第64話 おまいう? いや、なんでもねえ

 奏と楓はルナの背中に乗ってダンジョン周辺を上空から探索した。


 しかし、モンスターの姿はなく、バアルも双月島の中央部にモンスターはいないと断言した。


 そのため、奏達は左向きの三日月である島の西側の森の探索に移った。


 最優先事項を森に潜むモンスターの殲滅にしたので、森に着陸して資源の有無を確認するのではなく、上空から探索している。


『奏、いたぜ。あの一帯にホップスケアクロウがまとまって刺さってるぜ』


「刺さってる? あー、スケアクロウって案山子だっけか」


『おうよ。あいつらは飛び跳ねて、自身を支える木の棒で敵を突き刺すんだ。だから、何もしない時は地面に刺さったままだ』


「ホップとか付いて、緩そうだと思った気分を返してくれ」


『んなもん俺様に言われても困る』


「それもそうか」


 バアルとのお喋りを中断し、奏達はホップスケアクロウを視界に捉えた。


「なあ、バアル。あいつらって倒れたらどうなる?」


『無力だろうぜ。倒れちまえば横には跳ねらんねえから』


「そりゃ良いこと聞いた。【地震クエイク】」


 グラグラグラッ。バタバタバタンッ。


 案山子である故、ホップスケアクロウは声を出せない。


 蕪のような頭にボロボロの布切れをかぶされただけのホップスケアクロウは、地面の揺れに負けて次々に地面に倒れた。


「ルナ、倒してみるか? 協力プレイだ」


「ピュイ!」


 スパパパパパッ! パァァァッ。


 ルナは【突風刃ガストブレード】を乱れ撃ちし、地面に転がったホップスケアクロウ達をあっさりと倒した。


「ピュイ・・・」


 レベルアップできなかったことが残念だったらしく、ルナは悲しそうな声で鳴いた。


「しょうがないさ。俺達は昨日、この島の最強を倒したせいで簡単にレベルアップできなくなったんだよ。でもほら、カードが落ちてるだろ? あれはルナの戦果だ。よくやったな」


「ピュイ!」


 今の戦闘で得られたものがあったとわかると、ルナはすぐに元気を取り戻し、魔石とカードの散らばっている地点に着陸した。


 奏はバアルに魔石を吸収させてから、マテリアルカードを手に取った。


 バアルがはしゃいでいない時点で、マテリアルカードであることはわかっていたが、カードの絵柄が蕪だとは想像していなかった。


「奏兄様、案山子だから、カードの内容も畑で収穫できる野菜なんですかね?」


「そうかもしれない。あいつらの頭、蕪みたいだったからかもしれんし」


 楓が口にした推論に、奏は少し考えて同意して自分の意見も述べた。


「ピュイ!」


「そうだな、食糧が手に入って良かった。ルナのおかげだぞ」


「ピュイ♪」


 ルナにとって食糧が手に入ったことは嬉しいことだから、ルナは深く考えずに蕪のマテリアルカードを手に入れて喜んだ。


 喜ぶルナを見て、優しく笑った奏はルナの頭を撫でた。


 ルナは奏に撫でられ、とてもご機嫌である。


 そんなルナを見ていると、自分も体の触れ合うコミュニケーションが物足りなくなるのが楓だ。


 そっと奏に抱き着き、ルナに張り合うように甘え始めた。


「奏兄様、私ももっと構って下さい」


「はいはい」


「エヘヘ♪」


 ルナと同じように頭を撫でられ、楓は嬉しそうに笑った。


 楓が満足してから、奏達は再び上空から島の西側の散策を始めた。


 奏と楓にとっては特に何もいないように見えたが、ルナが地上の違和感に気づいた。


「ピュイ?」


『ほう、ルナは気づいたようだな』


「何に気づいたんだ? モンスターか?」


『おうよ。俺様達の視界に息を潜めて隠れてるモンスターがいるぜ。正確には一部見えてるけどな。狩りの経験がある奏なら気づけそうなもんだが』


 バアルが試すように言うものだから、奏は少し真面目にモンスターらしきものを探すことにした。


 今まではバアルに索敵を任せ続けて来たけれど、元は自分も祖父に狩りに連れて行かれ、観察眼と戦略を考える頭、危険を察知する直感を鍛えられたのだ。


 モンスターと戦い続けることでそれらが全盛期に戻りつつあるので、少し探せば見つけられる自信が奏にはあった。


 そして、奏は気になる場所を見つけた。


「あの前後左右に垂れた葉がたくさんある所、怪しい気がする」


「ピュイ!」


 ルナも奏と同じ考えだったらしく、うんうんと首を縦に振った。


『その通り。ありゃマンドラゴラだ』


「マンドラゴラ? 抜いたら絶叫する?」


『するぜ。形容できねえ絶叫がレベルの低い者を死に追いやる。Lv30までなら即死、Lv40なら気絶、Lv50なら脱力。Lv60以上で不快な音に感じるぐらいだな』


「何それ怖い。遠くから排除しよう。【聖水噴射ホーリージェット】【聖水噴射ホーリージェット】【聖水噴射ホーリージェット】【聖水噴射ホーリージェット】【聖水噴射ホーリージェット】」


 ジジジジジィン! パァァァッ。


 失敗すれば、聞きたくもない絶叫を聞かされてしまうので、奏が自らマンドラゴラの駆除を担当した。


 それも、5回の【聖水噴射ホーリージェット】で確実に全滅させられるように角度を考えてやるのだから徹底していると言えよう。


《ルナはLv62になりました》


「ピュイ♪」


 今日初めてレベルアップできたので、ルナは嬉しそうに鳴いた。


『おい、奏。お前強運だな。マンドラゴラのマテリアルカードがドロップしてんぞ』


「モンスターカードじゃなくて良かったのか?」


『マンドラゴラのモンスターカードなら、間違いなく【絶叫スクリーム】を会得しちまう。俺様は形容できねえ絶叫なんてお断りだぜ。それにな・・・』


「なんだよ。勿体ぶってどうした?」


『マンドラゴラの根のマテリアルカードもエリクサーの素材なんだよ』


「不老不死の霊薬ですね!?」


 エリクサーと聞き、楓の目の色が変わった。


 奏と結婚したことで、若く美しいままでいたいという欲が輪をかけて強まったらしい。


『おいおい。不治の病や部位欠損の完治を忘れるなよ。その効果の方が役立つ機会は多いっての』


 バアルは楓を窘めるように捕捉した。


 それから、魔石の回収と一緒にマンドラゴラの根のマテリアルカードを回収すると奏達は探索を再開した。


 今度は視力の良い楓がモンスターを発見した。


「あっ、あそこです! 角の生えた兎です!」


 楓が指差した方向には黄色い体毛で黒い螺旋状の角をした大き目な兎がいた。


 遠目には愛くるしく見えるモンスターである。


 ただし、そんな見た目にもかかわらずホップスケアクロウやマンドラゴラとは異なり、群れることなく1体しかいなかった。


『へぇ、この島にあいつもいたのか。ありゃアルミラージってモンスターだ。あんな見た目のくせにバリバリの肉食で獰猛なんだぜ?』


「かわいい顔して肉食なんですね」


『おまいう? いや、なんでもねえ』


「バアルさん、何が言いたいんですか?」


 楓は満面の笑みだった。


 だが、その表情とは裏腹にバアルはその笑みから恐怖しか感じられなかった。


 かわいい顔して肉食というのはバアルにとって楓もアルミラージも変わらない。


 もっとも、肉食の意味が違うのだが。


 楓は中学生ぐらいの身長のくせに巨乳でかわいらしい顔をしている。


 普段はおとなしいタイプなのだが、夜に奏と一緒にベッドとスイッチが入り、奏を捕食するかのように奏を求める。


 少なくとも、奏が【創造クリエイト】を使って極上のベッドを用意していなければ、翌日まで疲れを持ち越していたに違いない程だ。


 そんな楓の姿を奏の手の甲から見ていたバアルとしては、反射的に楓を肉食と称したが楓の笑みですぐに黙り込んだ。


 これ以上余計なことを言ったらマズい。


 バアルの頭には警戒するアラームが鳴り響いたのである。


 バアルに余計なことを言われたことで、奏に怯えられたら困ると思った楓は奏に弁明し始めた。


「奏兄様、私は肉食じゃないですよ? 怖くないですよ?」


「わかってるって。楓を怖いとは思ってないよ」


 時々ヤンデレ化してしまいがちだが、それでも楓を恐れることはなく、楓のことを大切にしている奏は楓を優しく抱きしめた。


「流石は奏兄様です。私はあれです。ちょっと奏兄様への愛の純度が高いだけです」


『・・・』


 反応はない。


 バアルは黙秘権を行使した。


 そんなバアルに救いの手が差し伸べられた。


「ピュイピュイ」


「ルナ、戦いたいの?」


「ピュイ」


 ルナは話が長くなってしまったせいで退屈してしまったらしく、奏の質問に首を縦に振った。


「わかった。やっちゃって良いよ」


「ピュイ!」


 ゴォォォォォッ! パァァァッ。


「偉いな、ルナ」


「ピュイ♪」


 ルナの【吐息ブレス】が、アルミラージをあっさりと倒した。


 獰猛な肉食だとしても、兎は兎だったということだろう。


 奏はルナを労ってから、地上に降りてもらってアルミラージの魔石を回収してバアルに吸収させた。

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