第34話 それ、言いたかっただけだろ

 翌朝、奏はくすぐったさから目を覚ました。


 目を開けると、楓が雌の顔をして奏の胸に頬ずりをしていた。


「あっ、奏兄様。おはようございます」


「おはよう、楓。昨日は大丈夫だったか? 痛くなかった?」


「エヘヘ♪ まだ、奏兄様が入っている気がしますが、喜びの方が大きくて痛みなんて感じません♪」


「それ、痛いんじゃ?」


「大丈夫です。それに、痛みは起きてすぐに【中級回復ミドルヒール】で治しましたから、島の探索もばっちり参加できますよ」


「キツいなら、家でゆっくり休んでても良いっておもったんだが」


「奏兄様と離れる方が、辛いです。絶対、一緒に行きます」


「わかった。でも、無理だけはしないでくれよ?」


「それは私のセリフです。奏兄様が無理しないように、私がしっかり管理します」


「あっ、はい」


 夜の営みを経たことで、楓は奏への所有欲が強まったらしい。


 迫力のある笑みを向けられ、奏は頷くしかなかった。


 それから、楓が【浄化クリーン】で自分と奏の体を綺麗にすると、奏達はリビングに移動した。


 その移動時も、楓は奏の腕をがっしりと抱いて離さなかった。


 リビングでは、紅葉が本を読んでいたが、奏達が来ると下種な笑みを浮かべた。


「夕べはお楽しみでしたね」


「それ、言いたかっただけだろ」


「勿論です♡ 奏兄様とたっぷり愛し合いました♡」


 お決まりのセリフを紅葉が口にすると、奏は紅葉にジト目を向け、楓はイヤンイヤンと首を振りつつ嬉しそうに答えた。


「しょうがないでしょ? だって、コツコツと奏君と距離を詰めてたはずなのに、それを全部楓に掻っ攫われたんだもの。これぐらい言ったって罰は当たらないわ」


「えっ、俺の昼寝邪魔してたのって、距離を詰めるためだったの?」


「はぁ・・・、奏君なんもわかってなかったよ」


 自分の努力が実らなかったことを知り、紅葉は眩暈がした。


「紅葉お姉ちゃん、恋はいつでも超特急なの」


「2日前まで、恋のこの字も知らなかった妹に言われたくない。でも、地球が変わった今、常識が覆る可能性があるわ。だから、私は諦めない」


 ドヤ顔で語る楓に対し、紅葉はムッとした表情になった。


「・・・紅葉お姉ちゃん、私から奏兄様を奪うつもり?」


 奏の体感温度が、2°位低くなった。


 楓の目から、ハイライトが消えており、かなり危ない表情をしている。


「そんな顔をするなら、奪われないように気を付けなさい」


「奏兄様を誑かそうとしたら、絶対に赦さないから」


「やってみなさい」


 昨日、仲直りしたと思ったら、また険悪な雰囲気に戻ってしまった。


 奏も、ここまで言われれば、紅葉に好意を持たれていたとわかるので、今の状況がいたたまれなくなった。


「あのさ、そろそろ朝飯にしない? 今日は、この島の探索もしたいし」


「わかりました」


「はーい」


 楓と紅葉は、奏を困らせてまでこの場で言い争いをするつもりはなかった。


 それが救いとなり、奏はどうにか重い空気を動かすことに成功した。


 その後、朝食を取り終えて支度を済ますと、奏達は家を出て森に入った。


 今日は、左右の島のどちらにもいかず、両方の島が接している部分の森の探索と、浜辺の探索を予定している。


 夕方や夜の森は危ないので、日は出ていなくても比較的明るい午前中に森を探索するのだ。


 森の中は、生物の鳴き声があちこちから聞こえる。


 それがモンスターなのか、それとも双月島に元々住んでいた動物なのかは、奏達にはわからない。


 だが、バアルにはわかる。


『ケケケ。アングリーマッシュ、マンイーター、ファンガスボアが近くにいるみたいだぜ』


「バアル、そいつらの姿形を教えてくれ」


『おうよ。アングリーマッシュは茸のモンスター、マンイーターは食虫植物のモンスター、ファンガスボアは背中に茸を生やした猪のモンスターだぜ』


「わかった。紅葉、戦闘が始まる前に、1つ注意しとく。森の中で【爆弾ボム】は使うな。俺も、【聖炎ホーリーフレア】は使わない」


「延焼を防ぐためね。了解」


 奏の言いたいことを的確に理解し、紅葉はすぐに了承した。


 その表情には、昨日まで紅葉にあった不真面目さは微塵もなかった。


 奏に説教され、楓に奏の初めてを奪われたことで、紅葉には後がない自覚があった。


 もし、この場でこれ以上やらかせば、楓が自分を追放しようと奏に進言するかもしれない。


 それだけは阻止したいし、むしろ見返して奏からの評価を上げてやると紅葉は意気込んでいる。


「キノォッ!」


「その鳴き声はどうなんだ? 【聖砕ホーリースマッシュ】」


 ドゴォォォッ! パァァァッ。


 奏達の側面から、巨大な茸、いや、アングリーマッシュが突撃したが、奏が返り討ちにした。


 シュゥゥゥッ。


『チッ、マテリアルカードかよ。残念だぜ』


 魔石を吸収したバアルは、魔石と同時に現れたカードが、モンスターカードではなくマテリアルカードだったことを愚痴った。


「そうでもないさ。これ、食糧だろ?」


 その反対で、奏はマテリアルカードを手に入れたことを喜んでいる。


 アングリーマッシュのマテリアルカードには、シイタケが10本描かれていたからだ。


 食材のマテリアルカードなら、採集や狩猟でしか新たな食糧を得られない今、ウェルカムなのである。


『まあ、良いさ。俺様は寛容だからな。それよりも、次のマンイーターだ。奏、左斜め前を見な。上手く擬態してると思ってるだろうが、大き過ぎて目立ってるだろ?』


「えっ、あれって擬態してるつもりだったの? 舐めてるとしか思えない」


「奏君、次は私にやらせてくれる?」


「良いよ」


 木の隣で、マンイーターが花の真似をしているらしいが、その大きさと見た目が、どう考えてもモンスターであることを主張している。


 呆れている奏の隣から、紅葉が前に出た。


「【賽子弱化ダイスダウン】」


 カランカラン。


 紅葉がスキル名を唱えると、それと同時にどこからともなく青い賽子が現れ、地面に落ちて6の目が出た。


「幸先良いわね。【斬撃スラッシュ】」


 スパッ。パァァァッ。


 弱体化した能力値では、紅葉の攻撃に耐えきれなかったらしく、マンイーターは一撃で倒された。


 シュゥゥゥッ。


 魔石をバアルに吸収させても、奏は警戒を解かなかった。


 ドドドドドッ。


『おっ、奏は耳が良いな。ファンガスボアの群れが来てるぜ』


「だろうな。複数の足音が聞こえる」


 バアルの言葉に応じた奏の視線の先に、砂埃といくつかのシルエットがあった。


「まとめて倒す。【竜巻トルネード】」


 ビュオォォォォッ!


「「「・・「「フゴォォォォォッ!?」」・・・」」」


 パァァァッ。


 ファンガスボアの群れの足元から、竜巻が発生してそれらを渦に巻き込みながら空中へと打ち上げた。


 悲鳴を上げるファンガスボアの群れだが、HPがなくなって姿を消した。


《奏はLv44になりました》


《楓はLv42になりました》


《紅葉はLv39になりました》


『ゲッ、またマテリアルカードかよ』


 神の声が止むと、バアルは不満そうに言った。


「落ち着け。レベルアップはするんだからさ」


 シュゥゥゥッ。


《バアルはLv44になりました》


《バアルの【竜巻トルネード】が、【台風タイフーン】に上書きされました》


『来た来たぁ! スキルが強くなったぜ!』


 モンスターカードは得られなかったが、新たなスキルを会得できたことで、バアルの機嫌が直った。


 機嫌が悪かったかと思えば、すぐに上機嫌になったりと忙しい神器だ。


 そんなバアルを放置して、奏は地面に落ちているマテリアルカードを拾った。


「実在したのか・・・」


「どうしたんですか、奏兄様?」


「奏君、何があったの?」


 奏の呟きを聞き、楓と紅葉が奏が持つマテリアルカードに興味を持った。


「いや、これなんだが」


 奏がそのように言いながら、2人に見えるようにマテリアルカードの絵を見せた。


 すると、楓と紅葉で反応が分かれた。


「骨付き肉ですね」


「マンガ肉! 実在してたのね!」


 紅葉のテンションが上がったのは、オタクとして当然だ。


 何故なら、奏が見せたカードのイラストには、大きな骨付き肉、通称マンガ肉が10個描かれていたからである。


 オタクとして、人生で1回は食べてみたいと思っていたマンガ肉に、このタイミングで遭遇できるとは思っていなかったので、紅葉は興奮を抑えきれなかった。


 奏はオタクではないが、存在しないと思っていたマンガ肉が実在したことに驚き、静かにテンションが上がっていた。


 楓だけが、マンガ肉の発見に心躍っていなかったが、奏の口元が緩んでいるのを見て、良いことなんだと思って喜んだ。


 マンガ肉ショックのせいで、奏達の探索が再開されたのは、そこから5分程経過した後だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る