第77話 モーゼみたいに海を割ってみるつもり

 浦島太郎計画が打ち砕かれて膝から崩れ落ちた紅葉に注目が集まっていたが、ルナが奏の袖を引っ張ったので奏の意識はルナに向かった。


「ルナ、どうした?」


『パパ、あの甲羅から何か出て来たよ。やっつけて良い?』


 ルナの視線の先を追うと、奏はThe・ヤドカリの中身と表現できるハーミットクラブの本体の姿を捉えた。


「やっちゃって」


『は~い。【螺旋風刃スパイラルエッジ】』


 ビュオォォッ! スパパパァァァン! パァァァッ。


 シールドタートルの甲羅を囮にしてその場から逃げようとしていたハーミットクラブは、ルナの攻撃であっけない最期を迎えた。


『なんだマテリアルカードか。使えねえな』


 魔石と一緒にカードがドロップしたものの、それがマテリアルカードだったことでバアルはすぐに興味をなくした。


 奏はバアルに魔石を吸収させ、置き去りになっていたシールドタートルの甲羅を回収してからマテリアルカードを拾った。


 マテリアルカードの絵柄はカメノテだった。


「何故にカメノテ?」


『シールドタートルの甲羅を宿にしてたからじゃね?』


「そうかもな。深く考えるだけ無駄か」


 奏はマテリアルカードをしまってからルナの頭を撫でた。


「エヘヘ♪」


『おっとまたかよ。奏、サファギンの群れが来てるぜ』


「サファギンの出現頻度が多過ぎないか?」


『それな。多分どっかに海底ダンジョンがある。そこでスタンピードが起きたんだろうぜ』


「海の中かよ」


 面倒だという気持ちを隠そうとせず、奏は溜息をついた。


 そして、海中からポンポンと飛び出して来たサファギン達を見て鬱陶しく思った。 


「うざい。【天墜碧風ダウンバースト】」


 コォォォォォッ、カキィィィィィン! パァァァッ。


 空から緑色の風が地面に向かって強く吹き、その風は各種サファギンの群れを一瞬で凍りつかせた。


 時間差でそれらのHPが0になり、魔石へと変わって凍った海面に落ちた。


《奏はLv78になりました》


《楓はLv76になりました》


《サクラはLv46になりました》


《サクラはLv47になりました》


《サクラはLv48になりました》


《サクラはLv49になりました》


「寒そうだな。【不可視手インビジブルハンド】」


 凍った海面に近づきたくないという理由で、奏は【不可視手インビジブルハンド】で魔石を回収した。


 シュゥゥゥッ。


《バアルはLv78になりました》


『はぁ、レベルアップしにくくなっちまったなぁ』


「しょうがないだろ。サファギン程度じゃそう簡単には上がらなくなるぐらい強くなったってことなんだろ?」


『そうだけどよ、なんか物足りねえんだよな』


「贅沢言うな」


 神の声がバアルのレベルアップを告げた。


 しかし、バアルとしては物足りないから言外にもっとモンスターを倒してくれと奏に遠回しにアピールしていた。


 その様子を見ていたヘラは衝撃を受けていた。


『へぇ、まさかここまでとは思ってなかったわ。楓、貴女の夫は間違いなく英雄の素質があるわ』


「当然でしょ? だって奏兄様だもの」


『でも、英雄は色を好むものよ』


「奏兄様に限ってそれはないわ。それよりも奏兄様という光に群がる蛾の方が心配」


『それもそうね。貴女には奏の胃袋を掴むのと同時に、他の雌共を近づけさせないようにしなければ駄目よ。具体的には雌共には毒を盛りなさい』


「それは駄目。奏兄様は蹴落とすような手段を好まないわ。他の方法で力を貸して」


『わかったわ。それが妾の復活に繋がるし、何よりも妻を持つ夫に群がる雌なんてこの世に存在させてはいけないもの』


「心強いわ、ヘラ」


『任せなさい』


 怖い会話がすぐ近くでされていることで、紅葉も響もブルブル震えていた。


「ヤバいわよ響。奏君が良心をなくしたら、私達は毎食毒を盛られるわよ」


「奏ちゃん、永遠にそのままでいてほしい」


 身内に殺されるリスクを背負うぐらいなら奏を諦めてはどうかと思うものだが、この2人にとって感情は理屈じゃないらしい。


 それはさておき、奏は悩んでいた。


 海底ダンジョンから各種サファギンが溢れ出しているからである。


 スタンピードを解消するには、定期的に間引きするか発生源のダンジョンを踏破するしかない。


 奏の性格からして、だらだらする時間のロスになりかねない前者の案はできれば避けたいところだが、後者となれば行く手段がすぐに思いつかない。


 【無限収納インベントリ】を発動して、海水を亜空間に収納する方法も考えたが、太平洋の海水全てを収納できるようなMPを、奏は保持していない。


 悩んでいる奏にルナが話しかけた。


『ねえ、パパ。サクラに海を凍らせて道を作ってもらって私の背中に乗って飛んでいくのは?』


「・・・海を割るモーゼみたいなことができればやれるか?」


 ルナの提案から、奏はいけるかもしれないと思い始めた。


『パパ、モーゼって何?』


「ん? 海を割ったっていうすごい人だ。ルナのおかげで1つ思いついたことがある。ありがとう」


『エヘヘ♪』


 奏がルナを労うと、ルナは嬉しそうに奏に頬擦りした。


 ルナが奏にじゃれついていると、楓はルナが羨ましくなって奏にスッと近づいた。


「奏兄様、ルナちゃんばかりズルいです。私も撫でて下さい」


「はいはい」


 楓の機嫌を損ねないように、奏は楓のリクエストに応じて頭を撫でた。


 楓の頭を撫でつつ、奏は楓に思い付いたプランを話し始めた。


「楓、サクラに俺が指定した場所だけ凍らせるように頼める?」


「大丈夫です。一体、何をするんですか?」


「モーゼみたいに海を割ってみるつもり」


「流石は奏兄様です!」


 目を輝かせる楓の頭を撫でてから、奏はバアルに話しかけた。


「バアル、ダンジョンの位置はわかるか?」


『おう。特定は済ませといた。ここから500メートル先の海底だぜ』


「了解。楓、俺が海水を両脇に寄せたらサクラに指示を頼む」


「わかりました!」


「よし、やるか。【蒼雷罰パニッシュメント】」


 バチィッ! ズドォォォォォン!


 奏はバアルが教えた方角に向けて【蒼雷罰パニッシュメント】を撃ち込んだ。


 それによって【蒼雷罰パニッシュメント】が通過した所の海水が蒸発し、一瞬だけ海底に向かって道ができた。


 そのおかげで、はっきりとは奏の目には見えないが海底洞窟らしきものがあるのがわかった。


「サクラ、お願い!」


「キュッキュル~!」


 カキィィィン!


 奏が作った道を保持し続けられるように、サクラの【凍結フリーズ】が道の両脇の海水を凍らせて氷の壁にした。


「これがリアルモーゼってやつだな」


『そんなことができんのはこの世界にお前達ぐらいだっての』


「使えるもんを使って悪い?」


『いや、悪いとは言ってねえよ。褒めてんだよ』


「あっそ」


「キュル!」


 モーゼの真似事の立役者のサクラがドヤ顔でアピールした。


「偉かったね、サクラ。奏兄様も喜んでるよ。ね、奏兄様?」


「勿論だ。よくやってくれたな、サクラ」


「キュルル~♪」


『むぅ。元はと言えば、ルナの提案なのに』


「ルナもありがとな」


『うん♪』


 サクラだけが褒められてムスッとしていたルナだったが、奏に褒められるとすぐに機嫌が直った。


 チョロい従魔である。


 それから、奏達は全員で丸裸になった海底ダンジョンに向かった。


 海底ダンジョンと言ったものの、島から近いので大して底は深くない。


 あっという間に入口に到着し、奏達はそのままダンジョンに入った。


 驚くことに海底ダンジョンの中には空気があった。


 入口が横向きではなく縦向きの穴だったため、洞窟内が水没していなかったらしい。


 しかし、ここで問題が起きた。


 入口から道が2つあったのだ。


「バアル、これはどっちを進んだら良い?」


『悩ましいな。どっちでもダンジョンボスの部屋には辿り着けるぜ。距離も変わらねえし、出てくるモンスターの反応の強さも大差ねえ』


 奏に道を尋ねられたバアルは、どっちの道の方が良いか判断がつかずに困っていた。


 そこに助け船を出したのは紅葉だった。


「だったら、私達のパーティーは左で奏君達は右に行かない? 踏破するまで競走しようよ。戦利品はそれぞれの物ってことでどう?」


「賛成! 紅葉お姉ちゃん、たまには良いこと言うね! 奏兄様、そうしましょう!」


 できる限り奏と一緒にいる時は邪魔者がいないでほしいと思っているので、紅葉の提案に楓が飛びついた。


「奏ちゃん、僕もそれで良いよ」


「わかった。んじゃ、二手に分かれて競走ってことで。紅葉と響、ヤバいのが出たら撤退しろよ。それとちゃんと連絡すること」


「了解」


「おけ」


 こうして、奏達は二手に分かれて海底ダンジョンに挑むことになった。

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