第79話 バアル、それフラグだから

 バアルの復活率が100%になる方法がわかってから、奏達は再びルナの背中に乗り、飛んで移動していた。


 バレルミミックを倒した後、モンスターが出ないまま、Y字路に到着した。


「バアル、ボス部屋への最短ルートは?」


『左だ』


「ルナ、左に進んでくれ」


『は~い』


 今回のダンジョン探索は、あくまで競走なので全マップを埋めるようなゲーマーのノリは不要だ。


 それがわかっているから、バアルも無駄なことは言わず、ボス部屋への最短ルートを伝えた。


 もっとも、最短ルートがどんな難易度かまでは伝えていないのだが。


「奏兄様、前に何かいます!」


 ぱっと見た感じでは、何もいないよう見えるが、楓の目には違和感のあるものが映ったらしい。


 だから、困った時はすぐバアルに訊いた。


「バアル、前に何がいる?」


『楓嬢ちゃん、マジで目が良いな。正面だが、ヒュージスライムが道を塞いでやがるぜ』


「スライムの進化した奴か」


『おうよ。スライム100体が合体すれば、ビッグスライムになる。それが100体合体すると、ヒュージスライムになる』


「スライム1万体分かよ。そんなのがいたら、そりゃダンジョンがキャパオーバーになるわ」


 サファギン達がダンジョンから次々に出てくる理由は、ヒュージスライムにあるのだろうと理解すると、奏達は倒さない訳にはいかなくなった。


『パパ、私からやるね~。【嵐砲ストームキャノン】』


ゴォォォォォン! ぽよん。


『・・・パパ、どうしよう? ルナの攻撃が効かないよ?』


 嵐を圧縮して放つ【嵐砲ストームキャノン】が、ヒュージスライムのぽよぽよした体に弾かれるどころか、無効化されてしまったため、ルナは奏に相談した。


『げっ、こいつ【魔法耐性マジックレジスト】持ってんのかよ?』


「バアル、まさか魔法系スキルが効かないの?」


『全く効かない訳じゃねえ。【嵐守護ストームガード】の下位互換だ。魔法系スキルで攻撃を受けた時、VITの数値の7割以下の数値の威力なら無効化するぜ』


「面倒な奴め。楓、強化を頼めるか?」


「勿論です。【仲間全強化パーティーオールライズ】」


 これで、パーティー全員が今の楓のINTの数値分だけ、全能力値が向上した。


「【蒼雷罰パニッシュメント】」


 バチィッ! ズドォォォォォォォォォォン!


『やったか!?』


「バアル、それフラグだから」


 バアルが生存フラグを立ててしまったため、奏は額に手をやった。


 生存フラグを立てると、大抵その後油断したタイミングで反撃されて痛い目に遭う。


 だから、奏は警戒を解かずに次の行動に出た。


「【停止ストップ】」


 油断して反撃されるなら、油断せずに反撃されない状況を作れば良い。


 そのように考えた奏は、ヒュージスライムに反撃を許すことなく動きを封じた。


「ルナ、地上に降りて」


『うん』


 ルナが着地すると、奏はルナから降りて止まったヒュージスライムに向かって走り出した。


 そして、バアルを振りかぶるとヒュージスライムに向かって振りぬいた。


「【聖破ホーリーブラスト】」


 ドゴォォォォォォォォォォン! パァァァッ。


《奏はLv79になりました》


《奏はLv80になりました》


《楓はLv77になりました》


《楓はLv78になりました》


《ルナはLv70になりました》


《ルナは【風分身ウインドアバター】を会得しました》


《ルナはLv71になりました》


《ルナはLv72になりました》


《サクラはLv53になりました》


《サクラはLv54になりました》


《サクラはLv55になりました》


《サクラはLv56になりました》


《サクラはLv57になりました》


 神の声が止むと、バアルがはしゃいでいた。


『おい、奏! 自分だけレベルアップしてんじゃねえ! 俺様にも早く魔石喰わせろ!』


「はいよ」


 シュゥゥゥッ。


《バアルはLv79になりました》


《バアルはLv80になりました》


《バアルの【聖破ホーリーブラスト】が、【聖橙壊ホーリーデモリッション】に上書きされました》


『よっしゃぁ! レベルアップに加えて、スキルが強化されたぜ!』


 ヒュージスライムを倒したことで、レベルが2つも上がり、新しいスキルまで会得できたのだから、バアルとしては万々歳である。


「奏兄様、お疲れ様です」


『パパ、すごかったね~』


「キュル♪」


『ヒューマンがあれだけの力を出せるとは、妾も驚いたわ』


「みんな、ありがとう。俺の場合、INTよりもSTRの方が高いから、【蒼雷罰パニッシュメント】で駄目なら、【聖破ホーリーブラスト】で倒すしかなかったんだ」


「接近した際に反撃を受けぬように、【停止ストップ】も使ってましたもんね」


「まあね。バアルが生存フラグを立てちゃったから、念のためにな」


「あぁ、確かに立ててましたね、生存フラグ」


 バアルが生存フラグを立てた時のことを思い出し、楓は苦笑いになった。


 ヒュージスライムを倒すため、立ち止まることになったが、障害となっていたそれはもういない。


 奏達はルナの背中に乗り、ダンジョンボスのいる部屋へと向かった。


 ヒュージスライムを倒した先には、モンスターは全く出てこなかった。


 ダンジョンとしては、ヒュージスライムを突破できる者がいるとは思っていなかったのか、本当に何も出なかった。


 しかし、しばらく進むとバアルが何かに気づいた。


『待った。右側の壁、隠し部屋があるぜ』


「ルナ、壊すから降りてくれ」


『は~い』


 ダンジョンの壁は、そう簡単には壊せない。


 だが、前回は双月島のダンジョンで、【聖破ホーリーブラスト】で壊せたのだから、強化された【聖橙壊ホーリーデモリッション】で壁を壊せないはずがない。


「じゃ、試してみるか。【聖橙壊ホーリーデモリッション】」


 キュイン、ドゴゴゴゴゴォォォォォン! 


 奏がオレンジ色に光ったバアルで、ダンジョンの壁を力いっぱい殴ると、一撃で5連続の衝撃が発生し、壁を粉砕した。


 隠し部屋には、宝箱がポツンと置いてあるだけだった。


 ダンジョンの壁を壊した奏の手を気にして、楓が奏の正面から奏を心配そうに見上げた。


「奏兄様、手は大丈夫ですか? おっぱい揉みますか?」


「・・・いきなりどうした?」


 何の脈絡も感じ取れない楓の発言に、奏は反応に困った。


「いえ、ダンジョンの壁ってすごく硬いでしょう? そんな壁をバアルさんで殴って破壊したら、その反動で手が痺れちゃうじゃないですか。だから、私のおっぱいを揉んで少しでも痛みを和らげてもらえばと思いました」


「それだったら、【超級回復エクストラヒール】で良いんじゃない?」


「冗談です。奏兄様、はしたなくてごめんなさい。夜まで待てそうになくて」


「我慢してくれ」


「わかりました・・・」


 先程、今夜は寝かさないと宣言した楓は、実は夜まで待てないだけだった。


 適当な理由をでっちあげて、奏とイチャイチャしたかったのである。


『奏よ、楓が誘ったのに何故乗らないの?』


「こんなダンジョンでおっぱじめろと?」


『妾がそれを許します』


「こんな危険と隣り合わせな所で何考えてんだよ?」


『身に危険が迫った時の方が、子孫を残そうとする力が強くなるわ。楓のために励みなさい』


 楓のためなら、無理難題を平然と口にするヘラだった。


 そんなヘラに付き合っていられず、奏は宝箱の方を向いた。


 隠し部屋の宝箱には、罠が仕掛けられていないので、奏は躊躇わずに宝箱を開けた。


 すると、宝箱の中にほんの少し青い液体が入った大瓶が入っていた。


『神の雫じゃねえか』


「バアル、何それ?」


『極上の酒だ。そのまま飲んでも美味いが、エリクサーの素材だ』


「また、エリクサーの素材か。逆に、あと何が足りないんだ? 今あるのは、ローヤルゼリーとマンドラゴラの根、それに神の雫だろ?」


『あー、それな。実はもう手に入る見込みはあるんだわ』


「マジかよ」


 衝撃の事実が、サラッとバアルの口から出てきたため、奏は目を見開いた。


『マジだぜ。つっても、ルナがLv90にならなきゃ意味ねーけど』


「どういうことだ?」


『最後の素材は、Lv90以上の幻獣系モンスターの涙1滴だ。な? ルナがいずれLv90になれば、手に入るだろ?』


「そういうことか」


『奏の場合、【創造クリエイト】があるから、1回エリクサーを作っちまえば、簡単に複製可能だぜ』


「奏兄様、作りましょう。エリクサーには、乙女の夢と希望が詰まってますから」


「俺に言われても困る。ルナがレベルアップしなきゃ駄目なんだからさ」


 自分の手をグッと握る楓に対し、奏は自分がレベルアップする訳じゃないので、簡単に首を縦に触れなかった。


「それもそうですね。ルナちゃん、奏兄様といつまでも一緒にいたいですよね?」


『勿論! ずっとパパといるの!』


「それじゃ、強くなろうね。そうすれば、私達はずっと一緒だよ」


『頑張る! パパとママと一緒!』


 楓の不老不死への執念が、ルナを協力させることに成功した。


 それから、隠し部屋を出た奏達は、ボス部屋に向かって再び移動した。


 結局、ヒュージスライム以降、どのモンスターとも遭遇せずにボス部屋の扉が見えて来た。


 しかし、ボス部屋の扉は開ききっており、そ扉が閉まらないように大き目のサイズの岩で押さえつけられていた。


 どうやら、奏達よりも先に、紅葉達が到着していたらしい。


「キャァァァァァッ!」


「紅葉の悲鳴だ。ルナ、急いでくれ」


『うん!』


 ボス部屋で何かあったことを察知し、奏達はボス部屋にノンストップで突入した。

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