


「数は?」


『1体。だが、お前の<覇者>にビビらねえモンスターだ。油断すんじゃねえぞ?』


「わかってる」


「強化します。【仲間超強化パーティーエクストラライズ】」


 奏の指示が出るよりも先に、楓はパーティー全体を強化した。


「楓、ありがとう」


「いえいえ」


『そろそろ、姿が見えるくらいの距離に入ったぞ』


 バアルがそう言うと、楓は周りをキョロキョロと見回した。


「見つけました! あそこです!」


 楓が指差した方角には、翼が4枚と蠍の尻尾を生やしたモンスターが奏達に向かって飛んできていた。


『ありゃ、パズズだな』


「パズズ?」


『熱風と病毒を操る悪魔系モンスターだ。まあ、ソロモン72柱には入ってねえが』


「悪魔ね。じゃあ、狩るか。【蒼雷罰パニッシュメント】」


 バチィッ! ズドォォォォォォォォォォン!


「ナンダコレハ!? 追イカケテ来ルゾ!?」


 当たったらマズいと判断し、パズズが【蒼雷罰パニッシュメント】を避けたが、【蒼雷罰パニッシュメント】には追尾する効果がある。


 それにより、背後から追いかけて来る蒼い雷のビームを恐れ、パズズは全力で逃げ回る。


 そんなパズズの様子を、黙って見ている奏ではない。


「【停止ストップ】【蒼雷罰パニッシュメント】」


 ズドォォォォォォォォォォン! バチィッ! ズドォォォォォォォォォォン!


 パズズの空中で動きを止められ、1回目の【蒼雷罰パニッシュメント】が命中した後、2回目の【蒼雷罰パニッシュメント】が命中した。


 しかし、それでもパズズの体力は0にならない。


 そして、【停止ストップ】がダメージを受けた痛みであがいたパズズによって、強制的に解除された。


「オノレェェェッ! 【病魔吐息ディズィーズブレス】」


「病原菌なら、私に任せて下さい! 【範囲浄化エリアクリーン】」


「ナンダト!?」


 放ったはずの【病魔吐息ディズィーズブレス】が、一瞬で無効化されて消滅したことに、パズズは動揺を隠せなかった。


 【範囲浄化エリアクリーン】には、指定した範囲の穢れを浄化する力があるのだから、汚れそのものである【病魔吐息ディズィーズブレス】は浄化対象だ。


 【範囲浄化エリアクリーン】を知らず、自分のスキルが消されたことで固まっているパズズの隙を、奏は当然見逃さなかった。


「楓、助かった。【聖爆轟ホーリーデトネーション】」


 ピカッ、ドガガガガガァァァァァン! パァァァッ。


『汚え花火だ』


「ベ〇ータかよ」


 奏がツッコんですぐ、奏達の耳に神の声が届き始めた。


《奏がLv95になりました》


《楓がLv93になりました》


《ルナがLv89になりました》


《ルナがLv90になりました》


《ルナが【健康ヘルス】を会得しました》


《ルナの【風分身ウインドアバター】が、【嵐分身ストームアバター】に上書きされました》


《サクラがLV83になりました》


《サクラがLv84になりました》


 神の声が止むと、ルナが喜んでいた。


『パパとお揃いだね~』


「確かに。バアル、従魔とスキルが被るってことはあるの? 会得するタイミングも、Lv90で同じだったんだけど」


『あるだろうぜ。従魔になると、主の影響を受けやすいからな。相性が良ければ、主と従魔が同じスキルを会得することだって十分あり得るさ』


『えへへ~。パパとルナ、相性良いんだって~』


「そうだな。俺とルナは仲良しだからな」


『うん♪』


 子供らしい無邪気な笑みを浮かべるルナの頭を、奏は優しく撫でた。


 その姿は、奏が本当にルナの父親であるかのようだった。


『オホン! ウォッホン!』


「わかってる。魔石だろ? 【不可視手インビジブルハンド】」


 武器のくせに咳払いをして、魔石を早く回収してくれとアピールするバアルに対し、奏は地面に落ちた魔石を【不可視手インビジブルハンド】で回収し、バアルに吸収させた。


《バアルがLv95になりました》


『よしよし、あと5つだ』


「よし、帰ろう」


『Why?』


 ニヤニヤしたバアルの声が、奏の帰ろう発言で驚きを隠せない外国人のようにオーバーに反応した。


「だって、目標は達成しただろ?」


『は?』


「バアルは富士山に先っちょだけで良いから来て、レベルアップしたじゃん?」


『したな』


「楓の目的は、ルナがLV90になることだよな?」


「そうです。私はもう、奏兄様と帰ってだらだらしたいです」


「そういうことだ」


『そんなぁ! 生殺しじゃねえか!』


「バアルさん、私の不老不死、邪魔するんですか? 奏兄様とずっと一緒になれるのに、邪魔するつもりですか?」


『あっ、はい。帰ろう。それが良い』


「よろしい。【瞬身テレポート】」


 奏達は、富士山から双月島へと帰還した。


 楓を利用して奏を動かすことが、簡単ではないことをバアルは身をもって知るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る