第62話 SOU、結婚しちゃいなよ

 紅葉と響が、奏の圧勝した理由に納得してすぐに、バアルが奏の手の中でアピールした。


『おい、奏! 俺様のレベルアップもしっかり頼む!』


「わかってるって」


 シュゥゥゥッ。


《バアルはLv73になりました》


《バアルはLv74になりました》


《バアルはLv75になりました》


《バアルの【入替シャッフル】が、【不可視手インビジブルハンド】に上書きされました》


『ケケケ。良いスキルが手に入ったじゃねえか』


 新たに手に入れたスキルの名前を聞いて、バアルは愉快そうに笑った。


「んじゃ、称号から説明よろしく」


『へいへい。<一国一城の主>だな。こいつは、常にVITとINTを1.5倍にするだけじゃなく、称号の主が拠点にいる間は全能力値が1.5倍になる』


「へぇ。それじゃ、双月島にいれば、俺の全能力値が常に1.5倍になるのか」


『その通りだぜ。次はスキルだ。【創造クリエイト】は、MPを消費することであらゆる物を創り出せるぞ。自分の知っている物の方が、スキル発動に伴うMP消費量は少なくて済むな』


「ようやく、俺も生産スキルが手に入れられたか。色々便利そうじゃん」


 時間を止めたり、瞬間移動したり、通販できるようになったりと、奏のスキルは総じて奏に優しい。


 その中でも、【創造クリエイト】は現状でかなり役立つと言えよう。


 神殿の敷地内だけは、不自由なく生活できるようになっているが、双月島全体で見れば、まだまだ不自由な点はたくさんある。


 それを解決できるスキルが手に入ったのだから、奏が喜ばないはずがなかった。


『奏はそのスキルを使って、最初に何を創るんだ?』


「極上のベッドに決まってんだろ」


『寝ること優先なのは、相変わらずブレねえな』


「当たり前だ。寝放題目指して頑張ってんだから、そこは譲れない」


 初志貫徹の姿勢を見せた奏に対し、バアルは呆れるよりも感心していた。


 だが、それは脇に置いといて、スキルの説明を続けた。


『んじゃ、俺様が会得した【不可視手インビジブルハンド】を説明するぜ。つっても、簡単な話だ。使用者にしか見えない手を自由に操れるってだけだし』


「物体の位置を入れ替えられなくなったのは残念だが、見えない手ってのも使い道はありそうだ」


『おう。上手く使ってくれや。最後に、ルナの【収縮シュリンク】か。これは、加減ありで最も小さくて片手に乗るぐらいまでになれるスキルだ』


「ピュイ?」


「もしかして、俺達と一緒の家に入るためか?」


「ピュイ!」


『そうらしいな。ルナは本当に奏が好きだな』


「ピュイ♪」


 当然と言わんばかりに頷き、ルナは奏に頬擦りした。


『そうだ、マテリアルカードは確認したか?』


「いや、まだだ。なんだこれ? 黒光りしたインゴット?」


 称号やスキルの説明を優先していたことで、奏はガーゴイルがドロップしたマテリアルカードの確認をしていなかった。


 バアルに促されて初めて確認し、そこに描かれていた黒光りする金属のインゴットに首を傾げた。


『そりゃ、アダマンタイトだな。それ、ミスリルよりも貴重なんだぜ』


「ふーん。そうは言っても、使い道がまだ浮かばないから死蔵するけどな」


『まあ、そうなるわな。俺様の宿る神器は、見た目はバアルでも素材はオリハルコンだ。アダマンタイトよりもすげー素材なんだから、アダマンタイトに魅力を感じなくても当然だぜ』


「えっ、お前の体ってオリハルコンなの?」


『おうよ。ちょっとは考えてみろって。常識的に考えて、オリハルコンでもなきゃ、俺様が宿れるはずねーだろ?』


「知らんて」


 それ、どこの国の常識だと奏はツッコみたくなった。


 アダマンタイトのマテリアルカードを胸ポケットにしまうと、奏はボス部屋中央部に出現した宝箱に目をやった。


 ボス部屋の宝箱には、罠は仕掛けられていないので、奏は躊躇いなく蓋を開けた。


 その中には、ペアのダイヤモンドの指輪だけが入っていた。


『おいおい、お前すげーな。それ、結指輪じゃねーか』


「結指輪?」


『違う。結指輪だ。この指輪のペアはな、1回嵌めたら、死ぬまで外すことはできないし、嵌めた指輪のペアの場所が常にわかるようになる。しかも、MPを消費することで、ペアのいる場所までワープできる。過酷な世界で生きる夫婦御用達の指輪なんだよ』


「指輪・・・、夫婦・・・」


 バアルの説明を聞き、楓が奏の手の上に乗った結魂指輪をロックオンした。


 普通の結婚指輪も魅力的だが、この結魂指輪はヤンデレらしい言動がちょくちょく現れる今の楓にとって、垂涎ものだった。


 その視線に気づいたバアルは、ピンと閃いた。


『【擬人化ヒューマンアウト】』


「なん・・・、だと・・・」


 バアルが人型になると、紅葉が膝から崩れ落ちた。


 バアルの背丈は、中学生の中でも背が高い女子と言えるぐらいになったのだが、紅葉が膝から崩れ落ちた原因は、バアルの胸である。


 バアルの胸が、紅葉よりも大きかったのだ。


 全盛期の体を取り戻していないにもかかわらず、自分の胸のサイズよりも大きくなったのを目の当たりにして、紅葉は絶望した。


「絶望した! 理不尽な胸囲の格差社会に絶望した!」


「紅葉の姉ちゃん、一体何言ってんだ?」


「そっとしといてやれ。で、なんでバアルは急に人型になったんだ?」


「奏、結婚式やるか」


「は?」


「SOU、結婚しちゃいなよ」


「なんで言い直したんだよ?」


 世界的な男性アイドルの事務所の社長のような口調で、結婚しろと言い直したバアルを奏はジト目で睨んだ。


「俺様はな、ずっと思ってたんだ」


「何を?」


「奏と楓の嬢ちゃん、早く結婚しろよと」


「その通りです! もっと言っちゃって下さい!」


 バアルの発言に、楓がここぞとばかりに加勢した。


「そりゃ、結婚するつもりはあるけど、結婚式を挙げられないだろ?」


「何言ってやがんだ。神父よりも上等な俺様がいて、指輪は今手に入れた。しかも、【売店ショップ】も使えて、神殿を拠点にしてるんだぜ? これで結婚できねー方がおかしいだろ?」


「・・・言われてみれば、確かにそうかも」


「だろ? それに、神前で結婚すれば、お前達の結婚に箔が付くし、俺様も神として仕事をできるから、力を取り戻せる、みんなが幸せになれるじゃねえか」


「バアルの狙いはそれか」


「奏兄様、良いじゃないですか! win-winですよ! みんな幸せじゃないですか!」


 楓としては、奏と少しでも早く結婚したいので、バアルに全力で乗っかっている。


「そうだな。じゃ、結婚式やるか」


「はい!」


「よし! 早速帰るぞ! 俺様流の結婚式が待ってるぜ!」


 奏達はダンジョンから脱出し、そのまま神殿へと戻った。


 それから、奏の【売店ショップ】を存分に有効利用し、楓のウェディングトレス、奏のタキシードをレンタルし、礼拝堂を神殿内に増設した。


 パーティー料理も、【売店ショップ】で購入できた。


 ガネーシャも、奏が楓と結婚すると知ると、豪快にサービスして会計を半額に負ける懐の広さを見せた。


 あれよあれよと準備は進み、この日の夕方、奏と楓の身内だけの結婚式が礼拝堂で始まった。


 礼拝堂の入口から、ピンクのウェディングドレスを着た楓が現れた。


 ブーケを両手で持ったまま、凛とした表情でレッドカーペットの上を歩き、神父役のバアルと奏の前までやって来た。


 会場では、小さくなったルナと紅葉、響がその様子を見守っている。


 楓が奏の前に到着すると、バアルは口を開いた。


「新郎奏、貴方は楓を妻とし、健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、妻を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」


「はい、誓います」


 バアルの言葉が、いつもの粗野な口調ではなく、しっかりとしたもので違和感があったが、奏はそれを笑うことなく真面目に応じた。


「新婦楓、貴方は奏を夫とし、健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、夫を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」


「はい、誓います」


「それでは、新郎奏、新婦楓、結魂指輪をお互いの左手の薬指に嵌めて下さい」


 バアルの指示に従い、バアルが差し出した結魂指輪を、奏と楓はお互いの左手の薬指に指輪を嵌め合った。


 ここまでは、割と形式的な結婚式だったが、バアルが真面目にやるのも限界になったらしく、最後の最後で素に戻った。


「よし、誓いの言葉と指輪の交換も終わった。楓嬢ちゃん、溢れる感情の分だけ奏に情熱的な口づけでもしてやんな」


「わかりました! 奏兄様、愛してます!」


「!?」


 素早く奏に飛びついた楓が、奏の唇を強引に奪った。


 そして、今までで最も長い情熱的な口づけを交わした。


 やはり、バアルに丁寧な言葉遣いの神父役は肩が凝ったのだろう。


 最後は破壊的な終わりだったが、こうして奏と楓は夫婦になった。


 余談だが、ブーケトスの勝者は空を自由に飛べるルナだった。


 目の前でブーケを奪われた紅葉が、号泣したのは言うまでもない。

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