第54話 ヒャア、たまんねえ! これだよこれっ!

 紅葉と響が武器を強化していた頃、奏と楓は再びルナの背に乗り、空から森の探索をしていた。


 双月島は、左右それぞれを向いた三日月の島の背中同士がくっついた島だ。


 その中心部には、1つだけ山があった。


 いや、山には違いないが、人が登れる道はなく、ほとんど壁と変わらない角度である。


 その山の周囲を、奏達はぐるっと回って山を登る道を探したが、残念ながらそんなものはなかった。


 その代わり、楓があることに気づいた。


「奏兄様、あそこに穴があります」


「どこ?」


「森の木々が途切れた所です。洞窟になってるのかもしれません」


「あれか」


『ケケケ。こいつは面白いことになりそうだな』


 楓が見つけた穴について、バアルが含みのあるコメントをした。


「バアル、隠さず話せ。じゃないと投げる」


『俺様を脅すとか、罰当たりな奴め。まあ、投げられそうになったら、【擬人化ヒューマンアウト】使うが』


「バアルさん、奏兄様を困らせるなら、信仰するの止めますよ?」


『・・・奏、楓嬢ちゃんの脅し方がマジなんだが。お前みたいな冗談じゃ済まないぞ、それ』


 神として、信仰してもらえないことは、バアルが何よりも避けたいことだった。


 だから、楓の脅迫は冗談にならないものだと言えよう。


「ピュイ」


「ほら、ルナも話せってさ」


『わーったよ。勿体ぶっただけだっての。あの洞穴、十中八九ダンジョンだぜ』


 これ以上勿体ぶると、楓が今度は何を言い出すかわからないので、バアルは気づいたことを正直に話した。


「ダンジョン? そういえば、俺達って2回ともダンジョンが発生した時には中にいたから、入口を見るのって初めてじゃね?」


「そうですね。私も初めて見ました」


「ピュイ~」


 ルナも自分もそうだとアピールした。


「様子だけ見に行くか。バアル、1回入ったら出られないなんてことはないよな?」


『聞いたことねえな、そんな仕様。いずれ挑むのなら、下見は必要だと思うぜ』


「ちなみに、ダンジョンの中から外にモンスターが出ることってあるのか?」


『あん? そりゃ、キャパを超えたら出るに決まってんだろ。それが所謂スタンピードってやつだ。そうならないようにするためにも、ダンジョンを踏破しちまうか、こまめに数を減らしに潜るかしないと駄目だぜ』


「マジかよ」


 重要な事実が、サラッとバアルの口から話されたので、奏の顔が引きつった。


『安心しな。お前の家が俺様の神殿になったことで、神殿の敷地内は俺様達を害そうとするモンスターは入れねえからよ』


「それなら。最低限は安全か。けどよ、外がモンスターまみれになりかねないな」


『おうよ。だから、コツコツ潜ろうぜ!』


「ノリノリかよ」


 自分の力を取り戻すため、魔石やモンスターカードを吸収する必要があるので、バアルは奏にダンジョンに行ってもらいたいと考えている。


 無理強いして、引き籠られたら困るから、バアルは軽い調子でダンジョンに行くことを誘導するのだった。


「じゃ、ちょっとだけ見に行くか。溢れ出したら困るし」


『そう来なくっちゃな! 流石は奏だぜ! 愛してる!』


「は? バアルさん、今なんて言いました?」


『楓嬢ちゃん、冗談だから。な?』


 ノリと勢いだけの発言のつもりだったが、楓から周囲の気温が下がるような声が発せられ、バアルは引いた。


「ルナ、あの洞穴に行ってみてくれ」


「ピュイ!」


 その場の空気を変えるため、奏はルナにダンジョンに向かうように頼んだ。


 バアルが冗談を言った時、楓が奏を抱き締める力がぐんと強まったので、奏としても空気を速やかに変えたかったのである。


 ルナが洞穴の正面に着陸すると、奏と楓も地面に降りた。


 それから、奏達は洞穴の中に入ってみた。


 バアルにダンジョンだと言われなければ、奏達は洞穴を無人島に残された古代遺跡だと勘違いしただろう。


 それぐらい、読み取れない象形文字が壁にびっしりと刻まれていた。


 そして、ダンジョンに入ってすぐの場所には、両手剣を地面に刺した甲冑の戦士を模した石像があった。


 グォン。


 奏達の侵入を感知して、甲冑の隙間から赤い光が光った。


『おいおい、ゴーレムナイトじゃねえか。こんなとこにいて良い奴じゃねえぞ?』


「えっ、そんなヤバいの?」


『フィアーレックスぐらいの強さだ』


「え、なんて言った?」


 フィアーレックスと同程度の強さのゴーレムが、入口に待機していると言われ、奏は思わず訊き返した。


『フィアーレックスと同じだっつーの』


「おいおい。バアル、近くに他のモンスターはいるか?」


『幸いなことにいねえな』


「なら、ここで仕留める。ルナ、楓を守ってくれ」


 フィアーレックス程度なら、この場で倒してしまおうと即決し、奏はゴーレムナイトが完全に動きだす前に、ルナに指示を出した。


「ピュイ!」


「【仲間全強化パーティーオールライズ】」


「楓、サンキュー。【重力グラビティ】」


 ドッシィィィィィン!


 ゴーレムナイトの見た目から、かなりの重量があると考えた奏は、【重力グラビティ】でゴーレムナイトをペシャンコにしようとした。


 だが、VITがフィアーレックスよりも高く、それを想定して放った【重力グラビティ】では、ゴーレムナイトをその場から動かさないだけに留まってしまった。


「いや、違うな。両手剣が支えになってるのか」


『だろうな。確かにゴーレムって種族はVITが高いが、それでもこの程度しか【重力グラビティ】が効かないってことはまずねえよ。あの剣が邪魔だぜ』


「わかった。【入替シャッフル】」


 カラァァァァァン。


 奏は、少し離れた所に落ちていた拳大の石と、ゴーレムナイトの両手剣の位置を入れ替えた。


 両手剣は支えがなくなったことで、地面に倒れてダンジョン内に大きな音を響かせた。


 今の音を聞いて、ダンジョンの奥から新手が出て来てこられては困る。


 だから、奏は決着を急ぐことにした。


「【蒼雷罰パニッシュメント】」


 バチィッ! ズドォォォォォン! パァァァッ。


『ヒャア、たまんねえ! これだよこれっ!』


 蒼い雷のビームが、瞬く間にゴーレムナイトの心臓部分を貫いて倒した。


《奏はLv63になりました》

 

《奏はLv64になりました》


《楓はLv61になりました》


《楓はLv62になりました》


《ルナはLv36になりました》


《ルナはLv37になりました》


《ルナはLv38になりました》


《ルナはLv39になりました》


《ルナはLv40になりました》


《ルナは【風回復ウインドヒール】を会得しました》


 神の声が、奏達のレベルアップを告げた。


 ルナの新しいスキルは気になったが、奏はゴーレムナイトの魔石と両手剣の回収を急いだ。


 シュゥゥゥッ。


《バアルはLv63になりました》

 

《バアルはLv64になりました》


 バアルのレベルアップが済むと、奏は両手剣を【虚空庫ストレージ】に収納した。


「とりあえず、外に出るぞ」


「はい」


「ピュイ」


 ゴーレムナイトクラスの敵が来る前に、奏達はダンジョンから脱出した。


 ダンジョンから脱出すると、奏と楓は大きく息を吐いた。


「ふぅ。予想外だった」


「本当ですね。もし、奏兄様とルナじゃなかったら、太刀打ちできなかったと思います」


「コーラルタートルよりも硬かったし、紅葉や響じゃ倒すのは厳しかっただろうな」


『まあ、そういうことがわかっただけでも、下見した意味はあったんじゃねえの?』


「確かにな。事前情報0で挑むのは、リスクが高い」


 とりあえず、このダンジョンに挑むならしっかりと準備をして挑んだ方が良いとわかっただけ収穫はあったと言えよう。


 だから、奏はバアルの発言に頷いた。


 少し疲れた表情の奏を気にして、ルナが奏に近づいた。


「ピュイ?」


「よしよし。ルナはまた強くなったな。【風回復ウインドヒール】を会得してたっけ?」


「ピュイ」


「偉いな。バアル、スキルの説明よろしく」


『おう。スキル名からわかると思うが、回復系スキルだぜ。風に包まれてる間、HPがじわじわと回復する。即効性はねえが、継続回復ってのも使い道はある』


「へぇ。ルナ、すごいスキルで良かったな」


「ピュイピュイ♪」


「よしよし」


 撫でてと言わんばかりに、ルナは奏に頬擦りした。


 そのリクエストに応じ、奏がルナを撫でていると、奏の正面に受話器のマークの映った画面が表示され、着信音が鳴った。


 プルルルルルルッ♪


 念話の相手は、紅葉だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る