第44話 えっ、すごい。奏ちゃん姉妹丼?

 画面に表示されているのは、新田響にったひびきの文字。


 拗ねてしまった2人のフォローをしたいが、奏の社畜だった習慣が奏に受話器のマークをタップさせた。


『あっ、繋がった。奏ちゃん無事なの?』


「無事だよ。そっちは?」


『僕は無事っちゃ無事なんだけど、餓死するかも』


「そうか。って、待て待て。サラッと怖いこと言ったよな?」


『いやぁ、食糧が尽きちゃってさ、お腹空いたよ』


「お前、今どこだ?」


『奏ちゃんの家があったとこ。瓦礫すらないけど、リストには載ってたから生きてると思ってさ』


「すぐに行く。ちょっと待ってろ」


 奏は念話を切った。


 すると、顔を上げた楓が奏に訊ねた。


「奏兄様、どなたですか?」


「俺が上京してから、疎遠になってた従妹だ。じいちゃんが死ぬまで、預かってたんだ」


「助けに行くんですよね?」


「まあな。身内を見捨てられない」


「私も連れてって下さい。奏兄様のお力になれるはずです」


「わかった。紅葉、ちょっと留守番頼む。【瞬身テレポート】」


「えっ、あっ、ちょっと・・・」


 紅葉が言葉を返す前に、奏は楓の手を握り、バアルを肩に乗せてその場からいなくなっていた。


 奏は、元々自分の家があった場所を思い出し、【瞬身テレポート】を使った。


 そのおかげで、周囲が瓦礫まみれになっていても、どうにか移動することができた。


「あっ、奏ちゃんだ。それと、中学生? 奏ちゃん、ロリコンだったっけ?」


「中学生じゃありません! 大学2年生です! 秋山楓です! 奏兄様の婚約者です!」


 中性的でほんわかした雰囲気の糸目の人物から、中学生扱いされたことに怒り、楓は抗議した。


 その人物は短い金髪であり、紅葉のセクシーショートよりも短いヘルシーショートだった。


「新田響だよ。ごめんね、同級生だったんだ。でも、鈍感な奏ちゃんに婚約者ができたなんて驚いたなぁ」


 ぐぅぅぅぅぅっ。


 のんびりした口調で名乗り、すぐに謝った響だが、その腹から空腹を訴える音が強く鳴った。


「楓、とりあえず【浄化クリーン】と【上級回復ハイヒール】を頼む」


「わかりました。【浄化クリーン】【上級回復ハイヒール】」


 奏に従い、楓は響の汚れを綺麗にして、HPを回復させた。


 あちこちにできていた傷が消え、響の空腹以外の問題が解決した。


「響、詳しい話は後だ。まずは、安全なところに移動する。【瞬身テレポート】」


 奏が響をパーティーに入れてから、奏達は双月島の奏の家に戻った。


 奏達の姿が見えると、ソワソワしていた紅葉の動きが落ち着いた。


「もう、奏君! 私だけ置き去りにしないでよ!」


「えっ、すごい。奏ちゃん姉妹丼?」


「違うっての。てか、楓と紅葉が姉妹って一目でわかったのか」


「違います! 奏兄様は私だけのものです!」


 瞬間移動を体感した感想ではなく、紅葉も奏と肉体関係があると思っての発言をするあたり、響は見た目とは裏腹に図太いらしい。


 奏は冷静に否定し、楓は奏が自分だけのものであると主張した。


 楓と響が言い争いになる前に、奏は脱線した話題を真面目な路線に戻した。


「響、どれぐらい飯食ってない?」


「昨日の夜、カロリーメイト食べてから何も食べてない」


「・・・響、餓死するかもって言ったよな?」


「言ったね。もう今は水もないんだ」


「なんだよ。いや、まあ、それだけで済んで良かったから、悪いとは言わないが」


 3日食べてないと言われるかもしれないと思っていたので、奏は響の状況が思ったより悪くなくてホッとした。


「【虚空庫ストレージ】」


 コンビニで手に入れた総菜パンを2,3個とコーヒー牛乳を取り出し、奏は響に渡した。


「響、確かコーヒー牛乳が好きだったよな?」


「覚えててくれたんだ。ありがと。食べて良い?」


「おう。とりあえず食え。それから、話を聞かせてくれ」


「ままっま」


「食ってから喋れ」


 食べて良いかと聞いた時点で、響の手は総菜パンに伸びていた。


 食べながら喋るのは行儀が悪いので、奏は響に食べることを優先させた。


 それから20分後、最初に出した総菜パンから2つ追加で食べた響が、満足したのか緩んだ顔でコーヒー牛乳をストローで吸い上げていた。


「奏ちゃん、ご馳走様」


「落ち着いたか?」


「うん。安定の総菜パンだよね」


「お前、自炊してないだろ?」


「してるとでも?」


「できない訳じゃないのに、やらないのは怠惰なだけだろ」


「怠惰、良い言葉だよね。奏ちゃんも好きでしょ? 惰眠を貪るし」


「好きに決まってんだろうが。でも、状況に寄りけりだ」


 寝ることが大好きな奏にとって、怠惰という言葉は当然好きなカテゴリーに入る。


 それをわかっているから、響も説教に入らせまいと怠惰という言葉を挟み、奏の気を逸らしたのだ。


「で、奏ちゃん、ここどこ?」


「やっとその質問が出たか」


「ここがどこだろうと、奏ちゃんがいれば安心だからね」


「あら、どうして奏君がいれば安心なのかしら?」


 響の発言を不思議に思い、紅葉が訊ねた。


「僕も親が死んじゃってから、じいちゃんに引き取られたんだけどね、奏ちゃんがじいちゃんのスパルタで泣いてる僕をいつも慰めてくれたの」


「僕っ娘・・・、だと・・・」


「そこに反応するのかよ」


 紅葉の反応したポイントが、あくまでもオタク的だったので、奏は苦笑いだった。


 そこに、楓が参戦した。


「奏兄様は渡しません。私のものです」


 奏と響の間に入り、響に見せつけるように楓は奏の膝の上に座ったまま奏に抱き着いた。


「それでも良いよ。僕はね、奏ちゃんに養ってもらえれば愛人でも良いの」


「恐ろしい子・・・」


「おいコラ待て。初耳だぞそんなこと」


 ネタに走る紅葉をスルーして、奏が響きの発言に待ったをかけた。


「だって、長年こっそりコツコツと準備してたんだもん」


「だもん、ってかわい子ぶらないで下さい」


 毛を逆立てて威嚇する猫のように、楓は響を奏に近づけまいとした。


「合法ロリ巨乳妹キャラには負ける。ゆるゆる僕っ娘妹キャラじゃ格落ち」


「自分でそれを言うのね」


「誰が合法ロリ巨乳妹ですか!? 奏兄様がくれた簪のおかげで、私の大人の魅力は高まってるんです!」


「奏ちゃんがプレゼントしたの? 良いなぁ。奏ちゃん、私にもちょーだい」


「あげませんよ! ね!? 奏兄様、ね!?」


「うっ、うん」


 楓の迫力ある笑顔に、奏は首を縦に振るしかなかった。


「奏、お前押されてんな。まあ、キャラの濃い奴に囲まれりゃ、そうなるのも当然か」


 今まで、黙々と蜂蜜を塗ったクラッカーを食べていたバアルが、奏の押されっぱなしの様子を見かねて口を開いた。

 

「妖精?」


「今更かよ。んで、違うぜ。俺様は神。バアルだ」


「奏ちゃん、合法ロリ巨乳妹に、まな板オタク姉、私、妖精っていつの間にストライクゾーンが広くなったの?」


「婚約してるのは楓だけだ。それと、さらっと自分を入れるな」


「異議あり! 誰がまな板よ! 大体、あんただって私と大差ないじゃん!」


 奏が訂正すると、そこに便乗する形で紅葉が異議を唱えた。


 楓は自分と婚約しているとはっきり言われ、デレデレになっている。


「違うよ。僕、着やせするタイプなの」


「上等よ。ちょっと洗面所について来なさい!」


 紅葉は響を連れ、洗面所へと移動した。


「なあ、奏」


「なんだ、バアル?」


「あいつ、できるな」


「わかる? ゆるゆるに見えて、動く時は素早いぜ。やる気にさせるのがひと手間かかるだけで」


「それ、ブーメランだぜ」


「そうか?」


「そうだよ」


 そんな会話をしていると、紅葉と響が洗面所から戻って来た。


 響は洗面所に行く前と同じ雰囲気だったが、紅葉はとても悔しそうだった。


「・・・負けた。マジで着やせしてた。このご時世でサラシ巻いてたなんてどーいうこと?」


「別に報告しなくて良いから」


「奏ちゃん、僕も大人になったんだよ。奏ちゃんが養ってくれるなら、僕の体、いくらでも好きにして良いよ」


「駄目です! 奏兄様は私だけのものです! 身の安全のために体を売るような女は、奏兄様から離れて下さい!」


「聞き捨てならない。奏ちゃんの妹歴は、私の方が長い。それなのに、奏ちゃんを独占することなど認められない」


「はい。もう、そこまで。楓は落ち着け。そんなムスッとした顔より、笑顔の方が似合ってるから」


「は、はひぃ・・・」


 仲裁に入った奏が、楓の頭を撫でると、楓の顔が真っ赤になった。


「むむっ、奏ちゃんが女たらしになってる」


「人聞きの悪いことを言うな」


「まさか、まな板オタク姉も?」


「違うから。とりあえず、響は余計なことを口にするな。真面目な話をさせろ。かなり脱線したが、ここは双月島って無人島だ」


「奏ちゃんのハーレム島?」


「違う」


 すぐに脱線しようとする響に、奏は大きな溜息をついた。

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