第67話 お、おう。俺様は姉扱いなのか・・・

 紅葉と響がダンジョンを踏破した頃、奏達は双月島の西側の森を探索し終えていた。


「バアル、偉くあっさり終わったな」


『まあな。奏がこの島の主と認められたことで、飛べるモンスターは飛んで逃げたんだろうぜ。この島にいたら、狩られるのは時間の問題だと本能的に気付いたってこった』


「なるほどな。戦う手間が省けてラッキー」


『俺様としては、レベルアップの機会が減ってアンラッキーだ』


 奏は楽をしたいが、バアルは戦って力を取り戻したい。


 どちらかを立てようとすれば、残った方が立たないのは仕方のないことだ。


「奏兄様、この後はどうしますか? 紅葉お姉ちゃんや響もいませんし、私とだらだらしますか? もしくは、私が膝枕しますか? それとも私と子供を作りますか?」


「ピュイ!」


 ルナは自分もいると楓に抗議した。


「ごめんね、ルナちゃん。じゃあ、ルナちゃんも一緒にだらだらする?」


「ピュイ」


 自分も考慮してくれるなら、それで問題ないとルナは首を縦に振った。


「それじゃ、気分転換に海に行くか。海でだらだらしよう」


「わかりました」


「ルナ、南の海岸に行ってくれ」


「ピュイ!」


 ルナは元気に返事をして、奏と楓を南の海岸に連れて行った。


 海岸に到着すると、奏は【創造クリエイト】を多用して、ビーチでゆったりとできる物をポンポンと作成した。


『【擬人化ヒューマンアウト】』


 今日は奏が探索する気がないとわかったので、バアルも人型になって一緒に寛ぐつもりらしい。


 早速、奏が作ったパラソルの位置を調整し、ベンチに寝そべり始めた。


「ピュイ!」


 それを見たルナも、【収縮シュリンク】を発動して、ぬいぐるみサイズになって奏に飛びついた。


「甘えん坊だな、ルナは」


「ピュイ♪」


 ルナを片手で抱きつつ、奏もバアルのようにパラソルの位置を調整した。


「奏兄様、こっちも準備できました」


「サンキュー」


 奏がパラソルの調整をしている間に、楓はベンチを2つ横並びにしてから、タオルを2つのベンチに跨るように敷くことで、即興の2人用ベンチを用意した。


 突然、モンスターが現れても良いように水着にはなっていないが、それでも奏達はベンチに座ってゆったりし始めた。


 楓が奏に横から抱き着き、奏は左腕を楓の肩に回して密着している。


 ルナは既に、奏の膝の上で丸くなって寝息を立てていた。


「こういう時間、良いなぁ」


「最高です。邪魔されることなく、こんな静かな場所で奏兄様を感じられるんですから」


「この島での生活が、俺達の新婚旅行になるのか。まあ、旅行じゃないけど」


「そうですね。でも、私は奏兄様とルナちゃんが一緒にいてくれればどこでも良いんです。後は、私達の間に子供が生まれたら120点です」


「焦るなよ? きっと、そのうちできるからさ」


「はい。もし、できなかったらバアルさんの信仰を止めます」


「ちょっ、待てよ!? 黙って聞いてりゃ俺様にとって一大事じゃねえか!」


 いきなりとんでもないことを口にされたので、目を閉じてリラックスしていたバアルが慌てて立ち上がった。


「バアル、落ち着け。ルナが起きちゃうだろうが」


「そうですよ、バアルさん。それが嫌なら、さっさと奏兄様の子供を私が孕めるようにして下さい」


「・・・わーったよ。何か手を考えとく」


 楓の言い分に言いたいことはあったが、ここで言い返せばマズいことになると本能的に察知し、バアルは言い返さずにベンチに座り直した。


 それから、1時間ぐらいだらだらと過ごした後、奏達は昼食を取った。


 紅葉と響がいないせいか、楓はいつもよりも伸び伸びとしている。


 奏の食べこぼしを手で取るのではなく、舌で舐め取ったり、奏の膝の上に座って密着した状態で食べさせてあげたりとやりたい放題である。


 ルナは小さくなっている都合上、テーブルの上に載って食事をしている。


 その光景を見せられるバアルは、口から大量の砂糖を吐き出しそうな気分だった。


 昼食を取り終え、再びベンチでリラックスしていると、バアルは午前中に感じなかった異変に気付いた。


「ん?」


「どうしたバアル?」

 

「何か来るぞ」


「何かって何? モンスターか?」


「モンスターも来てるが、そいつらが何かを追ってんだよ。どーにも力が弱くて何が来てんのか判断がつかねえ」


 正体不明の何かとモンスターが来ているとわかれば、奏も起き上がらざるを得ない。


「バアル、メイスに戻っといて」


「おう」


 奏の指示に従い、バアルは【擬人化ヒューマンアウト】を解除した。


 バアルが奏の手に握られる頃には、ルナも【収縮シュリンク】を解除して海を警戒していた。


 楓も、いつでも奏とルナを支援できる準備を済ませていた。


「キュル~!」


「グィッカァァァッ!」


 ザァァァァァッ!


 助けを求めるような鳴き声が聞こえたかと思うと、野太い声のすぐ後に白い触手らしきものが何本も現れ、声の主を捉えようとしている。


「見えました! ピンク色の角の生えたイルカです!」


『そういうことか。あいつはケートスだ。それを襲ってるのは、クラーケンだな。大方、幼いケートスをクラーケンが見つけて食おうとしてんだろうぜ』


「ピュイピュイ!」


「ルナ、ケートスを助けたいのか?」


「ピュイ!」


「わかった。楓もそれで良い?」


「勿論です!」


 方針が決まると、奏と楓はルナの背中に乗った。


「ルナ、ケートスとすれ違うように飛んでくれ」


「ピュイ!」


 奏と楓を乗せ、ルナは追われているケートスを迎えに行った。


「楓、俺達を覆うように結界と支援を頼む」


「はい! 【守護領域ガードフィールド】【仲間全強化パーティーオールライズ】」


 楓がスキル名を唱えると、ルナを中心に球体の結界が発生し、奏達の体を光が包み込んだ。


「次は俺の番だな。【不可視手インビジブルハンド】」


 奏にしか見えない手が、ケートスを捕まえようと伸びたクラーケンの脚の1本を掴んだ。


「グィガ?」


 あと少しでケートスに届きそうだったのに、理由もわからず自分の脚を動かせなくなったクラーケンは苛立った。


 だが、どれだけクラーケンが苛立ったとしても、奏の【不可視手インビジブルハンド】に捕まった時点で終わりだろう。


「楓、ケートスを回復してくれ」


「わかりました! 【上級回復ハイヒール】」


「キュル!?」


 傷だらけだった体が治り、HPが満タンまで回復したことでケートスは驚いた。


 それを確認した奏は、後は自分の仕事だと判断した。


「せいっ!」


 ザッパァァァァァン!


 一本釣りの要領で、掴んだ脚を天高く放り上げると、クラーケンの本体が海面から飛び出した。


 空中における移動手段のないクラーケンは、ただ落ちることしかできない。


 その無防備な時間を、奏が逃すはずがなかった。


「【蒼雷罰パニッシュメント】」


 バチィッ! ズドォォォォォン! パァァァッ。シュゥゥゥッ。


 クラーケンの体が消え、その代わりに上空から落ちて来た魔石をバアルに吸収させると、神の声が聞こえ始めた。


《おめでとうございます。個体名:高城奏率いるパーティーが、双月島近海の主であるクラーケンを倒し、クラーケンに狙われたケートスを保護しました。報酬として、ルナは【念話テレパス】を会得しました》


《おめでとうございます。個体名:高城奏と個体名;ルナのチームワークが、一定基準を超えました。報酬として、ルナに<賢獣>の称号が与えられました》


《奏はLv76になりました》


《奏はLv77になりました》


《楓はLv74になりました》


《楓はLv75になりました》


《楓の【上級回復ハイヒール】が、【超級回復エクストラヒール】に上書きされました》


《ルナはLv63になりました》


《ルナはLv64になりました》


《ルナはLv65になりました》


《ルナはLv66になりました》


 神の声が止むと、ルナが嬉しそうに奏を振り返った。


『パパ~、喋れるようになったよ♪』


「ルナ? あぁ、【念話テレパス】か。というか、パパ呼びだったのな」


『うん! パパはパパなの♪』


「よしよし。偉い子だ」


『エヘヘ♪』


 ルナが【念話テレパス】を使えば喋られるようになり、奏は嬉しくなった。


「ルナちゃん、私は何て呼んでたの?」


『勿論、ママだよ~』


「もう、ルナちゃんは良い子ね」


『でしょ~』


 ルナにママと呼ばれたこともそうだが、ルナが奏と楓は夫婦だと認識していることを楓は喜んでいた。


『まさか、ルナが喋る幻獣になるとはな。しかも、<賢獣>のおかげで、INTが+100だし』


『バアル姉ちゃん物知り~』


『お、おう。俺様は姉扱いなのか・・・』


 曲がりなりにも神である自分が、まさか姉扱いされるとは思っていなかったので、バアルは反応に困っていた。


 そこに、助けたケートスが近づいて来た。

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