第33話 奏兄様と私、ここでアダムとイヴになるんですね

 奏が昼寝から起きると、夕方になっていた。


 昼寝から目覚め、奏の頭は冴えていた。


 そして、奏に遅れて起きた楓と紅葉にこう宣言した。


「今から、無人島に行く」


「「え?」」


「今から無人島に行きます」


「奏兄様、聞こえなかった訳じゃないですよ?」


「なんで丁寧に言い直したのよ?」


 聞き間違えたと思ったから、楓と紅葉は固まってしまっただけで、聞こえなかった訳ではない。


「じゃあ、行くか」


「行きましょう!」


「楓!? いや、ちょっと待って! せめて理由をおしえてくれるかな!?」


 奏に対して押されると弱い楓が、奏と一緒に無人島に行く決意を決めたが、紅葉は無人島に行く理由を訊ねた。


「考えてみたら、今の地球じゃきっと俺達の会社はなくなってるじゃん?」


「そうね」


「そもそも、働く以前にモンスターと戦うだけじゃん?」


「その通りね」


「だったら、秋葉原にいる必要ないじゃん? 今の秋葉原って、ごみごみしてるだけじゃん? 俺、寝るの好きじゃん? 落ち着ける無人島行くしかないじゃん?」


「言いたいことはわかるけど、じゃんじゃんうるさくてイラっと来るわね」


 寝ることを優先し過ぎて、奏のテンションがおかしくなっていた。


「奏兄様、どうやって無人島に行くんですか?」


「ん? 【瞬身テレポート】で良くぞ」


「すみません、言い方を間違えました。奏兄様は、無人島にいったことがあるんですか? 確か、【瞬身テレポート】は行ったことがある場所しか行けませんよね?」


 楓が何を疑問に思っているか理解し、奏はポンと手を打った。


「あー、そういうことか。大学時代に、無人島に行ったことあるから、問題ないよ」


「えっ、意外。大学時代も寝てばっかりだったんじゃないの?」


「そうだけど、いつも同じ場所で寝るのに飽きて、たまにはキャンプでもしようと思って、無人島探索ツアーに参加したことがあったんだ」


「なるほどね。奏君、サバイバルには慣れてるから、そういう場所に行くのに抵抗はないもんね」


「そーいうこと。それじゃ、準備したら行くよ」


「わかりました」


「はーい」


 布団をしまうと、奏達は家の外に出た。


「奏君、この家はどうする? 持ってく?」


「いや、置いてく。【道具箱アイテムボックス】の中には、俺の家と2人の住んでたマンションもある。だから、ここは秋葉原にいる生存者の休憩所として使ってもらおう」


「そっか。良いと思うわ」


「よし、行こう。【瞬身テレポート】」


 音もなく、奏達は秋葉原から姿を消した。


 そして、奏達は木々の生い茂る無人島にやって来た。


 奏達が現れたのは砂浜で、島の中心部は森になっている。


「ふぅ、着いたな。ようこそ、双月島そうげつとうへ」


「双月島、って言うんですね。奏兄様、ここは日本のどの辺にあるんですか?」


「南鳥島よりも南西にあって、一応東京都に属するらしい」


「ここが東京ですか。不思議な感じがしますね」


「まあね。ここに住むのが嫌だったら、秋葉原に戻っても良いよ?」


 ノリで連れて来たものの、やはり無人島は嫌だと楓に言われたら、帰る気はあった。


 奏がゆっくりと寝たいのは事実だが、楓が同じ気持ちだとは限らないからである。


「奏兄様と私、ここでアダムとイヴになるんですね」


 訂正しよう。


 楓は嫌どころか、定住に前向きだった。


 むしろ、付き合ってる訳でもないのに、かなり大胆な発言である。


「楓、恐ろしい子」


「・・・楓、そんなこと考えてたのか」


「えっ、違うんですか? わ、私、奏兄様がそのつもりで連れて来てくれたと思ってました」


 ゴブリンキング戦の後、自分を肯定してくれた奏への思いが強くなり過ぎて、斜め上の結論に至った楓に、奏も紅葉も驚きを隠せなかった。


「奏兄様、私が他の男の目に映るのが嫌だから、この島に連れて来てくれたんですよね?」


「どうしよう、楓のネジが飛んでる」


「何を言ってるの、紅葉お姉ちゃん。私は正常、ううん、私は気づいたの」


「何に?」


「奏兄様が鈍感なら、私が全力で私に振り向かせれば良いって」


「Oh・・・」

 

 楓は20歳になる今まで、恋愛を経験せずにいた。


 そこに、自分の命を助け、自分の存在を肯定してくれる奏との出会いがあった。


 更に、モンスターが蔓延り、ダンジョンが出現した今の地球で、種の保存という本能が強く刺激され、楓は奏を強く欲するようになってしまったのだ。


 拗れに拗れた恋愛心理に、紅葉も思わず外人のような反応をしてしまった。


 その一方、奏はと言えば・・・。


 (じいちゃんに何度も言われたっけ。俺を好いてくれるがいたら、絶対に逃すなって)


 昔から、恋愛感情に疎かった奏は、祖父から言われていたことを思い出した。


 鈍感だった奏が、嫁をゲットするチャンスを逃すことになったら困ると、まだ子供だった奏に何かにつけて繰り返し言い続けて来たのだ。


「うん、わかった。じゃあ、俺の嫁になってくれ」


「告白通り越して、プロポーズしたぁぁぁぁぁっ!?」


 予想外の展開に、紅葉が頭を抱えて叫んだ。


「はい♡」


「楓もOKしちゃったぁぁぁぁぁっ!」


 脳のキャパを超えてしまい、叫んだ紅葉は力なくその場に倒れた。


「奏兄様、もう離さないですからね?」


「わかった。俺も離さない」


 気絶して倒れている紅葉の傍で、奏と楓は抱き合った。


 紅葉が起きたのは、それから30分後のことだった。


「あ、あれ、私なんでこんな所に? 楓に出し抜かれて、奏君と楓が婚約する酷い夢を見た気がするんだけど」


「何言ってんの、紅葉お姉ちゃん。双月島で奏兄様とラブラブ新婚生活をるんだよ。紅葉お姉ちゃんは、ついでだけど」


「夢じゃなかった・・・、だと・・・」


 紅葉は砂浜に四つん這いになった。


「紅葉、起きたか。じゃあ、家を出す場所に移動するぞ」


「奏君・・・。はぁ、わかったわ」


 ツッコんだら負けだと判断し、紅葉は体にこびりついた砂を払い落として立ち上がった。


 双月島の形は、左向きの三日月と右向きの三日月がくっついた見た目である。


 奏達が【瞬身テレポート】で移動してきたのは、その三日月同士が交わっている場所だ。


 砂浜は、そこそこの傾斜で、少し上に行けば森に入る。


 森の中に入って少し歩くと、開けた空間があった。


 周囲の木々も大き過ぎず、日が出れば十分日光の恩恵を受けられる位置だ。


「奏兄様、ここは?」


「前に来た時、キャンプ場にしてた場所だ。まだ残ってて良かった。ここに家を出すから、悪いけど大きな石とかあったらどけてくれ」


「わかりました!」


「了解」


 テキパキと作業すること10分、奏達は家を出すスペースを均し終えた。


「よし、出すぞ。【道具箱アイテムボックス】」


 ドッシィィィィィン。


 奏が今まで住んでいた一軒家が、森の中に現れた。


「これが、奏さんと私の愛の巣なんですね」


「奏君、間取りは?」


「2LDKだ。2人の部屋は、物置にしてた空き部屋で良いか」


「私、奏兄様と同じ部屋が良いです」


「わかった。じゃあ、空き部屋は紅葉だけで使ってくれ」


「なんだろう、この釈然としない感じ」


 ポンポンと進む話の流れについて行けず、紅葉はぐったりしていた。


 楓が【浄化クリーン】を使い、奏達の体を綺麗にしてから、奏の家に入った。


 こんな無人島では水道と電気、ガス全てが止まっているし、そもそも上下水道共に整備されていない。


 ぶっちゃけ、水道はただの飾りと化けていた。


 だが、少なくともガスがないことは大した問題ではなかった。


 奏の家は、コンロはガスを使わないクッキングヒーターを使っており、風呂も電気で沸かすタイプだ。


 つまり、水と電気さえあれば、奏達は文化的な生活ができる。


 水も、海水を汲めば、楓の【浄化クリーン】で飲めるようになるし、そもそも奏の家の常備した分、楓達のマンションの常備分、コンビニやスーパーで入手した分の水もある。


 だから、奏達が気にすべきなのは、食糧問題だ。


 今のところ、コンビニとスーパーで集めた食糧があるが、消費するだけでは尽きた時にどうしようもない。


 モンスターのマテリアルカードで手に入れた食糧も、干し肉とゼリーと煮干しだけだ。


 しかし、双月島は幸い海に囲まれており、森もある。


 いざとなれば、海で魚を獲れるし、森で果実や茸類を調達できる。


 その時は、祖父に鍛えられた奏のサバイバル能力が大いに役立つだろう。


 奏達は、夕食を取って寝る準備をした。


 風呂には入れないが、楓の【浄化クリーン】で体の汚れは落ちている。


 明日着る服の準備まで終えると、奏と楓は一緒の布団に入った。


 勿論、親のいない婚約者同士ということで、遠慮はいらないから2人とも裸である。


「奏兄様、私を女にして下さい」


「わかった。俺も初めてだけど、頑張ってみる」


「大丈夫です。私も初めてですから」


 この後、奏と楓はお互いに初めての体験をした。

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