第88話 最初から、死亡フラグ立ってやがる

 アラクネ達を倒した後、奏達は樹海の上空から探索を再開した。


 奏の<覇者>のおかげで、格下のモンスターは奏達に近づこうとしない。


 仮に近い位置にいたとしても、モンスターの本能が格の違いを理解し、逃げているのだ。


『張りのあるモンスター、出てこねえな』


「そんなポンポン来られても困る。樹海でレベル上げしてるのは、安全マージンを確保したまま強くなるためなんだから」


『そうは言ってもよぉ、退屈なんだよ』


 その瞬間、遠くの方から叫び声が聞こえて来た。


「コォッケコッコォォォォォ!」


「鶏?」


「鶏でしたね」


『鳴き声は鶏だが、こりゃコカトリスだ。けどな、こいつは奏のレベルと比べりゃ低いはず・・・』


「鶏っぽいけど、尻尾が蛇なんだっけ?」


『見た目は大体合ってる。だが、視線を浴び続けると石化するし、吐く息は猛毒だから、一般的な冒険者なら、裸足で逃げ出すぐらい面倒な相手だ』


 コカトリスなら、紅葉から借りたラノベで知っていたので、奏はバアルに認識が間違っていないか確認した。


 バアルは、先程のレベルアップで奏が【健康ヘルス】を会得したので、特に問題ないと言外に告げた。


「コッコケコッコ、コケコケコッコ、コォケコッコォォォ!」


「さっきよりも近いな」


「なんか鳴く前に歌ってるみたいでしたね」


『パパ~、コカトリスが求愛してる~』


 幻獣系モンスターのことばがわかるルナが、先程の不自然なコカトリスの鳴き方の理由を奏達に説明した。


『確かに、コカトリスの反応が2体分ある。ルナの言う通り、雄が雌にアピールしてやがるぜ』


「他所でやれよ・・・」


 ダンジョンこそが、モンスター本来の居場所であり、侵入者は奏達なのだが、奏はうんざりした顔で言った。


『ちなみに、雌に対して雄がアピールするのは強さだ。だから、多分お前に襲い掛かって来ると思うぜ』


「迷惑な奴だ」


『俺が強敵を倒してくるから、卵作ろうって言ってたよ~』


「最初から、死亡フラグ立ってやがる」


 ルナが教えてくれたコカトリスの雄のセリフを聞き、奏はなんとも言えない気分にになった。


 タッタッタッタッタッ。


「コォケコッコォォォ!」


 足音が自分達に近づいて来たと思ったら、コカトリスはわざわざ鳴いて自分の存在をアピールし始めた。


『パパ~、私がやっても良い?』


「視線を浴びたらマズいんじゃないか?」


『大丈夫~。策はあるもん』


「わかった。やってごらん。危なくなった時だけ、フォローするから」


『は~い。【風分身ウインドアバター】』


 ヒュウ。


 奏達の前に、風が集まってルナの姿を模った。


 分身は当然、ルナだけを模っており、本体のように奏達を乗せてはいなかった。


「キュルル!」


 サァァァッ。


 サクラが鳴くと、ルナの分身が小さい氷の粒を含んだ霧に包まれた。


 どうやら、サクラはルナの分身に【氷霧アイスミスト】を纏わせたようだ。


 元の風でできた分身は無色透明だったが、サクラの【氷霧アイスミスト】のおかげで白いルナの分身になった。


『サクラも手伝ってくれるんだね。ありがと~』


「キュルン!」


 ルナがお礼を言うと、サクラは右のヒレを上げて応じた。


「コケッコケッコ、コォケコッコォォォ!」


 地上から、コカトリスが挑発するように叫んだ。


『分身、GO!』


 ルナの分身が、コカトリスに向かって急降下した。


「コケッ!」


 フゥゥゥッ。


 毒の息を吐いたが、今のルナの分身は風と氷の粒で構成されていて効き目がない。


 挑発したものの、空を飛ぶ相手への有効な攻撃手段がなくなってしまったコカトリスは、減速せずに突っ込んで来るルナの分身に慌てた。


「コケェッ!?」


 方向転換し、走って逃げ出すコカトリスだったが、ルナの分身の方が速く、あっという間に追い付かれて衝突した。


 スパパパッ。コォォォッ。


 ルナの分身は、コカトリスと衝突した瞬間、風の刃と冷気に変わり、コカトリスを襲った。


「キュルッ!」


 カキィィィン!


 ルナの分身が自分を襲う攻撃へと変わり、驚いていたコカトリスは、サクラの【凍結フリーズ】によって凍らされた。


『後はルナがやる! 【嵐砲ストームキャノン】』


 ゴォォォォォッ! パリィィィィィン! パァァァッ。


《サクラはLv75になりました》


 神の声が、サクラのレベルアップだけを告げた。


『あーあ。あのコカトリス、報われねえな。雌の方は、とっくに逃げ出してるぜ』


「結局、あいつの勇み足だったか」


『だな。哀れな奴め』


 良いとこなしでやられたコカトリスに対し、バアルも奏も辛口だった。


『パパ、ルナはどうだった?』


「サクラと協力して上手く戦えてた。安心して見てられたぞ」


『エヘヘ♪』


 奏に頭を撫でられ、ルナは喜んだ。


「キュルル?」


「サクラも頑張ったね。偉かったよ」


「キュルル~ン♪」


 サクラの方も、楓に褒められて嬉しそうに両ヒレを上下に動かした。


 その後、地上に移動して魔石をバアルに吸収させてから、奏達は再び上空からレベルアップのための相手を探し始めた。


 すると、バアルの索敵に引っかかったモンスターがいた。


『見つけたぜ。あっちだ』


 バアルが示す方角を見てから、奏は訊ねた。


「何がいたんだ?」


『バイコーンだ』


「バイコーン? ユニコーンじゃなくてか?」


『おうよ。バイコーンってのは、ユニコーンと対極的なモンスターだ。清純を象徴するユニコーンに対して、バイコーンってのは純潔を穢す存在だぜ』


「ふーん。まあ、そういう背景はいらないな」


『なんだよ、折角俺様が解説してやってるのに』


「どうせ倒すんだから、知ったところでしょうがないだろ?」


『・・・ケケケ。違いねえ。その通りだったぜ』


 奏の言葉に納得し、バアルは笑った。


「ルナ、バアルの示した方に飛んでくれ」


『は~い』


 奏の指示に従い、ルナはバイコーンのいる場所を目指して飛んだ。


 樹海の上空を飛ぶ奏達を邪魔する者はおらず、5分も経たずに目的地に到着した。


 地上には、黒光りした毛並みで、2本の角が生えたバイコーンがいた。


「スンスン、ナンダコノ臭イハ? 互イノパートナーノタメニ貞操ヲ守ル偽善者ノ臭イダ」


 嫌な臭いがするらしく、バイコーンは不快そうな表情で奏達を見上げた。


 その一方、楓は満面の笑みだった。


「奏兄様が私のため、他の雌豚から貞操を守ってることは、獣にすらわかるんですね。安心しました」


『そうね。バイコーンは、大変不快なモンスターだけど、バイコーンが嫌うと言うことは、奏は本当に楓だけを抱いてることに他ならない。良い心がけよ、奏』


 バイコーンの言葉を聞き、安心するヤンデレ2人は放置して、奏はバアルを構えた。


「【天墜碧風ダウンバースト】」


 コォォォォォッ、カキィィィィィン!


「ブルゥゥゥゥゥン! イキナリ何ヲスル! 雄ナラタクサン雌ヲ孕マセルノガ当然! 正論ヲ言ッテ何ガ悪イ!?」


「マジかよ。あいつ、【天墜碧風ダウンバースト】を受けたはずなのに耐えた?」


『あれも幻獣系モンスターだからな。そう簡単には倒せねえだろうさ』


「なら、思い切りやってやるよ。【天墜碧風ダウンバースト】」


 コォォォォォッ、カキィィィィィン!


「無駄無駄無駄ァ! 偽善者ノ雄ノ攻撃ナド、俺ニハ効カン! 【雷電波ボルトパルス】」


 バリバリバリィッ!


「させません! 【聖域サンクチュアリ】」


 キキキィィィン!


 バイコーンが放った大きな電流の衝撃波は、楓が【聖域サンクチュアリ】が防いだ。


「サンキュー、楓!」


「はい! 遅れましたがどうぞ! 【仲間超強化パーティーエクストラライズ】」


 強化が遅れてしまったことを詫び、楓はパーティー全体を強化した。


「助かる! 本当の雷を見せてやんよ! 【蒼雷罰パニッシュメント】」


 バチィッ! ズドォォォォォォォォォォン!


「ヌァァァァァッ! コンナ所デ!」


「もう1回! 【蒼雷罰パニッシュメント】」


 バチィッ! ズドォォォォォォォォォォン! パァァァッ。


 1回目の【蒼雷罰パニッシュメント】はどうにか耐えたが、2回目は耐えきれず、バイコーンは倒れた。


《奏はLv91になりました》


《楓はLv89になりました》


《ルナはLv84になりました》


《サクラはLv76になりました》


《サクラはLv77になりました》


 神の声により、戦闘の終了が告げられたが、バアルはあまり喜んでなかった。


 レベルアップし、魔石どころかモンスターカードまでドロップしたにもかかわらずだ。


「バアル、モンスターカードだぞ? 嬉しくないの?」


『奏、あれはガネーシャに売れ』


「なんで?」


『良いから絶対にだ。俺様には不要だ』


「わかった」


 バアルがバイコーンのモンスターカードの吸収を拒んだのは、そのカードから会得できるスキルに問題があった。


 会得できるスキルの名は、【魅了チャーム】である。


 もし、そんなスキルをバアルが会得し、奏が使ってしまったとしたら、ヤンデレコンビに目の敵にされる。


 そんな未来は御免被りたいので、バアルはバイコーンのモンスターカードは【売店ショップ】で売るように奏に言ったのだ。


 シュゥゥゥッ。


《バアルはLv91になりました》


 バアルにしては珍しく、粛々とレベルアップするのだった。

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