第56話 キモイ、デカい、ヤバい。マジで無理

 坊主頭の筋肉質な男性は灰島元司はいじまげんじ


 Lv32の盾士タンクでゴブリングラティエーターの盾を持っている。


 痩身のロン毛の男性は桂木裕太かつらぎゆうた


 Lv33の槍士ランサーでゴブリンハイランダーの槍を持っている。


 裕太の隣にいるウェーブのかかった髪の女性は姉ヶ崎雲母あねがさききらら


 Lv31の弓士アーチャーでゴブリンスナイパーの弓を持っている。


 ちなみに、裕太と雲母はカップルだった。


 お団子ヘアーの女性は梁華りょうはなという中国人とのハーフ。


 Lv30の舞踏家ダンサーで武器は何も持っていない。


 冬音達5人は同じ会社の同期らしく、それぞれハゲ、ヅラ、ママ、チャイ、カラシと呼び合う仲だそうだ。


 世界が変わってしまった時に偶然同期だけの宅飲みをしてたので、それから一緒に行動していたのだ。


 お互いのパーティーの紹介が終わると、裕太と雲母が紅葉に頭を下げた。


「ゾンビの一件では雲母が大変お世話になりました」


「ありがとうございました。紅葉さんのおかげで死なずに済みました」


「良いのよ。その情報だって元はと言えばこっちのリーダーが手に入れたものなんだし」


「そうだったんですね。高城さん、ありがとうございました」


「ありがとうございました」


「過ぎたことだし、構わないよ」


 感謝の矛先を突然向けられ、奏は一瞬目を見開いたがすぐに言葉で応じた。


「それで冬ちゃん達は今、ここを拠点にしてるのよね?」


「はい。秋葉原と上野は近いですから紅葉先輩達と合流できればって思って、2日前にここまで来たんです。と言っても、紅葉先輩達は島に行かれてたらしいですが」


「うん。リーダーの意向でね。救援要請があって来たけど、こっちもそんなに余裕はないわよ? せいぜいこの瓦礫をどうにかしてその休憩所みたいな建物を作るぐらい?」


「十分ですよ、それ。紅葉先輩はちょっと感覚麻痺してませんか?」


 自分達にとっては休憩所しか落ち着ける場所がない。


 だから、それを作れるならそれだけでもありがたいと冬音は思っている。


 しかし、紅葉は双月島の神殿で割と快適な生活ができているので、申し訳なく思っている。


 双方のこれまでの経験のせいで、双方の感覚にズレが生じているのだ。


「そう? でも、とりあえず作ってみるわね。【幸運合成ラッキーシンセシス】」


 カラン。


 紅葉が指定した瓦礫の山が光に包まれると、どこからともなく賽子が現れ、そのまま転がって2の目を出した。


 光の中で一体化した瓦礫の山が大きな立方体のシルエットを形成した。


 隣にある休憩所よりも一回り大きいその立方体は、光が収まると窓の付いた焦げ茶色の家になっていた。


「ふぅ、できたわね」


「えっ、家ができたんですか!?」


 冬音は目の前の光景が信じられず、大声を出してしまった。


「嘘・・・、だろ・・・」


「まさか、あの休憩所も紅葉さんが?」


「きっとそうよ。そうなのよ」


賭博師ギャンブラーってすごい・・・」


 冬音以外のメンツもいきなり家ができてしまったので、目を丸くしていた。


 その後、紅葉は連続して【幸運合成ラッキーシンセシス】を使った。


 1件の家で5人が住むには狭すぎるという理由で、この辺りの瓦礫を全て家にしてしまったのだ。


「中に入ってみましょ」


「「「「「あっ、はい」」」」」


 紅葉が試しに仲に入ろうと言うと、冬音達は全員素直に頷いた。


 新しくできた家には、休憩所とは違って部屋が2つとそれぞれの部屋に収納スペースがあった。


 残念ながら洗面所やトイレはなかったが、それでもただの建物だった休憩所と比べれば雲泥の差だ。


「適当に使っちゃって」


「「「「「ありがとうございます!!」」」」」


 冬音達は全員、頭を直角まで下げた。


 今までは瓦礫の山の中にポツンと休憩所があるだけに過ぎなかったが、今では簡易的な家が集まっている。


 これだけの家があれば、更に人が増えてもしばらくは問題ないし、人が集まれば交代で見張りを立てられる。


「冬音、食糧はどんな感じ?」


「マテリアルカードで手に入れた食糧があと2日分ってところでしょうか。煮干しやマンガ肉ですから、ビタミンは足りてないですね」


「火と水は使える?」


「私が【火矢ファイアーアロー】と【水壁ウォーターウォール】を使えます」


学者スコラーって魔法系スキルに特化してるのね」


「そうみたいです」


 紅葉達が話していると、バアルが揺れて奏にモンスターの接近を知らせた。


 冬音達の前でバアルは喋らないようにすることになっている。


 それは、神器の存在が知られれば奏達がいらぬ嫉妬を浴びせられるかもしれないからだ。


 バアルとしては同胞を見つけてその力を取り戻してほしいと思わなくもないが、最優先は自分でパートナーである奏に無駄なストレスを与えたくないと考えている。


 だから、冬音達と一緒にいる間は黙っておくことにしたのだ。


 奏はバアルの合図に気づいて外に出た。


 冬音達に興味がないのか、楓とルナ、響は奏の後に続いて外に出て来た。


「奏ちゃん、モンスター?」


「ああ。だよな、バアル?」


『おう。あっちから来てるぜ』


 バアルが指し示す方角には奏の目にはまだ何も見えない。


「ルナ、飛べる?」


「ピュイ」


「私も乗せて下さい」


「奏ちゃん、僕も乗れる?」


「ルナの大きさからして俺と楓までだな。悪いが響は地上だ」


「残念」


 ここで奏が響を選ぼうものなら、楓がヤンデレを発揮するに決まっているので、響を地上に残した。


 奏と楓はルナの背中に乗り、上空から接近するモンスターの正体を確かめた。


「奏兄様、あそこにいっぱいいます!」


「ん? あー、あの百足みたいなのか。バアル、説明頼んだ」


『ありゃ、ジャイアントセンチピードだな。滅多に群れないモンスターだったはずだが、元居た場所のヒューマンを喰い尽くして合流した後にこっちに来たのかもしんねえ』


「キモイ、デカい、ヤバい。マジで無理」


「気持ち悪いです」


「・・・バアル、この辺りってあのモンスター以外に人はいるか?」


『あん? いねえぞ。って、そーいうことか。ケケケ、良いぜ。やってやろうじゃねえか』


 バアルは奏がやろうとしていることに気づき、すっかり乗り気になった。


「【天墜碧風ダウンバースト】」


 コォォォォォッ、カキィィィィィン! パァァァッ。


 空から緑色の風が地面に向かって強く吹き、その風はジャイアントセンチピードの群れを一瞬で凍りつかせた。


 時間差でそれらのHPが0になり、魔石とカードへと変わった。


《ルナはLv41になりました》


《ルナはLv42になりました》


《ルナはLv43になりました》


「ピュイッ」


「良かったな、ルナ」


「ピュイ♪」


 レベルアップしたことに喜ぶルナの頭を、奏は優しく撫でた。


『チッ、マテリアルカードだな。モンスターカードの気配がしねえ』


「そう腐るなって。ルナ、回収しに行ってくれる?」


「ピュイ」


 奏と楓を乗せたまま、ルナはすぐに戦利品の散らばっている場所まで移動した。


 シュゥゥゥッ。


 魔石をバアルに吸収させた後、奏は1枚のマテリアルカードを拾った。


 そのカードには薄い黄色の粉と体がしびれて動けない人のマークが描かれていた。


「バアル、何これ?」


『麻痺毒の粉だな。大方、ジャイアントセンチピードの牙から流し込まれるのと同じだろうぜ』


「ピュイ?」


 奏の持つマテリアルカードを見て、それが食べ物なのかと気になってルナが奏に顔を近づけた。


「ルナ、これは食べ物じゃない。食べたらビリビリするから、絶対に食べちゃ駄目だ。良いね?」


「ピュイ」


「素直で良い子だ」


「ピュイ♪」


 奏の言うことを聞き、ルナは食べないことを頷くことでアピールした。


 それを見た奏がルナの頭を優しく撫でると、ルナは嬉しそうに奏に頬擦りし始めた。


「奏兄様、そろそろ戻りましょう。響が待ってますし、それに紅葉お姉ちゃんが余計なことを言ってるかもしれませんから」


「確かに。面倒事を抱え込まれると俺達も困りかねない。ルナ、飛んでくれるか?」


「ピュイ」


 その後、奏と楓はルナの背中に乗って家の集合地帯に戻った。


「奏ちゃん、終わったの?」


「終わった。ジャイアントセンチピードってでっかい百足だった。キモいから【天墜碧風ダウンバースト】で倒しといた」


「やっぱり。大きな音がしたから大技使ったと思ったよ」


「実験台に丁度良かったんだ。で、紅葉達は? まだ中にいるの?」


「うん。戻ろ?」


『おっと、それはもうちょい後になりそうだぜ?』


 響が家の中に入ろうとすると、バアルがそれを止めた。


 まだ戦いは終わっていないことを、告げられた瞬間だった。

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