第76話 新手のツンデレ?

 奏がエリクサーを作るか悩んでいる中、楓はヘラと話を続けていた。


「ヘラは何ができるの? バアルさんは、ウィ〇ペディアになったり、モンスターカードを吸収してスキルを会得したり、敵の察知ができたりするけど、ヘラは?」


『今の妾に残った力でできるのは、どんな調理器具にもなれるってところかしら? それと、料理のレシピなら幅広くあるわね』


「つまり、奏兄様の胃袋を掴めってことね」


『その通りよ。妾と貴女が組めば、他の女の料理なんて泥のように感じられる物が作れるはず。そうすれば、奏は他の女なんて見向きもしなくなって、ずっと貴女のものよ』


「それ、最高だね」


 楓とヘラが、奏を独占するための計画を話していると、奏に念話がかかってきた。


 プルルルルルルッ♪


 念話の相手は、紅葉だった。


「もしもし?」


『あっ、奏君? 今から西の海岸に来れる? 浦島太郎になるチャンスがあるんだけど?』


「何それ?」


『フッフッフ。百聞は一見に如かずなのよ。とにかく着て。それじゃ』


 言いたいことだけ言って、紅葉は念話を切った。


「奏兄様、紅葉お姉ちゃんですか?」


「ああ。なんか、浦島太郎になるチャンスがあるからすぐに来いってさ」


「また意味のわからないことを言ってますね」


「まあな。しょうがない。行ってみるか」


「わかりました」


 今回は、急ぎということで、ルナの背中に乗って行かず、奏の【瞬身テレポート】に便乗する形で奏達は西の海岸まで移動した。


 そこから、ルナの背中に乗って移動すると、各種サファギンの大群に攻められている巨大な甲羅があり、それを少し離れた上空から観察している紅葉達の姿があった。


「「「・・・「「ギョギョッ!」」・・・」」」


 空を飛ぶ奏達に気づいた者達が、紅葉達にも気づき、甲羅を攻撃していた一部が動きを止めた。


「ゲッ、バレた。ピエドラ、や~っておしまいっ!!」


「d(*´ω`*)b」


 ゴォォォォォッ! パァァァッ。


 紅葉がド〇ンジョみたいな指示を出すと、ピエドラが了承して【暗黒炎ダークフレア】を放った。


 黒い業火が、紅葉達のいる地点を目指して走っているサファギン達を一掃した。


「ハハハ! 見ろ、サファギンがゴミのようだ!」


「紅葉、浦島太郎どころか悪役だよ。ド〇ンジョから、ム〇カ大佐の2コンボ決めるなんてさ」


 気分よく高笑いしている紅葉に対し、響はジト目を向けていた。


「響、俺達、何モシナクテ良イカラ、邪魔シナイデオコウゼ」


「働キタクナイデゴザル」


「アル、ブラン、少しは働かないと強制的に働かせるよ?」


「「ヘイヘイ。【騒音砲ノイズキャノン】」」


 ギギギィィィン! 


「「「・・・「「ギョギョォッ!?」」・・・」」」


 アル&ブランが、甲羅の上空まで移動し、【騒音砲ノイズキャノン】を放った。


 それにより、周囲に不快な騒音をばらまきつつ、甲羅の周りに取り付くサファギン達を無防備な状態にさせた。


「【酸雨アシッドシャワー】」


 ザァァァァァッ。ジュワァァァッ。パァァァッ。


《ピエドラは、Lv54になりました》


《ピエドラは、Lv55になりました》


《アル&ブランは、Lv49になりました》


《アル&ブランは、Lv50になりました》


《アル&ブランは、【騒音牢ノイジージェイル】を会得しました》


《アル&ブランは、Lv51になりました》


 神の声が、紅葉と響の従魔達のレベルアップを告げた。


 戦闘が終わったのを確認してから、奏達は地上で紅葉達と合流した。


「お疲れ。紅葉、耳大丈夫か?」


「あ、ありがと。でも、大丈夫よ」


「紅葉お姉ちゃん、勘違いしないでよね。奏兄様は、優しいだけで他意はないんだからね」


「新手のツンデレ?」


 奏に心配され、少し嬉しくなった紅葉だったが、楓に水を差されて苦笑いになりつつ、ツッコむことは忘れなかった。


『ふーん、これが楓の姉か。顔は整っているけれど、どうあがいても面白い人どまりの女ね。楓の敵にはなり得ないわ。でも、妾は念のため消した方が良いと思う』


「つ、杖が喋った!? まさか、バアルさんのお仲間!?」


『流石は紅葉の姉ちゃん。よくわかったな』


『お前のような勘の良い雌は嫌いだわ。楓、敵になる前に消しなさい』


「この神器、怖っ!?」


「楓が神器を手に入れたら、奏ちゃんにますます手が届かなくなる・・・」


『この男みたいな雌が、響ね。楓、この雌もヒモの臭いがして危険よ。排除しちゃいましょう』


 ヘラは、自己紹介する前から容赦しなかった。


「ヘラもやっぱりそう思う? 最近、この2人が企んでる臭いがするんだよね」


 ヘラの発言を受け、楓は自分の勘を口にした。


 それは、奏のハーレム計画であり、その計画を成功させるべく、奏と楓の外堀を埋めようとしていることに、楓がなんとなく感づいているということである。


 リアクションが激しい紅葉はともかく、普段から気怠そうに振舞う響ですら、楓の鋭い勘に冷や汗をかいていた。


『妾の経験上、優れた男が傍にいると、その男に妻がいても関係なく迫る雌はいるものよ。この2人からは、汚らわしい雌の臭いがするわ』


 【擬人化ヒューマンアウト】を会得していないのに、どうやって汚らわしい臭いを感じ取れるのか。


 それにツッコむ勇者は、少なくとも人間にはいなかった。


『おい、ヘラ。いい加減にしやがれ。なんでもかんでも疑ったら、生きててつまらねえよ』


『妾はゼウスに愛してもらうことさえ考えてれば、それで十分だったわ。楓もそうじゃない? 奏に愛されてることだけ考えれば、幸せでしょ?』


「確かに。奏兄様に愛してもらえることで、頭いっぱいなのは幸せかも」


「ゲッ、よりにもよって愛憎劇マシマシのギリシャ神話でも、最古のヤンデレじゃない! なんでそんなのが楓の神器になってるのよ!? 混ぜるな危険でしょ!?」


『黙れこの雌豚。挽き肉にしてハンバーグにするわよ?』


「・・・バアルさん、なんで止めなかったのよ?」


『俺様にとっても、これは想定外だったんだよ』


 静かに殺気を浴びせられ、ヘラの方を向けない紅葉は、バアルに抗議した。


 しかし、バアルも言いたいことはわかるが、自分にも予期せぬ事態だと告げた。


 そこに、奏が割って入った。


「ヘラ、紅葉達を牽制するのはそこまでにしてくれ」


『何よ、奏。妾のやり方に、文句あるのかしら?』


「お前がマウントを取らなくても、俺は楓一筋だから」


「流石は奏兄様です!」


 楓は奏に抱き着く力を強めた。


『男は皆、そう言って誤魔化すのよ。ゼウスだってそう。あのクソエロ猿は、甘い言葉をささやいて、あちこちで雌を孕ませてたわ』


「俺は楓に不義理なことはしない。この話は平行線になりそうだから、今は止めよう。それより紅葉、あの甲羅について説明して。俺達を呼び出した理由、まだちゃんと聞いてない」


『奏、お前マジかっけー』


 奏がヘラの疑念を言い切る形で否定し、この話題を終わらせた。


 そんな奏を見て、バアルは奏を尊敬した。


 正直、ヘラが苦手な部類であるバアルにとって、奏のブレない態度は尊敬の眼差しを向けるのにふさわしい姿だった。


 それは、紅葉にとっても同じであり、自分の言い分を聞かずに言い負かそうとしてくるヘラに、ノータイムで応じる奏に頼もしさを感じていた。


 だが、そこで顔を赤くしていれば、楓とヘラのヤンデレコンビに何をされるかわからない。


 だから、奏に頼まれた通り、紅葉はこの場に奏達を呼んだ理由を話し始めた。


「あの甲羅の主、わかってると思うけどモンスターなのよ。それが、私達がここに来た時からサファギンの大群に群がられて、リンチされてたの」


「それを助ければ、もしかしたらお礼に竜宮城に連れてってくれると思ったってことか?」


「そうよ」


「だけどさ、戦闘が終わったのに、甲羅の主が甲羅から出てくる気配がまるでしないんだが」


「言われてみれば、確かにそうね。なんでかしら?」


「俺に訊かれてもわからんよ」


 奏に指摘され、紅葉もその理由がわからず首を傾げた。


 そこに、バアルが口を挟んだ。


『簡単な話だ。あの甲羅が亀の物じゃねえんだよ。ありゃ、ハーミットクラブの殻だ。シールドタートルの甲羅を宿にするタイプだ』


「ヤドカリ・・・、だと・・・」


 亀のモンスターを助け、竜宮城に乗り込むという幻想を打ち砕かれた紅葉は、膝から崩れ落ちた。

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