第6章 スタンピードと結婚

第52話 大丈夫です! むしろご褒美です!

 翌朝、奏達は二手に分かれて探索することにした。


 そうなったのは、経験値の分配量と効率を考慮した結果である。


 ルナが奏の従魔になったことで、さらにパーティーの頭数が増えた。


 それは、それぞれが取得できる経験値量の減少を意味している。


 奏達は今、双月島でフルメンバーで戦わずとも、モンスターを問題なく倒せている。


 それなら、二手に分かれた方が、探索の効率も上がるし、1人、もしくは1体あたりの獲得経験値量も増えるので、そうすることにしたのだ。


 その組み分けは、奏と楓とルナで1組、紅葉と響でもう1組。


 組み分けのベースは、回復手段を持つ人が偏らないようにすることだ。


 楓は当然のことだが、紅葉も使う場面がなくて忘れ去られているかもしれないが、【小回復ミニヒール】を使える。


 それゆえ、楓と紅葉は同じ組にはなれない。


 では、奏と響をどちらに組み分けるかだが、楓に攻撃手段がない以上、奏が楓と組むのが自然だ。


 それに加えて、ルナは奏の従魔だから、当然奏と一緒に行動する。


 その結果、響は紅葉と組むことが決まった。


 楓は邪魔な2人が消え、奏とベタベタできるからニコニコである。


「じゃ、俺達が森の探索で、紅葉と響が海岸の探索。何かあったら、念話で連絡すること」


「ちぇっ、楓の役得じゃん」


「奏ちゃん、カムバーック」


「フフフ。奏兄様と私が一緒に探索することは、最初から決まっていたのよ。だって、私は奏兄様の婚約者だもの」


 婚約者であることを盾に、奏と自分が一緒に探索することは決まっていたと楓は豪語した。


「楓、紅葉と響を無駄に煽るな」


「は~い」


 紅葉と響に見せつけるように、楓は奏の腕に抱き着いた。


「くっ、いつから私の妹はあそこまで人をイラつかせる才能を手に入れたのかしら?」


「合法ロリ巨乳妹、悔しいからロリ巨乳って呼ぶ」


「奏兄様、2人が酷いことを言ってきます~」


「嬉しいのはわかったから、楓はもう少し落ち着け。な?」


「エヘヘ♪ わかりました♪」


 奏に頭を撫でられ、楓はおとなしくなった。


 ひと悶着あったが、組み分けが終わったので、奏達は二手に分かれて探索を開始した。


 紅葉と響を先に海岸に行かせると、奏は神殿の敷地内にある小屋からルナを呼び出した。


「ルナ、出かけるぞ」


「ピュイ!」


 待ってましたと言わんばかりに、ルナは奏に頬擦りした。


 朝食を貰ってから出発するまでの間、奏が神殿の中にいて構ってもらえなかったから、ルナは寂しかったのだ。


「ピュ~イ♪」


 構ってやれずに申し訳なく思った奏が、ルナの頭を撫でると、ルナは嬉しそうに鳴いた。


 それから、奏と楓はルナの背中に乗せてもらった。


 奏達の森の探索は、上空からすることにしたからである。


 その理由は、空からの探索の方が見落としが少ないうえ、ルナの運動になるからだ。


「ピュイ!」


 ルナは元気に鳴くと、神殿の敷地から離陸した。


「きゃっ」


 ルナが飛んだことで、楓はバランスを崩して奏に後ろから抱き着いた。


「大丈夫か?」


「大丈夫です! むしろご褒美です!」


 ルナから落ちないようにするには、前に座る奏の体に抱き着くしかない。


 そんな理論武装ができるのだから、楓にとってルナの背中に乗って行う探索はご褒美以外の何物でもなかった。


「ピュイ?」


 背中から、楓の小さい悲鳴が聞こえたので、ルナはそれを心配して頭だけ後ろを向いた。


「大丈夫だよ、ルナ。そのままあの辺りまで飛んでくれ」


「ピュ~イ」


 奏がルナの背中から、昨日、ルナと遭遇した場所を指差すと、ルナはその地点に移動した。


『【擬人化ヒューマンアウト】』


 幼稚園児ぐらいの大きさで、バアルが人型になった。


 奏の手の甲から飛び出したバアルは、奏の前に座り、奏の体を背もたれのようにしている。


「バアル、いきなりどうした?」


「俺様も高い所から景色を見たくなったのさ」


「なんだ。そんなことなら、いくらでも飛ばせてやるのに」


「奏、俺様を投げる気だろ?」


「勿論。ある程度の高さまで飛んだら、すぐに手元に戻ってくれば良い」


「俺様が求めてるのは、自由に空を飛ぶことだ。上空に投げられて強制帰還することを、それと一緒にすんじゃねえ」


「はいはい。冗談だよ」


 戦闘で必要ならまだしも、日常でポンポン投げられては困るので、バアルは奏にジト目を向けた。


 奏も本気で言っていないので、すぐに冗談だと口にした。


「ん? おい、奏。あそこにモンスターの群れがいるぜ」


「どこだ? あぁ、あれか」


 バアルが指差した地点には、角が木の枝のような鹿のモンスターが3体いた。


「ウッドホーンだな。あいつがいる近くには、モンスの実の生る木が多いぞ」


「ピュイ?」


「ルナ、戦いたいの?」


「ピュイ」


 自分に伺いを立てるような仕草をするルナに、奏は戦いたいのだろうと判断した。


 それは正解であり、ルナは首を縦に振った。


「わかった。やってごらん」


「ピュイ!」


 スパッ! パァァァッ。


 ルナが前脚を素早く降ると、【突風刃ガストブレード】が手前にいたウッドホーンの首を切断した。


「ピュイ♪」


 スパッ! スパッ! パァァァッ。


 1発命中したことで、嬉しくなったルナは、連続して【突風刃ガストブレード】を放ち、残りの2体も首を切断して倒した。


《ルナはLv31になりました》


《ルナはLv32になりました》


《ルナはLv33になりました》


「よしよし、良い子だ」


「ピュイ~♪」


 奏に褒められ、ルナはご満悦だった。


 それから、魔石の散らばっている辺りに着陸し、奏はバアルに魔石を吸収させた。


 残念ながら、奏と同じでバアルがレベルアップすることはなかった。


「ピュイピュイ」


「ん? どうした?」


「ピュイ!」


 頭を擦り付けてきたルナは、奏が反応すると斜め右にある木を見るように首を振った。


「おぉ、モンスの実がいっぱいだ」


「ピュイ!」


 ルナはモンスの実が好きらしく、奏に持って帰ろうとアピールした。


「わかった。持って帰ろう。バアル、メイスになってくれ」


「おうよ」


「【重力グラビティ】」


 ドサドサドサドサドサッ。


 モンスの実が地面に落下するように、奏はバアルにメイスの形態になってもらうと、木に向かって重力がかかるようにした。


 それにより、重力に負けたモンスの実が次々に地面に落下した。


「ピュイ! ピュイ!」


「ルナ、後で上げるから我慢しような。【虚空庫ストレージ】」


「ピュイ・・・」


 亜空間に収納されていくモンスの実を、なんとも悲しそうに見るルナを見て、奏はその頭を撫でた。


「あげないとは言ってないだろ? 朝食べて時間が大して経ってないんだから、昼に食べよう。ルナは偉い子だろ?」


「ピュイ」


 奏に説得され、ルナは首を縦に振った。


「奏兄様の言うことを聞けて、ルナは偉いね」


「ピュイ!」


 楓にも頭を撫でられ、ルナは元気になった。


 その姿は、親に褒められた子供そのものだった。


「はぅ、かわいいです」


 ルナの可愛さにやられてしまったようで、楓の頬がかなり緩んでいた。


「グァァァァァッ!」


 突然、奏達のいる場所にモンスターの咆哮が鳴り響いた。


『クロスベアの声だな』


「クロスベア?」


『おうよ。腕が4本ある熊で、雑食。とにかく量を求める奴だ』


「大食いか。森の食材を食い散らかされるのは、阻止しないとな」


『ケケケ。やる気になってくれて嬉しいぜ』


 ドタンッ、ドタンッ、ドタンッ。


 重そうな足音が、ゆっくりと奏達に近づいて来た。


「奏兄様、見えました。あの茂みの奥です」


「わかった。【入替シャッフル】」


「グァッ!?」


 先程、【重力グラビティ】で地面に落ちた枝と、クロスベアの位置が入れ替わった。


 咄嗟のことに困惑し、クロスベアの動きが止まった。


 二足歩行だと、2メートル以上もある背丈であり、奏にとってクロスベアは大きく感じられた。


 それでも、奏が慌てることはなかった。


「【重力グラビティ】」


 ドッシィィィィィン! パァァァッ。


 MPを多めにに消費することで、奏は地面にめり込むぐらいクロスベアに重力の負荷をかけた。


 それにより、あっさりとクロスベアはHPを全損して消えた。


《ルナはLv34になりました》


《ルナはLv35になりました》


『羨ましいぜ。ルナは着々とレベルアップしてるのによぉ』


「まあ、俺達とレベルに差があるからな。いずれ上がるさ」


 シュゥゥゥッ。


 ルナを羨むバアルに、魔石を吸収させた奏はバアルを宥めた。


「ピュイ?」


 バアルから視線を感じ、ルナは首を傾げた。


「ん? ルナが強くなってくれて嬉しいって話だ」


「ピュイ♪」


 奏に頭を撫でられたルナは、すぐにバアルの羨む視線を気にしなくなり、嬉しそうに奏に頬擦りした。

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