第66話 へぇ、動けないんだぁ。そっかぁ

 紅葉と響は、秋葉原に来ていた。


 冬音達が防衛戦をしている住宅地ではなく、少し離れた所にいる。


 現在、秋葉原にいるのは2人だけで、奏と楓、ルナは双月島にいる。


 紅葉が奏に連絡を取ると、問題がある度に自分達が呼び出されるのは嫌だと言い、終わったら連絡してくれと紅葉は言われた。


 元々、奏は秋葉原が瓦礫まみれであり、実力が不用意にバレてあちこちから頼られるのが嫌だったから、双月島に移住したのだ。


 おそらく、日本最強の奏が冬音達以外の人目に触れれば、日本の各地から救援要請を掲示板経由で求められるだろう。


 煩わしさから解放され、寝放題に近づくための移住なのに、それと真逆の行動はできる限り取りたくない。


 それに加え、奏は楓と昨日結婚したばかりだ。


 結婚してしばらくは、新婚旅行ハネムーンは無理でもゆっくりしたいと言うのが正直なところだろう。


 奏の気持ちは十分に理解しており、今回の件は完全に紅葉のわがままなので、紅葉は秋葉原に【瞬身テレポート】で送ってくれただけでも奏に十分感謝している。


 響が紅葉について来たのは、奏に一夫多妻を認めさせるための外堀として、冬音達に利用価値を見出したからだ。


 ここで助ければ、恩を売れる。


 その恩は、秋葉原の問題が片付いてから、じっくりと返してもらおうという算段だ。


 ちなみに、それは本音の部分なので、響は建前として貸しを作っていざとなった時に見返りを要求するためと奏に告げた。


 最低限は働くが、基本養ってもらうことしか考えていない響が動くというのだから、奏が響を止める理由はない。


 楓も、紅葉と響が出かけていれば、奏を独り占めできるから諸手を挙げて賛成した。


 ルナは事態をよくわかってなかったが、奏と一緒に入れれば問題ない。


 バアルも何も言わなかった。


 というよりも、バアルとしては秋葉原に行き、少しでもレベルアップしたいところだったが、楓から発せられる異様なプレッシャーの前に何も言えなかったというのが正しい。


 そんな事情があって、紅葉と響は2人である。


「奏ちゃんのケチ。歩くの面倒」


「そう言うんじゃないわ。本当なら、奏君は【瞬身テレポート】だってしなくて良かったのよ? 目立たないように少し離れた場所に送ってくれただけでも感謝しなくちゃ」


「紅葉、奏ちゃんの都合の良い女になりそう」


「何それ止めて」


「見える、見える。将来的に奏ちゃんにパシリにされる紅葉の姿が見える」


「止めなさい、インチキ占い師」


「痛い」


 紅葉に脳天をチョップされ、響は口を閉じた。


「さて、私達は外側からスタンピードで出現したモンスターを間引くわよ」


「ダンジョンはどうするの?」


「バアルさんから場所は聞いたし、手に負えそうなら挑んでみたい。奏君と楓、ルナちゃん抜きでダンジョンでどれだけやれるか気になるし」


「頑張れ」


「何言ってんの。響も行くのよ」


「えー」


「外堀を埋めるなら、大きな恩を売った方が見返りは大きいわよ」


「はぁ。わかった」


 後で冬音達に役に立ってもらうべく、響は紅葉がダンジョンに行く際は同行することを了承した。


 行動方針が決まると、紅葉達は住宅地に侵攻するヨーウィーの群れを側面から奇襲し始めた。


「【陥没シンクホール】」


 グラグラグラァッ!


「「「・・・「「ヴィヴィッ!?」」・・・」」」


 突然、地面が陥没してできた穴に落ちれば、落ちた者は当然として、被害に遭わなかった者達もパニックになる。


「落ちたのは任せて。【爆発エクスプロージョン】」


 ドガァァァァァン! パァァァッ。


 響が落としたヨーウィー達は、紅葉が一掃した。


 それでも、穴に落ちなかった生き残りのヨーウィー達が住宅地への侵攻を中断して紅葉と響に押し寄せた。


「【罠作成トラップメイク】」


 ガァァァァァン! パァァァッ。


 響がスキル名を発動すると、空から巨大な金ダライが落ちてきて、紅葉と響に押し寄せるヨーウィー達をペシャンコに押し潰した。


 ヨーウィー達が力尽きると、巨大な金ダライは姿を消した。


《紅葉はLv70になりました》


《響はLv64になりました》


 神の声が収まると、紅葉は疑問を口にした。


「で、なんで金ダライだったのよ?」


「一掃できる罠が、地雷か金ダライしか浮かばなかった。でも、地雷だと紅葉とキャラ被りすると思って、金ダライにした」


「戦闘中にキャラ被りとか気にしてんじゃないわよ」


「僕なりの気遣いだったのに」


「そんな気遣いするぐらいなら、日頃の言動を省みなさい」


「断る」


「断るな。ほら、魔石回収しちゃうわよ。あら、あそこにマテリアルカードもあるわね」


「わかった」


 住宅地に向かうヨーウィーの群れは、かなりの数がいた。


 軽く50体は超えていただろう。


 しかし、紅葉は安心できなかった。


 それは、冬音との念話でヨーウィー以外にも他のモンスターがいると言っていたからだ。


 戦利品を回収し終えると、紅葉はヨーウィーが溢れたと思われるダンジョンの方を見た。


「住宅地の援護よりも先に、発生源ダンジョンをどうにかするわよ」


「それで良いの?」


「バアルさん曰く、大したサイズじゃないって言ってたし、ずっと守ってたってスタンピードは終わらないからね」


「なるほど。結果的に、攻めた方が後で楽できると」


「その通り」


「なら良い」


 紅葉の考えを聞き、納得した響は首を縦に振った。


 それから、2人はヨーウィーの群れがやって来た方に進んだ。


 すると、元々はマンホールがあったらしい場所に、地下へと続く斜めの穴を見つけた。


「これね」


「下水道なんて臭そう」


「楓がいてくれれば良かったのに」


「臭いまま帰ったら、楓にマウント取られるよね?」


「・・・否定できない」


 戦闘面では、支援しかできないものの、【範囲浄化エリアクリーン】は非常に優秀なスキルだ。


 神殿の掃除やあらゆる汚れの対処も、【範囲浄化エリアクリーン】だけで済んでしまうのだから、それは疑う余地がない。


 【浄化クリーン】や【範囲浄化エリアクリーン】が優秀であるからこそ、奏は楓に会得させて役割を与えた。


 自分が集団内で不要だとか、役立たずだと思うと、居心地が悪い。


 楓にそんな気分になってほしくないから、奏は楓に技能巻物スキルスクロールを与えたのだ。


 そう考えると、奏が楓のことを気にかけているのが良くわかる。


 しかし、この状況で紅葉や響がないものねだりをしていてもしょうがないので、2人は穴を下る決心をした。


 そして、穴を下ること数分、4体のヨーウィーに囲まれた一際大きいヨーウィーの姿を見つけた。


「扉がないのにボス?」


 疑問に思った響は、それを紅葉に訊ねた。


「バアルさんが言ってた。小さいダンジョンだと、ダンジョン自体がボス部屋に直結してるって。多分、そういうことなんでしょ。で、あれがヨーウィークイーン」


「ヴィィィィィッ!」


「「「「ヴィヴィッ!」」」」


「【酸拡散弾アシッドスプレッド】」


 ダダダダダン! ジュワァァァッ。パァァァッ。


「ヴィヴィッ!?」


 響のスキルにより、あっさりとヨーウィーが倒されてしまい、ヨーウィークイーンは驚きを隠せなかった。


 ヨーウィー達が、ヨーウィークイーンに【酸拡散弾アシッドスプレッド】が当たらないように体を張ったため、ヨーウィークイーンは無傷だ。


「まずは弱らせないとね。【賽子吸収ダイスドレイン】」


 カラン。


 紅葉がスキル名を唱え、現れた賽子が転がると、賽子は5の目を出した。


「ヴィ?」


 全身から力が抜けたことに違和感があり、ヨーウィークイーンの動きが止まった。


「じゃあ、僕が動きを止めるよ。【陥没シンクホール】」


 グラグラグラァッ!


「ヴィヴィッ!?」


 ヨーウィークイーンがすっぽりと収まる大きさの穴が出現し、ヨーウィークイーンはあっさり穴に落ちた。


 穴から脱出しようにも、穴のサイズがヨーウィークイーンとほとんど変わらないせいで、ヨーウィークイーンは身動きが取れなくなった。


「へぇ、動けないんだぁ。そっかぁ」


「うん。一方的に倒してあげよう」


 紅葉も響も、嗜虐的な笑みを浮かべてヨーウィークイーンに近づく。


「VITをSTRへ!【全投入オールイン】【雷釘打サンダーネイル】」


 バチッ! ズドン!


「ヴィィィィィッ!」


「じゃあ、僕も。【酸拡散弾アシッドスプレッド】」


 ダダダダダン! ジュワァァァッ。


「ヴィィィィィッ!」


 HPが高いのか、2人の攻撃を受けてもすぐには力尽きず、その後もヨーウィークイーンは無抵抗で攻撃され続けた。


 ヨーウィークイーンが力尽きたのは、それから3分後のことだった。


《紅葉はLv71になりました》


《紅葉の【賽子吸収ダイスドレイン】が、【二重賽子吸収ダブルダイスドレイン】に上書きされました》


《響はLv65になりました》


《響の【酸拡散弾アシッドスプレッド】が、【酸雨アシッドシャワー】に上書きされました》


 神の声が聞こえなくなると、穴の底に宝箱が現れ、隅には転移陣が現れた。


 響が穴を元通りにすると、紅葉は魔石を回収した。


 宝箱をどちらが開けるかだが、そこはLUKの数値が高い紅葉が開けることになった。


「何が入ってるのかしら?」


 紅葉が宝箱を開けると、角笛が入っていた。


「角笛?」


「吹いちゃう?」


「吹かないわよ。効果もわからないんだから。それより、住宅地に向かうわよ」


 角笛を収納袋にしまうと、紅葉と響はダンジョンを脱出した。

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