第75話 あのクソエロ猿と違って、浮気しなさそうね

 奏と楓、ルナが泉の中を覗き込むと、泉の底にキラキラと光る物体があった。


 幸い、泉の水は泥で濁っておらず、透き通っているので、見た限りでは触れても体に害はなさそうだった。


「バアル、この泉に触れたらヤバいものとか混入してるかわかる?」


『あん? わかるぜ』


「そりゃ結構。で?」


『問題ねえ。中に入っても服が濡れるだけだ』


「そっか。服が濡れるのは嫌だし、別の方法で探る。【不可視手インビジブルハンド】」


 自分にしか見えない透明な手を伸ばし、奏は泉の中の光の発生源を探った。


 透明な手をしばらく操っていると、硬い物質に触れたことがわかった。


「この感触・・・、もしや宝箱か?」


『おう、その通りだ』


「罠はありそうか?」


『ないな。宝箱のサイズに入る罠は、大掛かりなもんじゃねえ。それに、泉の底にあった時点で、大抵の罠は駄目になっちまうからまず罠はないだろうぜ』


「わかった。サルベージする」


 バアルの言い分を信じ、奏は透明な手を操り、宝箱を泉からサルベージした。


 宝箱を地面に置くと、楓とルナ、サクラが興味津々といった様子で宝箱に近づいた。


「キュルルッ!」


 宝箱の周りをプカプカと回りながら、見つけたのは自分だとサクラがアピールした。


『ママ、サクラが私の手柄だから褒めてだって』


「そうね。サクラ、偉いわ」


「キュルン♪」


 楓に褒められ、サクラは嬉しそうに楓にじゃれついた。


 そんな楓とサクラを見て、奏はこの宝箱を開けるのは自分の役目じゃないと判断した。


「じゃ、その宝箱は楓が開けてみるか?」


「奏兄様、良いんですか?」


「良いよ。バアルが気づいてたのはノーカンとして、サクラが気づいたんだから、開ける権利は主の楓にある」


「わかりました」


 ここで引き下がるのは、サクラの成果をなかったことにするのと同義だ。


 だから、楓は遠慮せずに奏の申し出を受け入れた。


 この決断が、自分達の将来を変えてしまうとは知らずに。


 楓は力を入れ、宝箱の蓋を開けた。


 すると、その中には金属性のへらだけが入っていた。


《おめでとうございます。個体名:高城楓が、神器ヘラを手に入れました。それにより、ヘラが楓のユニーク道具になりました》


《ヘラが、ヤドリギの杖を吸収しました。それにより、ヘラは杖に姿を変えられるユニーク武器へと強化されました》


『げっ、ヘラかよ!?』


 神の声が、新たな神器の出現を告げると、バアルがかなり嫌そうな声を出した。


『バアル、妾だと何か困るのかしら?』


 ヤドリギの杖を吸収し、一体化したヘラは、ヤドリギの杖と見た目は全く変わらなかった。


 その杖から、鈴を振るような声が聞こえたが、そこには表現し難い威圧感が放たれていた。


『いや、お前と楓のタッグとか、考えたくもねえと思っただけだ』


『酷い言われようね。・・・あら、妾のパートナー、素質があるわね。妾はヘラ。よろしくね』


「よろしくお願いします。私、高城楓です。奏兄様のです」


 楓が強調した言葉を聞き、ヘラは楓の手の中でピクリと反応した。


『へぇ、なのね?』


「はい。です。それだけは、絶対に揺るがない不変の真実です」


『・・・気に入ったわ。楓、丁寧な言葉遣いは妾達の間には不要よ。妾が貴女を、夫に愛される最高の淑女にしてあげるわ』


『あーあ。やっぱりこうなっちまったか』


「『バアル(さん)、何か?』」


『なんでもねえ』


 もう手遅れだと判断したバアルは、どうにでもなれと匙を投げた。


 楓とバアル、ヘラのやり取りが終わったのを見て、奏もヘラへと挨拶をすることにした。


「こんにちは、ヘラ。俺は高城奏。楓の旦那で、バアルのパートナーだ。ルナの主でもある」


『あのクソエロ猿と違って、浮気しなさそうね』


『ハハッ、ゼウスのこと、クソエロ猿って言えるのは、世界広しと言えどヘラぐらいだな』


 ヘラのコメントに対して、バアルは苦笑いだった。


 世界には数々の神話があるが、その中でもギリシャ神話は愛憎劇のボリュームが多い。


 ヘラの夫である最高神ゼウスは、それはもうあちこちで浮気をする。


 あちこちで見境なく子供を作るんだから、クソエロ猿と呼ばれても仕方ないだろう。


 その浮気を許さないヘラは、自分は浮気をせず、次々に浮気の結果や原因を潰しに行くものだから、気づけば世界最古のヤンデレと称されたり、されなかったり。


 そんな背景に明るくない楓は、奏が浮気をしなさそうという発言に力強く頷いた。


「当然だよ。奏兄様は、私だけのものなんだから。紅葉お姉ちゃんだって、響にだって絶対にあげないもん」


『・・・紅葉は貴女の姉なのね。響は何?』


「奏兄様の従妹よ」


『殺しなさい。その2人は、貴女から奏を奪うリスクがある。疑わしきは殺すのが最善よ』


『コラコラコラッ! 待て! ヘラ、飛躍すんな!』


 楓の説明を聞いたヘラが、刑事裁判の根幹を揺るがす発言で楓にリスクを潰せと言った。


 それを見過ごす訳にもいかないので、普段はツッコミに回ることの少ないバアルが待ったをかけた。


『バアル、妾を邪魔するつもりかしら?』


『そのつもりだ。奏はハーレムなんざ考えてねえ。そもそも鈍感だから、楓ぐらいはっきり言ってもらわないと気づかねえ。そんな奏が、自分からプロポーズしたんだ。浮気なんて絶対にしねえから、温かく見守ってやれ』


『・・・その話、本当かしら?』


 バアルの話を聞き、ヘラは奏に訊ねた。


 ヘラからは、身動きを取らせない異様な威圧感が放たれていた。


 そんな威圧感をものともせず、奏は首を縦に振った。


「俺は楓以外と結婚するつもりないよ」


「奏兄様、信じてました! 愛してます!」


 躊躇うことなく、奏が言い切ったので、楓は背景に花が咲き誇って見えるような笑みを浮かべながら、奏を抱き締めた。


『ふ~ん。クソエロ猿と違って、余計な言葉で飾って誤魔化さない所は、評価に値するわ。でも、妾はまだ信じられない。貴方、バアルを短期間でここまで復活させた実力者でしょ? そういう実力者は、色を好むもの』


 ゼウスというソースの印象が強過ぎるせいで、ヘラの疑念は簡単に晴れそうになかった。


「いや、マジでないわ。楓以外とも結婚したら、俺の睡眠時間が減るし」


『・・・はい?』


 ここで、奏はヘラの意表をついた。


 まさか、そんな言葉をこのタイミングで聞くとは微塵も思っていなかったので、ヘラの反応は鈍かった。


 そこに、バアルが助太刀した。


『あのな、ヘラ。奏が俺の復活に協力してくれる理由は、寝放題ライフを手に入れるためだ。強くなれば、外敵に脅かされる可能性が減るだろ? 世界はぐちゃぐちゃで、秩序も文明もあったもんじゃない。そんな世界で、悠々自適な生活を送るために、こいつは今面倒でも動いてるんだ』


『奏には野心がないというの? これだけの力があれば、世界征服だって夢じゃないでしょ?』


「世界征服? 面倒じゃん。そんなことしたって、やること増えるだけ。論外」


『・・・ゼウスとは本当に違うのね』


「そうなの。奏兄様は、私と一緒にスローライフを送るの。この島を完全に統一したら、子供は11人作るつもり」


「楓、まだ1人目もできてないぞ?」


 初耳だった楓の将来設計を聞き、奏は顔をひきつらせた。


 寝ること優先だが、性欲がない訳ではない奏よりも、楓の方が性欲は強い。


 奏と楓の夜の営みを、バアルが楓の捕食と呼んだのも間違いじゃないぐらいだ。


『わかったわ。改めて、妾は楓を奏が他の雌なんて見向きもしない最高の淑女にしてあげる。そして、楓が11人子供を産めるように、最大限力を貸してあげるわ』


「ありがとう!」


《おめでとうございます。個体名:高城楓がクエスト1-4をクリアしました。報酬として、ヘラの復活率が10%になりました》


 楓を全力でサポートするとヘラが発言すると、神の声が楓のワールドクエストの達成を告げた。


『どうやら、妾の力は楓を助けることで戻るようね。猶更、楓を助ける理由ができたわね』


『・・・奏、頑張れよ。11人だぜ?』


「努力はする。でも、干からびる気しかしない」


『エリクサー作っとけ。それで、少なくとも死にはしねえから』


「そんな使い方するなんて、エリクサーに対する冒涜だと思ったけど、理性と実利の間で激しく悩まされるな」


 これから先、毎晩搾り取られることは間違いない奏は、エリクサーの調合を前向きに検討し始めた。

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