第85話 面目ねえ

 マンドラゴンの群れを倒した奏達は、周囲を警戒しながら先に進んだ。


 ドラゴンが出てくれば、<竜滅殺師ドラゴンスレイヤー>の称号が奏を強化してくれる。


 だから、知能の低いドラゴン系モンスターなら、どうとでもなるのでウェルカムである。


 しかし、話はそう都合良くいかないもので、バアルはドラゴン以外のモンスターを察知した。


『・・・この感じ、残念ながらドラゴン系モンスターじゃねえな』


「何がいたんだ?」


『マンティコアが1体だ。嫌な気配がすると思ったら、あいつだったぜ。歩いてちょっとの所にいやがる』


「昔、何かあったのか?」


『あいつら、雑食でなんでもかんでも食うんだわ。しかも、地味に強いから倒すのが面倒』


「どんぐらい食うんだよ?」


『自然を破壊するレベルで食い散らかすんだよ。俺様、豊穣の神でもあるから、そういう奴が嫌いなんだ』


「なるほどな」


 折角、豊かに実った農作物が、マンティコアに食い散らかされたとなれば、農家は発狂するだろう。


 いや、そもそも今までの地球に置いて、マンティコアによる獣害なんて存在しなかったのだが。


「グルルルッ、ナンダカ美味ソウナ雌ノ匂イガスル」


 獲物を見つけた狩人のような目をして、マンティコアが姿を現した。


 老人の顔、ライオンの胴体、蝙蝠の翼、蠍の尾を持つ姿は見るからにモンスターだった。


「ホホウ、ヒューマンジャナイカ。生キテル個体ハ初メテ見ル。死体ヨリ美味ソウダ」


 どうやら、このマンティコアは富士の樹海で自殺した者の亡骸であれば、これまで何度も見たらしい。


「楓、強化を」


「はい。【仲間超強化パーティーエクストラライズ】」


 バアルを構え、マンティコアを油断できない相手と認定した奏は、楓に強化を頼んだ。


 楓はすぐに応じ、パーティー全体を一気に強化した。


「アノ女、邪魔ダカラコイツカラ食ウカ。【威嚇スレット】」


「【神威ゴッズオーラ】」


 ゴォッ! バタッ。


 マンティコアが、楓をビビらせて動けなくしようとしたが、そこに奏が割り込んだ。


 奏の【神威ゴッズオーラ】が、マンティコアに向けて放たれると、衝撃波に触れた瞬間、マンティコアが泡を吹いて倒れた。


「楓に手は出させねえ。【聖橙壊ホーリーデモリッション】」


 キュイン、ドゴゴゴゴゴォォォォォン!


 マンティコアの脳天に、奏の【聖橙壊ホーリーデモリッション】が命中したが、残念ながら一撃で倒し切ることはできなかった。


「おかわりだ。【聖橙壊ホーリーデモリッション】」


 キュイン、ドゴゴゴゴゴォォォォォン! パァァァッ。


《おめでとうございます。個体名;高城奏が、世界で初めてモンスターからの威圧を跳ね返して気絶させました。初回特典として、<獣の天敵>の称号が与えられました》


《奏の<一国一城の主>と<獣の天敵>が、<覇者>に統合されました》


《奏はLv88になりました》


《楓はLv86になりました》


《ルナはLv81になりました》


《サクラはLv70になりました》


《サクラは【氷霧アイスミスト】を会得しました》


《サクラはLv71になりました》


 神の声は、奏達のレベルアップやスキルの会得だけでなく、奏に新たな称号が与えられたことを告げた。


『ほう、<覇者>か。良いじゃねえか』


「効果は?」


『戦闘時に全能力値が2倍になるだけでなく、従魔以外のモンスターから恐れられて、自分のレベルと同等のモンスター以外近寄られなくなる』


「虫除けみたいだな」


『違いねえ。雑魚が寄って来なくなるなんて、弱い奴からしたら垂涎じゃねえの? この称号がバレたら、身の安全を求めて、女が体を差し出してでも保護を求めてくるかもな・・・。あっ、しまった』


「認めませんよ、そんなことは」


『認めないわ。天罰下すわよ?』


『わわっ!?』


「キュルッ!?」


 バアルが自分の失態に気づいた時には遅く、楓からドス黒い瘴気が幻視できてしまいそうなぐらいのプレッシャーが放たれていた。


 それと同じぐらい、楓が握るヘラからも瘴気が放出されていた。


 思わず、ルナとサクラが怯えて奏の後ろに隠れてしまったのだから、それはもう大変である。


『奏、すまねえ』


「悪いと思うなら、余計なこと言うなよ」


 バアルに抗議してから、奏は楓をギュッと抱き締めた。


 すると、楓がどこから出しているのかわからない力を発揮し、奏を抱き締め返した。


「奏兄様には、私がいますよね? だから、他の雌豚なんていりませんよね? 囲ったりしませんよね?」


 (雌豚って言っちゃったよ。今までだったら、雌としか言わなかったのに)


 奏を見上げる楓の目には、光が全く見当たらなかった。


 それは、深い深淵を覗き込んでいるような気分を錯覚してしまうような目だった。


「大丈夫。俺は楓の旦那だから。囲ったりしないよ。俺の嫁は楓だけだ」


「・・・エヘヘ」


 普段とは違い、楓が暗い笑みを浮かべるものだから、奏は楓に信じてもらえていないと思い、言葉だけじゃなくて態度でも示すことにした。


 ちゅっ。


 すなわち、キスである。


 奏は基本、外で楓とイチャイチャしようとしない。


 楓から抱き着いたり、楓が不機嫌になった時には抱き締めたりすることはあったが、キスは外でしたことがない。


 それをここでするということは、奏が自分の考えを曲げてでも、楓に自分の気持ちを知ってもらいたいという意思の表れである。


 奏からキスされたとわかった途端、楓の目に光が戻り、物欲しそうな目で奏を見上げた。


「奏兄様、もっとして下さい」


「これ以上は今夜な」


「うぅ、奏兄様のいけずです・・・」


『奏よ、この場で押し倒すぐらいしなさい』


「命の危険があるだろうが。そういうのは、安全な所でやるもんなの」


 ヘラが楓を援護するが、その度合いが強過ぎて奏は苦笑いして話を無理やり終わらせた。


『パパ、ママはもう怖くならない?』


「キュルル?」


 奏にキスされたおかげで、楓からプレッシャーが消えたので、びくびくしながらルナとサクラが奏達に近づいた。


「大丈夫。もう、怖くないぞ」


『良かった~。バアル姉ちゃん、余計なこと言っちゃ駄目だよ?』


「キュル!」


『サクラもそう言ってるよ』


『面目ねえ』


 ルナとサクラから厳重注意を受け、バアルは素直に謝った。


 それから、奏は放置していた魔石をバアルに吸収させた。


 シュゥゥゥッ。


《バアルはLv88になりました》


 レベルアップを神の声が告げても、今回のバアルはおとなしかった。


 どうやら、本当に余計なことを言ったと反省しているらしい。


 以前であれば、機嫌を損ねてはいけないのが楓だけだったが、今の楓にはヘラがくっついている。


 ヤンデレがコンビを組んでしまった時点で、バアルは地雷を踏まないようにするしかないのだ。


 だが、バアルはすぐに思考を切り替えざるを得なかった。


 モンスターが近づいているからだ。


『おい、奏。また来たぜ』


「今度は何体?」


『3体』


「<覇者>が効いてないってことは、同レベルのモンスターが3体か。ルナ、飛べるか?」


『うん』


 流石の奏でも、Lv90近いモンスター3体に攻められれば分が悪い。


 その状況を打破するために、一旦退こうと考えているのだ。


「雄ヨ! 雄! 強イ雄ノ匂イ!」


「捕獲! 犯ス! 食ス!」


「私ガ先ダァァァッ!」


 楓の機嫌が回復してきたタイミングで、ガツガツした雌系モンスターの声が聞こえ、楓の体がピクッと反応した。


 ブシュシュシュッ!


「【守護領域ガードフィールド】」


 キキキィィィン!


 突然、正面と左右から糸が飛んできたが、楓が【守護領域ガードフィールド】を発動して防いだ。


 糸を飛ばした者の正体は、女性の上半身と蜘蛛の下半身を持つモンスターだった。


『げっ、ここでアラクネかよ・・・』


「あいつらの発言から、なんとなく俺が危険なのはわかった」


『お、おう。鈍感なお前でもわかるんだな』


「失礼な奴め。身の危険は察知できるぞ」


『あっ、うん。奏はそのままでいてくれ。お前は俺の癒しだ』


「は? って、ああ・・・」


 バアルが何を言っているのか、一瞬わからなかった奏だが、隣から発せられるプレッシャーを感じてすぐに理解した。


「あの雌豚共、私の奏兄様になんてことを」


 楓は静かにだが、確実にキレていた。


 楓の頭を冷やす必要があるし、この状況で連携して攻撃されたら自分達は無事じゃ済まない。


 そのように考えた奏は、撤退する判断を下した。


「樹海の外まで退くぞ。【瞬身テレポート】」


「待テ! 逃ゲルナァ!」


「雄! 待テ!」


「子種ヨコセェェェッ!」


 3体のアラクネが、奏達というより奏を呼び止めたが、奏は既にパーティー全員と一緒に【瞬身テレポート】で樹海を脱出していた。

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