第87話 これ程のパジャマには、出会ったことがない

 樹海の外に撤退した奏は、すぐにバアルに問いかけた。


「バアル、アラクネについて詳しく話してくれ」


『おう。糸を吐くのは見たからわかるよな? あの糸を木にくっつけて、立体機動が可能だから、樹海の中で戦うには好ましくねえ』


「しかも、3体が連携して攻撃してきたもんな」


『その通りだ。糸以外にも、魔法系スキルは会得してるだろうから、近接戦闘は仕掛けてこないだろうぜ。近づいて来た時は、勝利を確信してるはずだ』


「なるほど。それじゃ、近づかなきゃ良いんだな?」


『奏、何か思いついたのか?』


「まあな。楓、落ち着いたか?」


 策はあると短く答えた奏は、先程から静かにしている楓の方を向いた。


「あの雌豚共、奏兄様をいやらしい目で見てました。万死に値します」


『そうだよ。パパを食べようとするなんて、絶対に赦さないもん』


 楓だけでなく、ルナもキレていた。


 それを見た奏は、楓とルナの頭を撫でた。


「大丈夫だ。さっきは準備不足だったけど、もう対策は考えた。次は倒せる」


「流石は奏兄様です!」


『パパすごい!』


 不機嫌だった表情は、嘘のように笑顔になり、楓もルナもすっかりご機嫌になった。


 気持ちを切り替えた奏達は、再び富士の樹海へと足を踏み入れた。


 今回の奏達は、樹海を上空から見下ろすようにして、ルナに乗って移動している。


 これで、少なくともアラクネ達に囲まれることはなくなった。


「バアル、アラクネ達がどこにいるかわかるか?」


『楽勝だ。あそこだぜ』


 バアルが指し示した場所が、想定していたよりも近かったので、奏は次のステップに移った。


「楓、強化を」


「はい。【仲間超強化パーティーエクストラライズ】」


「サンキュー。バアル、念のため確認するが、他に冒険者が入り込んでないな?」


『いねえな。俺の探知できる範囲にいるのは、モンスターだけだ』


「それを聞いて安心した。楓、俺が攻撃したら、すぐに俺達を守ってくれ」


「わかりました」


「ルナ、バアルが差した場所に向かって、【嵐砲ストームキャノン】を頼む」


『は~い。【嵐砲ストームキャノン】』


 ゴォォォォォッ!


 奏の指示通りに、アラクネ達がいる場所に向かって、ルナは【嵐砲ストームキャノン】を放った。


「【聖爆轟ホーリーデトネーション】」


「【守護領域ガードフィールド】」


 ピカッ、ドガガガガガァァァァァン! キキキキキィィィィィン! パァァァッ。


 楓によって強化されただけでなく、ルナの【嵐砲ストームキャノン】の力も借りて勢いを増した【聖爆轟ホーリーデトネーション】が、アラクネ達のいる場所を一瞬にして巨大なクレーターに変えた。


 その余波が、奏達にまで襲い掛かって来たが、楓が張った結界がその影響を防いだ。


《おめでとうございます。個体名:高城奏が、世界で初めてダンジョンに修復不能なダメージを与えました。初回特典として、<破壊者ブレイカー>の称号が与えられました》


《奏はLv89になりました》


《奏はLv90になりました》


《奏は【健康ヘルス】を会得しました》


《楓はLv87になりました》


《楓はLv88になりました》


《楓の【守護領域ガードフィールド】が、【聖域サンクチュアリ】に上書きされました》


《ルナはLv82になりました》


《ルナはLv83になりました》


《サクラはLv71になりました》


《サクラはLv72になりました》


《サクラはLv73になりました》


《サクラはLv74になりました》


 神の声が止むと、バアルが喜んだ。


『おい、奏! 遂にLv90まで来たじゃねえか! やったぜ!』


 言外に、バアルは自分も早くレベルアップさせろと訴えているので、奏はルナに指示を出してクレーターに着陸してもらった。


 クレーターの中心部には、魔石が3つとマテリアルカードが1枚落ちていた。


 シュゥゥゥッ。


《バアルがLv89になりました》


《バアルがLv90になりました》


 バアルに魔石を吸収させてから、奏はマテリアルカードの絵柄を確認した。


 そこには、光沢のある純白の糸玉が大量に描かれていた。


「バアル、この糸玉はアラクネの糸か?」


『おうよ。スカルバックの糸なんかとは、比べ物になんねえ高級品だぜ。奏の【売店ショップ】で、ガネーシャに頼めば、極上のパジャマに交換してくれるんじゃね? 確か、そういうサービスもしてるはずだ』


「乗るしかねえっしょ、このビッグウェーブに。【売店ショップ】」


 ブブッ。


 電子音が聞こえると、奏の前にガネーシャが映る画面が現れた。


『おいおい、早速かよ。【変身シェイプシフト】』


 【聖爆轟ホーリーデトネーション】の効果で、この近くにはしばらくモンスターが近づかなくなるとはいえ、ダンジョンで【売店ショップ】を使い始める奏にバアルは苦笑した。


 苦笑しながらも、自分だって人の姿に戻っているのだから、奏のことを言えない。


『いらっしゃ~い。あら、バアルってば復活寸前じゃない』


「まあな。奏のおかげだぜ。奏のワールドクエストが、俺様をLv100にするようにってなってるし」


『なるほどね。って、この気配、もしかしてヘラも合流したの?』


『そうよ。妾も契約者を見つけたの。奏の唯一の妻、楓よ』


『あはは。相変わらず、独占欲が強いわね。・・・バアル、まさかヘラと楓の波長が一致したの?』


「ああ」


『奏は苦労しそうね』


 ヘラがヤンデレであることは、天界の神であれば誰でも知っている有名な話だ。


 それと同じぐらい、ゼウスが節操がない下半身に忠実な男神であることも有名であるのだが、今は置いておこう。


 そんなヘラと、波長が一致するということは、その相手もヤンデレであるということになる。


 それを理解しているので、ガネーシャは奏が苦労しそうであると苦笑いになったのだ。


「俺が楓だけ見てれば良い話だ。それより、極上のパジャマが欲しい。このカードと交換で、俺と楓のパジャマをくれ」


『あら、アラクネの糸玉のカードね。これだけあれば十分よ。代金として、カードはいただくけど構わないかしら?』


「カードなんかよりも、極上のパジャマをくれ」


『・・・そういえば、奏は寝るのが大好きだったものね。じゃあ、交換するわね』


 ピカッ。


 奏の手に持ったカードが光を放ち、それが収まると奏と楓の純白のパジャマになっていた。


 その手触りを確認すると、奏は満足した。


「素晴らしい」


「気に入ってくれたようだね」


「これ程のパジャマには、出会ったことがない」


「本当です。とっても肌触りが良いですね」


 楓も気になったらしく、奏が持つパジャマにそっと触れた。


『当然よ。アラクネの糸は、バアルが天界に持ち帰った時に注目され、神々も愛用してるもの』


「神のお墨付きなら、間違いないな。【無限収納インベントリ】」


 汚してしまわないように、奏は亜空間に交換したパジャマ2着を収納した。


 【売店ショップ】での用事を済ませた奏達は、ガネーシャに別れを告げてスキルを解除した。


 バアルも、ガネーシャとの話が終わったので、【変身シェイプシフト】を解除した。


「バアル、パジャマを優先してて忘れてたが、称号とスキルの説明頼むわ」


『おー、そうだったな。<破壊者ブレイカー>は、破壊しにくい物体オブジェクトを修復不能なまでに壊せる効果がある。要は、ダンジョンでも、壊そうと思えば壊せるようになったと思ってくれ』


「マジか。それじゃ、外からダンジョンを壊せるってことか?」


『理論上は壊せるが、一撃でそれだけの広域に及ぶ効果のあるスキルはねえぞ?』


「でも、繰り返せばできるんだな?」


『まあ、できるな。けど、止めといた方が良いぜ。ダンジョン内の宝箱があった時、ダンジョンと一緒に壊すのは勿体ねえ。それに、魔石が回収できねえよ」


「それもそうか。まあ、手段が増えたと思っとく」


『それが良いだろうぜ』


 バアルとしては、自分が復活する前に奏がダンジョンを破壊する方針に変えると、復活が遠のいてしまうので冷や汗をかいた。


 しかし、奏は自分の言い分を聞き、今まで通りにダンジョンを探索すると言ってくれたので、バアルはホッとした。


「【健康ヘルス】について教えてくれ」


『任せろ。簡単に言うと、状態異常無効、即死無効、スキル保持者の全盛期の体調が死ぬまで永続するパッシブスキルだ』


「えっ、即死させるスキルもあんの?」


『あるぜ。つっても、成功確率は低いがな。奏達のレベルには関係ねえよ』


「そっか。楓の【聖域サンクチュアリ】は?」


『敵を含む自分を害する存在を一切寄せ付けない結界だ。勿論、MPが切れればおわりだが、MPが続く限りは無敵の結界だと思っとけ』


「私、雌豚共から奏兄様を守れるんですね。頑張ります」


『・・・そういう使い方もできなくはねえか』


 楓が真っ先に思いついた使い方を聞き、バアルは溜息をついた。

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