第90話 神様仏様奏様、それだけは勘弁してくれ

 ナベリウスのそれぞれの頭が、別々にバアルに言いたいことを言うが、糠に釘だった。


「「「死ねぇぇぇっ! 【地獄炎ヘルフレア】」」」


 ゴゴゴォォォォォッ!


「【天墜碧風ダウンバースト】」


 コォォォォォォォォォォッ、カキィィィィィン!


 碧色の冷気が、地上に向かって強い勢いのまま流れ、3つの黒い炎をあっさり昇華するだけでなく、ナベリウスに直撃した。


 ナベリウスは氷塊の中に閉じ込められ、凍りついた。


「「「【衝撃咆哮インパクトロア】」」」


 ピキピキピキッ、パリィィィィィン!


 氷塊の中で叫んだため、その音は奏達の耳まで届かなかった。


 しかし、そのスキルのおかげで、氷塊の中から脱出できたのは間違いないだろう。


「ルナ!」


『うん! 【嵐砲ストームキャノン】』


 ゴォォォォォッ!


「楓! 【聖爆轟ホーリーデトネーション】」


「大丈夫です! 【聖域サンクチュアリ】」


 ピカッ、ドガガガガガガガガガガァァァァァァァァァァン! キキキキキィィィィィン!


 ルナ、奏、楓はほとんど交わすことなく、自分達の身を守りつつ、広域に向かって容赦ない大技を仕掛けた。


 しかし、それでも戦闘終了を告げる神の声は聞こえない。


 それはつまり、まだナベリウスのHPが尽きていないことを示していた。


 爆炎が収まると、そこには全身に大火傷を負ったナベリウスがいた。


『ケケケ。圧倒的じゃないか。俺様の戦力は』


「バアル、それフラグ。もしかして、わざとやってないか?」


『あん?』


 戦闘中、決して言ってはいけない敗北フラグを口にするバアルに、奏はジト目を向けた。


 その時、痛みに堪えていたナベリウスが、カッと目を見開いた。


「「「グルルルッ。アォォォォォン!」」」


 すると、ナベリウスの背中から、メリメリメキメキと音を立てながら、赤銅色の翼が生えた。


 そして、火傷を負っていた毛がその場に抜け落ち、新たに翼と同じく赤銅色の毛に生え変わった。


「バアル、ナベリウスは何をした? 脱皮か?」


『あの野郎、【最適化オプティマイズ】会得してやがったか』


「何それ?」


『膨大なMPを消費して、戦闘中の相手に適した姿になれんだよ。つまり、俺達が今、ルナに乗って戦ってるから、あいつは空中戦ができるようになったって訳だ』


「で、そのついでに、体の傷もなくなったと?」


『いんや、ダメージ事態は残ってるぜ。ただ、あの赤銅色の毛は、恐らく熱に強いぜ。それも、【聖爆轟ホーリーデトネーション】に耐え得る程にな』


「・・・戦闘スタイルを変えた方が良いか。ルナ、楓達を頼む」


 バアルの説明を聞き、ルナに乗ったまま戦えば、楓達が危険な目に遭うと判断し、奏は戦い方を変えることにした。


『は~い』


「良い子だ。【瞬身テレポート】」


 ルナを優しく撫でてから、奏はバアルだけを持って地上に瞬時に移動した。


「「「なん・・・、だと・・・!?」」」


 ほんの数秒前まで、自分達を見下ろす位置にいた奏が、突然目の前に現れたことで、ナベリウスは動揺を隠せなかった。


「【聖橙壊ホーリーデモリッション】」


 キュインキュイン、ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォン!


 フルスイングが命中したにもかかわらず、HPを削り切れずにナベリウスを吹き飛ばすに留まり、奏は舌打ちした。


「チッ、浅いか。【瞬身テレポート】」


「「「クソッ!」」」


 飛ばされた先に、奏が既にいたことを知り、ナベリウスは悪態をついた。


「【聖橙壊ホーリーデモリッション】」


 キュインキュイン、ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォン!


 2回目のフルスイングは、地面に叩きつける形でばっちり命中したのだが、それでも奏はナベリウスを倒し切れなかった。


 吹き飛ばされたナベリウスは、戦闘スタイルを変えた奏に対し、バアルのことを忘れるぐらい苛立っていた。


「「「おのれぇぇぇっ! 【最適オプティ・・・】」」」


「させねえよ。【停止ストップ】」


 プルプルと体を震わせ、立ち上がろうとしたナベリウスの動きを奏は止めた。


「寝てろ。【聖橙壊ホーリーデモリッション】」


 キュインキュイン、ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォン! パァァァッ。


 三度目の正直という言葉の通り、今回の【聖橙壊ホーリーデモリッション】は流石のナベリウスも耐え切れず、HPが0になって力尽きた。


《おめでとうございます。個体名:高城奏率いるパーティーが、富士の樹海を踏破し、日本のモンスター侵攻率が50%まで減りました。これにより、日本に太陽が戻ります》


《奏はLv93になりました》


《奏はLv94になりました》


《楓はLv91になりました》


《楓はLv92になりました》


《ルナはLv86になりました》


《ルナはLv87になりました》


《ルナはLv88になりました》


《サクラはLv79になりました》


《サクラはLv80になりました》


《サクラの【吐息ブレス】が、【吹雪ブリザード】に上書きされました》


《サクラが【氷分身アイスアバター】を会得しました》


《サクラはLv81になりました》


《サクラはLv82になりました》


 リザルトラッシュとなった神の声が止むと、奏はバアルが言いだす前に魔石をバアルに吸収させた。


《バアルはLv93になりました》


《バアルはLv94になりました》


『流石は奏、よくやってくれたぜ!』


「バアル、お前戦闘中に負けフラグ立てんなよ」


『・・・お、おう。すまん』


 真面目な口調で、奏に注意されたため、バアルの元気だった声は一転してシュンと萎んだものになった。


「神が存在する世界なら、言霊だって馬鹿にできない。違うか?」


『悪かったって。次はしねえから。許してくれよ。な?』


「ヒュージスライムの時に1回。今回でも1回。次はねえぞ。仏の顔も三度までだ」


『お前、仏じゃねえじゃん』


 ボソッとツッコんだバアルの声が、奏の耳に届いた。


「どーしようかな。もう、面倒になって来たし、レベルアップなんて止めて神殿に引き籠ろうか?」


『神様仏様奏様、それだけは勘弁してくれ』


 自分がその神様であるのに、奏を同格とみなして崇めているのはどういうことなのだろうか。


 残念ながら、それをツッコむ者はこの場にはいなかった。


 そこに、ルナ達がやって来た。


 ルナの背から降りた楓は、がばっと奏に抱き着いた。


「奏兄様、お疲れ様です!」


『パパ、すごかったよ!』


「キュルルッ!」


「サンキュー。楓もルナも、さっきは大した打合せもせずに合わせてくれて助かった」


「奏兄様の妻である以上、それぐらいわかって当然です♪」


『パパとルナは、以心伝心だもんね♪』


「よしよし」


 得意気な楓とルナを見て、奏は微笑みながら両者の頭を撫でた。


 頭を撫でられ、嬉しそうにする楓だったが、気になったことがあったのを思い出した。


「そういえば、さっきの神の声が、日本に太陽が戻るって言ってましたよね」


「言ってたな。けど、出てなくないか?」


 楓の言葉に頷き、奏は空を見上げたが、世界が変わって以来ずっと変わらない曇った空のままだった。


『あのな、奏。ここはダンジョンの中だから、ここから出れば空は晴れてるぜ?』


「えっ、この空って本物じゃなかったのか?」


『フィールド型ダンジョンも、結局はダンジョンだからな。空を映し出してるだけだ。それに、この樹海のクレーターも、俺様達が脱出したら元通りになるのだって、ダンジョンだからなんだぜ?』


「なんて都合の良いファンタジーなんだ」


 衝撃の事実をバアルに知らされ、奏はファンタジーのご都合主義に戦慄した。


『そんなことより、マテリアルカードの確認して、宝箱も開けようぜ』


「確かにな。すっかり忘れてた」


 魔石をバアルに吸収させてすぐ、バアルを説教したため、奏はナベリウスがドロップしたマテリアルカードを放置していたことを忘れていた。


 その絵柄を確認すると、金塊が描かれていた。


「犬だけに、ここ掘れワンワンってことか?」


『そうじゃね?』


 今の世界で、純金がどれぐらいの資産になるのかは不明だったが、それでもないよりはあった方が良いに決まっているので、奏はカードをポケットにしまった。


 続いて、宝箱を開けた。


 宝箱の中には、技能巻物スキルスクロールが入っていた。


『こりゃ、生産系スキルだな。【裁縫ソーイング】だなんて、珍しい』


「はい! 私に使わせて下さい! 奏兄様のために、少しでも家事の役に立つスキルがほしいです!」


 技能巻物スキルスクロールを見た瞬間、バアルがその中身を奏達に知らせた。


 バアルの説明を聞くや否や、楓が挙手して使わせてくれと頼んだ。


 止める理由はなかったので、奏は頷いて楓に技能巻物スキルスクロールを渡した。


《楓は【裁縫ソーイング】を会得しました》


《楓の【料理クック】と【裁縫ソーイング】が、【家事ハウスワーク】に統合されました》


「やりました! ご都合主義万歳です!」


「そんなこともあるのか」


『あるらしいな。んじゃ、外に出ようぜ。10日以上、日光を浴びてねえだろ?』


「そうだった」


 転移陣に乗り、奏達はダンジョンを脱出した。


 すると、奏達は不治の樹海の入口に移動しており、樹海は元通りになっていた。


 そして、奏達はずっと浴びていなかった日光を全身に浴び、懐かしくて温かい気持ちになった。

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