第65話 ちょっ、それ、私のセリフゥゥゥッ!

 奏達が双月島の西側の森を探索していた頃、紅葉と響は海岸の探索をしていた。


 前回とは異なり、全員で探索していた海岸の最終到達地点から探索をスタートした。


 その理由は、紅葉と響のレベルが十分に上がったからだ。


 今の紅葉と響であれば、大半のモンスターには太刀打ちできる。


 それに、いつまでも奏におんぶに抱っこでは、奏がいない時に強敵に遭遇した時、何もできない可能性がある。


 そんなことにならないように、紅葉と響だけでも強敵や大群と戦う訓練は必要なのだ。


「敵が来るよ」


 響が指差したのは、海だった。


「海から来るの?」


「うん。上昇する音がいくつも聞こえるから、群れだと思う」


 ザッパァァァァァン!


 響が自分の予想を言ったすぐ後、海面に様々な武器を持ったサファギンが飛び出した。


「武器の感じから、サファギンハイランダー、サファギングラディエーター、サファギンモンク、サファギンソーサラーかしら?」


「多分そうじゃない? 槍も盾も杖もそこそこちゃんとしてそうだし、武器持ってないのは鉢巻きしてるから」


 バアルがこの場にいないため、その判断があっているかはわからない。


 だが、2回進化したサファギンだと思っていた方が、油断が生まれないのは確かだ。


「じゃあ、僕から。【酸拡散弾アシッドスプレッド】」


 ダダダダダン! ジュワァァァッ。パァァァッ。


 砂浜に着陸する前に、6体倒れた。


「ギョギョッ!?」


「ギョギョォ!」


「ギョッ!」


「ちょっと何を言ってるのかわかんない。【爆発エクスプロージョン】」


 ドガァァァァァン! パァァァッ。


「汚い花火だ」


「ちょっ、それ、私のセリフゥゥゥッ!」


 紅葉がドヤ顔で口を開いた瞬間、響が紅葉のセリフを奪った。


 言いたいセリフを奪われた紅葉は、ひな壇芸人ばりの勢いで響に掴みかかった。


「小さいこと気にしないの。あっ、胸もね」


「OK。その喧嘩、タダで買ってやろうじゃないの」


 セリフを奪われたどころか、畳みかけるように自身のコンプレックスにまで触れて来たので、紅葉は激怒した。


 必ず、かの邪智暴虐の響を除かなければならぬと決意した。


 紅葉には政治がわからぬ。


 紅葉は、今や動けるオタクである。


 積みゲーをこなし、奏の昼寝を邪魔して暮して来た。


 けれども貧乳コンプレックスに対しては、人一倍に敏感であった。


「まあまあ。落ち着いて。僕のアイデアを聞けば、きっと機嫌が良くなるよ」


「・・・言ってみなさい」


 響を懲らしめることは、アイデアとやらを聞いた後でも問題ない。


 だから、紅葉はとりあえず響に先を促した。


「紅葉がイライラしてるのは、奏ちゃんと楓が結婚したからだよね」


「いいえ、響が私の楽しみにしてたセリフを奪い、胸のサイズでからかって来たからよ」


「でね、この状況を覆せる名案を思い付いたの」


「私の話、聞きなさいよ」


 自分の言葉は、左から右に聞き流されているとわかり、紅葉の額から血管が浮き出そうになった。


「今の日本って、多分どこも都市機能が死んで、法律もクソもない無法地帯じゃん?」


「そうね」


「世界の人口もそうだけど、日本の人口も減ってるじゃん?」


「その通りね」


「人口を増やすためには、一夫多妻が必要だと思うじゃん? つまり、奏ちゃんの嫁が楓だけじゃ足りないじゃん?」


「言いたいことはわかるけど、じゃんじゃんうるさくてイラっと来るわね。って、奏君にも言ったことあったわ。あんたら親族だわ」


「もう、第二夫人を僕に譲ってくれるんだね。ありがと」


「自分に都合の良い解釈してんじゃねえぞ、コラ」


 自分の話を聞かず、その上都合の良いように解釈されてしまったので、紅葉は普段聞かせないような冷たさを感じる低い声でキレた。


 流石にこれ以上刺激できないと判断すると、響は真面目になった。


「冗談はこれぐらいにして、一夫多妻の話をするけど、戦国時代はそうだったんだし、あの時よりも人類が追い詰められてる今、一夫多妻は必要でしょ?」


「そうでしょうね。だって、地球の人口が少なくとも半分を切ってるんだもの。このままモンスターに蹂躙されたら、人間が絶滅危惧種になっちゃうわ」


「そうなるまで秒読みかも。そんな訳で、人類の存続のためにも、奏ちゃんには僕達とバンバン子作りをしてもらわないとね。それで、子供と一緒に養ってもらうの」


「それが響の狙いなのね」


「当然。僕の夢は、奏ちゃんに養ってもらって、のんべんだらりと暮らすことだもん。ニート万歳」


 主婦ですらなく、ニートと言うあたり、いかに響が奏に依存しようとしているのかがわかるだろう。


「この世界でニートとか、ただの穀潰しじゃない。追放されるわよ?」


「僕は、奏ちゃんならそんな酷いことをしないって信じてる」


「楓が捨てるわ。ついでに私も助けない」


「・・・追い出されない程度に働く」


 流石は楓だ。


 常日頃ダラダラしていたいと思っている響でさえ、最低限働こうと思わせるのだから。


「それに、仮に一夫多妻が日本で認められても、奏君が私達とも結婚してくれるとは限らないわよ?」


「奏ちゃんなら、押して押して押し倒せばワンチャン」


「楓がいるのよ? 私、自分の妹に殺されたくないのだけれど」


「・・・ノーチャンかぁ」


 奏に一夫多妻を認めさせる最大の障壁は、間違いなく嫁の楓だ。


 楓は恋愛感情に鈍感な奏を振り向かせ、結婚まで漕ぎ着けた執念の持ち主である。


 そんな楓を、奏は祖父の言葉に従い大事にしているのだから、楓の嫌がることをしたがるとは思えない。


 楓は奏と一夫一妻でいたいと思っており、邪魔すれば家族であっても容赦しないことは火を見るよりも明らかだ。


 楓が嫌がることをすれば、奏からも疎まれる可能性は高いし、今の紅葉はそもそも妹の幸せをぶち壊したいとは思っていない。


 そういった考えから、紅葉は響のアイデアには実現性がないと判断した。


 響が黙り込んでいる間に、紅葉はテキパキと魔石と<廃品回収ジャンク屋>の効果でいくつかその場に残ったサファギン達の武器を集めた。


 それらを収納袋に入れ終えたら、響の口が再び開いた。


「だがちょっと待ってほしい。紅葉はずっと、楓が奏を独占してる状況に甘んじてるつもり? もし、楓が僕達の心を折るために、毎日毎日甘い空間を見せつけて来たとしても?」


「それは・・」


 響に言われたシーンを想像し、紅葉はすぐに回答できなかった。


 現時点で、食事中は楓が奏を甘やかそうと一口ずつ食べさせようとしてるし、寛いでいる時は当然楓が奏の隣にぴったりとくっついている。


 しかも、結婚したことで楓は奏と同じタイミングで風呂に入ってすらいる。


 もっとも、ルナも奏に構ってほしくて一緒に風呂に入っているから、楓が大浴場で奏とイチャイチャしているとは考えにくいのだが。


「僕は嫌だよ。確かに、奏ちゃんに養ってもらうことは最優先事項だけど、奏ちゃんとひとつ屋根の下にいるのに、何もできない現状を我慢し続けたら、きっとどこかで壊れちゃう」


「まあ、私もずっとは厳しいかな」


「でしょ? こうなったら、奏ちゃんに一夫多妻を認めてもらえるように外堀を埋めなくちゃ」


「外堀ってどこよ?」


 紅葉の疑問は当然と言えよう。


 4人と1柱、1体という小規模なコミュニティが双月島にいるだけで、それ以外の何者もいない。


 外堀を埋めるにしても、奏と楓はべったりであり、バアルは奏と一心同体、ルナは奏の従魔でよく懐いている。


 この状況で外堀なんてあるのかと思うのは、ごく自然の疑問だろう。


 そこに、着信音が鳴った。


 プルルルルルルッ♪


 念話の相手は、冬音だった。


 一昨日助けてから、大して時間は経っていなかった。


 だが、何か切羽詰まった状況が起きたのかもしれないと思い、紅葉はすぐに念話に応じた。


 すると、案の定冬音の声は追い詰められていた。


『紅葉先輩、助けて下さい!』


「どうしたの?」


『ヨーウィーだけじゃありません! 他にもわんさとモンスターが現れて、住宅地が危ないんです!』


「スタンピードが起きたのね」


『やっぱりスタンピードだったんですか! 原因知ってたんですか!?』


「私がいる島では未然に防げたんだけど、秋葉原の戦力なら、もしかしたらと思ったのよ」


『とにかくマズいんです! 回復手段なしで無限湧きする自分達と同等のモンスターとエンドレス戦闘! 紅葉先輩、それなんてクソゲーですか!』


 プツン。


 念話が切れた。


「紅葉、外堀あるじゃん」


「そういうこと言ってる場合じゃないでしょ? 奏君に連絡しなきゃ」


 一昨日助けに行く時も、面倒はごめんだという感じだった奏に連絡するのは気が引けたが、自分を頼ってくれた後輩を見殺しにする訳にもいかない。


 それゆえ、紅葉は奏に念話で連絡を取り始めた。

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