第55話 こんなナチュラルにあすなろ抱きするなんて・・・

 受話器のマークをタップし、奏は念話に出た。


『もしもし、奏君? 紅葉だよ』


「どうした? 何かあったんだろ?」


『うん。実は、私の大学時代の後輩から、救援要請が来たのよ』


「助けたいと?」


『できることなら。仲良くしてた子だから、助けたいの。秋葉原に行けない?』


「直接会って話を聞く。今、海岸のどの辺りだ?」


『昨日までとは逆方面の砂浜』


「わかった。今から、ルナに乗ってく」


 奏は念話を切ると、楓が奏に話しかけた。


「奏兄様、紅葉お姉ちゃんですね?」


「ああ。大学時代の後輩から助けてくれって連絡があったらしい。とりあえず、どうするかは会ってからだ。ルナ、海まで向かってくれるか?」


「ピュイ」


 奏と楓は、ルナの背中に乗り、紅葉達がいる海岸へと向かった。


 5分後、奏達は紅葉達と合流した。


「奏君、早速だけど続きを話して良い?」


「どーぞ」


「私の後輩、掲示板でのコテハンが上野の学者スコラーだったの。それで、今までの掲示板での投稿から、私が秋葉原の賭博師ギャンブラーだと気づいたみたいで、助けを求められたわ」


「具体的に何を?」


「安全な寝床の確保と食糧不足ね。今、あの子達は秋葉原の私が作った小屋にいるらしいの」


「多くを求めた救援要請だな」


 世界が変わってしまった今、藁にも縋る思いで紅葉を頼ったのだろうが、その要請は地球上の誰しもが求めてる者だと言えよう。


「そいつ、パーティーで動いてるんだろ?」


「ええ。男性2、女性3の5人組ね。職業はそれぞれ、盾士タンク槍士ランサー弓士アーチャー舞踏家ダンサー学者スコラーよ」


 そこまで聞いて、奏は素朴な疑問を抱いた。


舞踏家ダンサー学者スコラーって戦えんの?」


舞踏家ダンサーは支援系スキルが使えて、学者は魔法系スキルが使えるらしいわ」


「ふーん。で、紅葉はどうしたいと?」


「双月島に連れてきたい」


 紅葉の希望を聞いて、奏は腕を組んで考え始めた。


 紅葉の希望を叶えるには、奏の力が必要不可欠だ。


 移動は【瞬身テレポート】に依存しているし、食糧不足を改善するには奏が貯め込んだ食糧を分ける必要がある。


 それに、人が増えればできることは増える半面、トラブルが起きる可能性は増える。


 ある程度知り合いでまとまっている奏達であっても、意見が分かれることは当然ある。


 そこに、奏の知らないメンツが5人も増えれば、間違いなくトラブルは起こるだろう。


 最初は助けてもらったから、奏達の方針に従うかもしれないが、時間が経てばどうなるかわかったものではない。


 そして、住む場所の問題もある。


 奏達は神殿に住んでいるが、仮に5人を連れ帰っても住む建造物がない。


 一応、スリープウェルパレスがあるが、インフラが死んでいるし、双月島の景観に馴染まず、モンスターの注目になることは間違いない。


 結界もないのだから、モンスターに襲撃される可能性だってある。


 そうなれば、自分達だけ安全地帯に住んでいると奏達に待遇の改善を要求するだろう。


 それがどうにかなったとしても、招き入れた5人が他の誰かから助けを求められ、また島の人口を増やすことになればキリがない。


 そこまでして助けなければならないのかと訊かれれば、今の奏はNOと答えるだろう。


 奏は悪人ではないだけで、善人ではないのだ。


 楓のことは、ダンジョンで1人倒れていたから助けたに過ぎない。


 紅葉のことは、助けた楓の姉であり、世話になったと思ったからついでに助けただけだ。


 響についても、つい最近まで全く連絡がなかったが、餓死するから助けてと言われなければ気にもしなかっただろう。


 ルナだって、ワイバーンに襲われていなかったら放置していたに違いない。


 そう考えると、奏は正義のために助けたのではなく、ただなんとなく流れで今まで助けただけだった。


 本来の目的は、寝放題の状況を作りあげることだ。


 ずるずると人助けをすることは、奏の目的ではない。


 奏は初心に立ち返った。


「悪いが、ここに連れてくるのは駄目だ。あっちに住める拠点を用意させる」


「やっぱり、そうなのね」


 紅葉も希望は言ったものの、奏が考えている内容について自分でも考えていた。


 だから、奏の答えも予想していた。


 そこに、楓が口を挟んだ。


「紅葉お姉ちゃん、立場を弁えてよ。奏兄様は、私達の命の恩人。それに、私達の島に連れて来たとして、余計なトラブルにならないと本気で思ってるの? 妬まれる要素しかないんだよ?」


「僕も同感。残念だけど、ここに連れてくるのはトラブルを生むだけ」


 楓の後に、響も続いた。


 2人の言葉に、紅葉は黙って歯を食いしばった。


「俺達は、日本の中では強い方だろう。でも、全てを助けられる訳じゃないし、その責任も負えない。ただ、全く助けないのもどうかと思うから、拠点だけどうにかすると言ったんだ」


「・・・うん。ごめんね、奏君。これは私のわがままだよ。ちゃんと、私の気持ちも汲んで折衷案を用意してくれたんだもの。その案でお願い」


「わかった」


 紅葉も、助けた後輩だけならまだしも、そのパーティーまで責任を取れるかと訊かれたら、首を横に振るしかない。


 だから、紅葉は奏の折衷案を受け入れた。


 それから、奏は【瞬身テレポート】を使い、奏達は秋葉原へと移動した。


 紅葉が作った休憩所は、瓦礫ばかりの中で浮いていた。


 突然、休憩所の中に入れば、紅葉の後輩達が敵と勘違いして襲ってくるかもしれない。


 それを避けるため、紅葉は後輩に念話で連絡した。


 すぐに、休憩所の中から黒髪のショートボブの女性が出て来た。


 その後から、その女性のパーティーメンバーらしき人達が出て来た。


 服は汚れており、顔は若干やつれているが、ここまで生き残って来た逞しさが彼女達から感じられる。


「紅葉先輩!」


「冬ちゃん!」


「待って。そのままじゃ汚いよ。【範囲浄化エリアクリーン】」


 紅葉に抱き着こうとする後輩を見て、楓が【範囲浄化エリアクリーン】でその場にいる全員の汚れを落とした。


「マジか!? 風呂に入ったみたいだ!」


「良かった! まだ女を捨てずに済むわ!」


 紅葉の後輩の後ろにいた男女2人が、さっぱりしたことを喜んでいた。


「紅葉先輩、来て下さったんですね」


「まあね。リーダーのお許しをもらって少しだけね」


「そちらの男性が、パーティーリーダーさんなんですね。挨拶が遅くなり、失礼しました。私の名は、木枯冬音こがらしふゆねと言います。一応、私がこちらのパーティーリーダーです。よろしくお願いします」


 紅葉が奏の方を向くと、冬音は奏に頭を下げた。


「どうも。俺は高城奏。こっちのパーティーリーダーだ。よろしく」


 完結に奏が挨拶すると、ススッと楓が奏の隣から名乗り出た。


「私は秋山楓です。奏兄様の婚約者です」


「秋山? あぁ、紅葉先輩の妹さんなんですね。って、婚約者? 失礼ですが、おいくつなんですか?」


「失礼です! 私は20歳です! 成人ですよ!」


「楓、落ち着こうな」


「エヘヘ♪」


 いつものように、背の低さや童顔であることから、未成年だと思われたと思って怒った楓を、奏が後ろから抱き締めておとなしくさせる。


 奏に抱き着かれたとわかると、楓はすぐにおとなしくなり、デレデレになった。


「こんなナチュラルにあすなろ抱きするなんて・・・」


 恥じらう素振りを微塵も見せず、奏が楓をあすなろ抱きしたため、冬音は奏に戦慄した。


 そこに、自分も構ってほしいとルナが加わった。


「ピュ~イ」


「ルナもか? よしよし」


「ピュイ♪」


「そして、高城さんに甘えてるグリフォン。紅葉先輩、どういうことでしょうか?」


 奏に頭を撫でられ、嬉しそうにするルナを見て、理解能力を超えてしまい、冬音は紅葉に説明を求めた。


「とりあえず、奏君は無自覚鈍感誑しだから。ルナちゃんは、島で襲われてるのを奏君が助けたら懐いたのよ。それで、世界初の従魔になったの」


「ま、まさか、高城さんって鈍感系俺TUEEE主人公ですか?」


 紅葉の後輩である以上、オタク文化に染まっていないはずがなく、冬音は察したらしい表情で紅葉に訊ねた。


「うーん、ちょっと違うわね。確かに奏君は強いけど、本当はずっと寝てたいって思ってるような人だから。同僚なんだけど、少しでも時間ができると寝ようとしてたし」


「やれやれ系愛され主人公ですね、わかります」


「違わなくもないけど、冬音は奏君を主人公にしたいのかしら?」


「紅葉先輩、あの様子を見て、主人公じゃないなんて詐欺じゃないですか」


 冬音が指差した奏達は、確かに冬音が主人公にしたがる雰囲気を醸し出していた。


「紅葉、くだらないこと言ってないで、メンバー紹介終わらせろ」


「ごめん、そうだったわね」


 紅葉と冬音の会話は聞こえていたので、奏は少しムッとした表情で話を進めるように言った。


 脱線してしまったことに気づいた紅葉は、奏に謝ってそれぞれのメンバー紹介を続けた。

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