第23話 徹夜なんかしない。夜は寝る

 楓と紅葉の言い争いが終わると、奏達は再び一本道を前進した。


 できることなら、この一本道にいるモンスターぐらいは排除しておきたいと思っているからだ。


『奏、まだぼんやりとしか見えねえだろうが、前方にモンスターの集団がいるぜ』


「あー、まだ豆粒ぐらいの大きさにしか見えねえや」


「ゴブリンかしら?」


「さあな。バアル、どうなんだ?」


『反応からして、ゴブリンの進化した奴らだな。索敵範囲を広げてみても、ゴブリンばっかだ。このダンジョン、ゴブリンの巣なんじゃね?』


 最後は適当だが、奏はバアルの話を聞いて少しホッとした。


 敵がゴブリンなら、ファンタジー特有のドラゴンやら悪魔、有名な怪物と戦わずに済むからである。


「あっ、見えました。両手剣を持ったゴブリン、杖を持ってるゴブリン、ナイフを持ってるゴブリンですね。杖を持ってるのは、見覚えがあります。ゴブリンメイジですね」


「楓、見えるのか?」


「はい! 私、両目とも視力2.0ですから!」


「そいつは羨ましい」


「そうよね。私なんて、その半分もないのに」


「どうせ、紅葉は変な姿勢でゲームやスマホの画面を見てるからだろ?」


「否定できない!」


 呆れた目で奏に見られた紅葉だったが、何故か得意そうな表情だった。


 それはともかく、折角楓が早めに敵の特徴を伝えてくれたのだから、奏達も備える必要があるだろう。


「バアル、両手剣を持ったゴブリンと、ナイフを持ったゴブリンの種類は?」


『ゴブリンソルジャーとゴブリンシーフだろうぜ』


「了解。紅葉、ソルジャーと戦ってみる? 見た感じ、10体はいるけど」


「半分は、私がやるわ。残りは任せて良い?」


「任せてくれ。射程に入ったな。【引寄アポーツ】【引寄アポーツ】【引寄アポーツ】」


 話をしている間に、【引寄アポーツ】の射程距離に入ったので、奏は全てのゴブリンメイジから杖を奪った。


「奏さん、頑張って下さい! 【防御強化ディフェンスライズ】」


 青い光が、奏を包み込んだ。


「あれ、楓。私は?」


「頑張って」


「うん、頑張る。いや、そうじゃないでしょ!?」


 楓に【防御強化ディフェンスライズ】をかけてもらえず、声援だけ受けた紅葉はノリツッコミを返した。


 しかし、楓はそれをスルーした。


「紅葉お姉ちゃん、ゴブリン来てるよ」


「最近、妹が好きになった姉の同僚ばかり贔屓する件について」


「ゴブゥ!」


「煩い! 【火球ファイアーボール】」


 ボッ! パァァァッ。


 叫びながら突進するゴブリンソルジャーの1体に対し、紅葉は至近距離から【火球ファイアーボール】を放った。


 楓に雑な扱いをされたイライラを、ゴブリンソルジャーに八つ当たりすることで解消しているのだ。


「次よ、次! 【火球ファイアーボール】【火球ファイアーボール】」


 ボッ! ボッ! パァァァッ。


 続けて、倒したゴブリンソルジャーの後ろにいた2体を倒した。


「まだまだぁ! 【火球ファイアーボール】」


 ボッ! パァァァッ。


 これで、紅葉のノルマは残すところゴブリンソルジャー1体だけだ。


「試させてもらうわよ! ポチッとね!」


 グサッ。パァァァッ。


 最後は、ジャンクランスVer.4になって使えるようになったパイルバンカー擬きだ。


 ジャンクランスVer.4の長さが、紅葉の掛け声と同時にスッと伸び、間合いを読み誤っていたゴブリンソルジャーの胸に刺さった。


「フッフッフ。どんなもんよ」


「上出来だろ。【雷撃雨ライトニングレイン】」


 ピカッ、ゴロゴロゴロッ、ズドドドドドォォォォォン! パァァァッ。


 残りの敵は、奏が一瞬にして全滅させた。


 そのすぐ後、神の声が奏達の脳内に聞こえ始めた。


《奏はLv33になりました》


《楓はLv31になりました》


《紅葉はLv27になりました》


《紅葉はLv28になりました》


 そして、敵影が周囲にないのを確認したら、今度は奏がバアルに魔石を吸収させた。


《バアルはLv33になりました》


『もっと強いゴブリンが出てこねーかな。これじゃ、俺様のレベル上げにならねえよ』


「何言ってんだ。まずは、拠点の周囲の安全の確保が先決だ。外の時間は夜なんだ。夜通し探索なんてするつもりはない」


『えぇー、なんでだよ?』


「徹夜なんかしない。夜は寝る」


『・・・そういやそうだった。お前、そういう奴だったわ』


 奏は寝ることが好きだったと思いだし、バアルは無理に探索を促進するのを諦めた。


「奏君、合成して良い?」


「何をって、ああ、杖と剣か」


 奏に訊ねる紅葉の手には、ゴブリンソルジャーの剣があった。


 <廃品回収ジャンク屋>の称号のおかげで、1体分の武器を手に入れていたらしい。


「うん。サブ武器を作るついでに、魔剣を作ってみたいなって」


 オタクの紅葉にとって、ジャンクランスVer.4の強化の方が優先度は高くても、魔剣を作りたいという気持ちは譲れなかったのだ。


 その気持ちに理解を示す奏は、伊達に紅葉からラノベを借りていた訳ではないことがわかる。


「やってみれば?」


「ありがとう、奏君。愛してる! 【再利用リサイクル】」


 サラッと奏を愛してる宣言しつつ、紅葉は地面に並べた素材に【再利用リサイクル】を発動した。


 それによって光が生じ、まとめられた素材が光に包まれた。


 光が収まると、奏達の前に錆びた剣が現れた。


 ゴブリンソルジャーの剣1本と、ゴブリンメイジの杖3本を合成したにもかかわらず、見た目的には錆びた剣ができたのでは、紅葉も両手を上げて喜べはしなかった。


「【自己鑑定ステータス】」


 それでも、合成結果を確かめるまでは諦められないので、紅葉は【自己鑑定ステータス】でできた剣にスキルがないか確認したのだが、紅葉の顔からは哀愁が漂って来た。


「何もなかった。失敗よ。これがホントのジャンクなのね」


「どんまい」


 紅葉の悲しさが理解できたので、奏は紅葉の肩を優しく叩いた。


 その後、しばらく一本道を進んだが、モンスターの姿はなく、戻る時間も考慮して探索は終わった。


 スリープウェルパレスの楓達の部屋に戻り、来ていた服を手洗いしてから、夕食を取ることにした。


 まだ、カセットコンロは使えるので、奏達は温かい食事をとることができた。


 それから、食休み後に順番でシャワーを浴びることになったのだが、今回は楓と紅葉が互いを牽制し合い、奏の順番に乱入することはなかった。


 奏は楓達にとって来客であり、楓達の家に来客用の部屋はない。


 だから、奏が寝る場所はリビングであり、楓と紅葉はそれぞれの自室で寝ることになっている。


 寝る支度を済ませると、奏はリビングに敷いた自分の布団の中にダイブした。


 今日は色々あったので、今すぐにでも寝れる状態だ。


 だが、そこに来客が現れた。


 楓である。


 わざわざ、枕と毛布を持参してきている。


「あ、あの、奏さん」


「ん~?」


 俯せの状態から、仰向けに体の向きを変え、奏は間延びした声で返事をした。


 その声はかなり眠そうであり、楓はのんびりしているとこのまま奏が寝てしまうと理解した。


「あのあの、もし良かったら、一緒に寝てもらえませんか? 体調が戻った今は、昼間のことが怖くて1人じゃ眠れなさそうなんです」


「良いよ~」


「本当ですか!? ありがとうございます!」


 この時、奏に既に判断能力は残ってなかった。


 眠気が奏の身を容赦なく襲っており、どうにか楓に返事をしているだけで、自分が何を言っているのか正直わかってはいない。


 それを理解して、奏の隣にいそいそと横になる楓は、奏に出会った当初と比べられないぐらい積極的になったと言えよう。


 奏は、楓が添い寝した段階で、既に寝息を立てていた。


 そんな奏の寝顔を見て、楓はなんだか微笑ましい気分になった。


 そこに、紅葉がやって来た。


「楓、何やってんのかしら?」


「奏さんに許可は貰ったもん」


「どうせ、スリープモードに入る前の奏君から、強引に許可してもらっただけでしょ?」


「うっ・・・」


 あっさりと見破られ、楓は表情がひきつった。


「フッ、図星ね。甘いわよ、楓。奏君が眠気と戦ってる時は、ぼーっとしてるから自分で何を言ってるか覚えてないもの。その隙を狙うなんて、楓もすっかり悪い女になったわね」


「なんとでも言えば良いの。紅葉お姉ちゃんには渡さないもん」


「ほう、私に喧嘩を売ったわね。ならば買うまでよ」


 そう言うと、紅葉も枕と毛布を持って戻って来た。


 その結果、奏の左右に楓と紅葉が寝て川の字の状態になった。


 楓と紅葉が言い争っていても、奏が起きる気配は全くない。


 そんな奏を見て、夜這いしてもらうことは諦めた2人は、明日に備えるためにどちらも目を閉じて眠ることにした。

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