第24話 ヒャッハー! 穿て私の槍よ!

 自分の体に不自由さを感じ、奏は目を覚ました。


 いつの間にか、横向きに寝ていたらしい奏が見たものは、自分に抱き着いて寝ている楓の姿だった。


 (あれ、なんで楓が俺の布団にいるんだ?)


 昨夜、楓が一緒に寝たいといったことを、奏は全く覚えていないので、奏は静かに驚いた。


 一人暮らしの時は、全く問題なかったのだが、同居させてもらい、尚且つ正面から楓に抱き着かれてしまっている現状は、奏にとって由々しき事態と言えよう。


 それは、男性ならば誰もが経験したことがあるだろう朝立ちである。


 (生理現象とはいえ、今起きられるのはマズいよな)


 奏が冷や汗をかいていると、現実は非常であると悟った。


「むにゅ~、奏しゃん?」


 奏が恐れていた事態が起きてしまった。


 楓が目を覚ましたのである。


 目をこすり、ゆっくりと意識を覚醒していく楓を見て、奏はなんとか楓に抱き着かれた状態から脱出できないかと藻掻いた。


 しかし、奏の桁外れのSTRが、全く役に立たず、楓を振り解くことはできなかった。


 一体、楓のどこにそんな力があったのだろうか?


 楓は意識が完全に覚醒すると、自分の置かれている状況を把握して顔が赤くなった。


「しょ、しょうしゃん、おひゃようぎょじゃいましゅ!」


 ここまで噛むかと思う駄目っぷりだった。


 噛んで余計に恥ずかしくなると、楓の奏を抱きしめる力が強まった。


 それは、楓が奏の体に更に密着するということになり、楓は自分の下腹部のあたりに触れる熱源に気づくこととなった。


「奏さん、もしかして私に・・・」


 ついさっきまで噛み噛みだったくせに、急に普通に喋れるようになるあたり、楓の活舌は楓に都合よくできているのかもしれない。


 その時、楓の言葉が遮られた。


「楓、勘違いよ。それは朝立ち。男性によくある生理現象なの。楓の体にムラムラしてる訳じゃないわ」


「紅葉お姉ちゃん!? いつから!?」


「最初からよ。大学生って、盛るのが早いわね。こんな朝っぱらから発情するなんて。奏君、楓なんてほっといて私を抱きしめて良いんだよ?」


 楓をあり得ないというような目で見つつ、自分も奏に抱き着き始めてるのだから、紅葉は人のことを言えないだろう。


「紅葉、お前も一緒に寝てたのか?」


「ええ。ずっと」


 奏の問いに言葉を返すと、紅葉は奏の耳に息を吹きかけた。


 奏は今、かなり困っている。


 睡眠欲求がずば抜けて強いだけで、奏にも性欲は普通にある。


 そんな奏に、朝から見た目の綺麗な姉妹が前後に抱き着かれては、流石の奏もムラッと来るものがあるのは当然だ。


「鶏ガラボディは離れて」


「ホルスタインこそ離れなさいよ」


 奏を挟んで、楓と紅葉の視線が火花を散らす。


 ぐぅぅぅっ。


 奏の腹から空腹を告げる音が鳴った。


 鶏ガラやホルスタインと聞いて、奏の体が空腹であることを訴えたのだ。


 その音を聞いて、毒気を抜かれてしまい、楓と紅葉は朝の戦いを終えた。


 それから、奏達は起きて朝食を取った。


 朝食は秋山家の冷蔵庫にあったものから作られた。


 一応、それらは奏の【道具箱アイテムボックス】に収納してはいたが、なんとなく早く消費した方が良さそうだと思ったからである。


 朝食を取り終え、身支度を整えると、奏達は探索できる服装に着替え、スリープウェルパレスの外に出た。


 ついでに、奏はスリープウェルパレスも【道具箱アイテムボックス】にしまった。


 万が一、戻るのが億劫になったら、その時は戻らなくても済むようにするためである。


『おい、奏。今日は丸一日探索するんだよな?』


「まあな。外に出たいし、できるだけ探索したいと思ってる」


 奏達の中で、ダンジョンの探索を誰よりも楽しみにしているのはバアルだ。


 探索すれば、間違いなくモンスターに遭遇し、戦闘になるからだ。


 自分が力を取り戻すため、奏に戦ってもらわないといけないバアルは、探索の時間が長ければ長い程早く力を取り戻せる可能性が高い。


 それはともかく、奏達の探索2日目が始まった。


 一本道を進んでいると、昨日最後に戦った場所よりも奥の地点で、奏達は通路いっぱいに広がる敵の大群と遭遇した。


 奏達の目には、どれも皆同じに見えるから、同一種類のゴブリンなのだろう。


『ケケケ。こいつは当たりじゃねえか。ゴブリンアーミーだぜ』


「ゴブリンアーミー?」


『おうよ。個にして群。群にして個のゴブリンだ。こいつらは、ゴブリンランサーが元のようだが、ただゴブリンランサーが群れてるのとは訳が違うから、舐めねえ方が良いぜ』


「よくわかんねえけど、油断しなきゃいい話だ。紅葉、俺が先手を取るから、撃ち漏らしに攻撃頼んだ」


「任せて」


 バアルの説明にピンとこないものの、奏に油断した素振りはなかった。


「【雷撃雨ライトニングレイン】」


 ピカッ、ゴロゴロゴロッ、ズドドドドドォォォォォン! パァァァッ。


 ゴブリンアーミーの中心に、雷の雨が降り注ぎ、一気にその数を1/3まで減らした。


「私の出番もありそうね。【火球ファイアーボール】【火球ファイアーボール】【火球ファイアーボール】」


 ボッ! ボッ! ボッ! パァァァッ。


 楓の攻撃により、手前の3体が倒れた。


「くっ、奏君みたいに広域攻撃ができれば良いのに。【火球ファイアーボール】【火球ファイアーボール】【火球ファイアーボール】」


 ボッ! ボッ! ボッ! パァァァッ。


 愚痴っても、紅葉の倒せるモンスターの数に変わりはなかった。


「紅葉、そろそろMPを温存しとけ。近接戦闘の練習もするぞ」


「はぁ、わかったわよ」


「私の出番ですね。【防御強化ディフェンスライズ】【防御強化ディフェンスライズ】」


 昨日とは違い、楓は奏だけじゃなくて紅葉も強化した。


 というよりも、昨日は2人を連続して強化できるかわからなかったので、とりあえず奏を優先的に強化したのだ。


 奏と紅葉を比較した場合、奏の方が敵からヘイトを稼ぐに決まっているので、楓は紅葉よりも奏を優先したかったのである。


 しかし、今日は事情が違う。


 奏と紅葉の2人が、接近戦をする。


 それなら、まだ試したことはなくても、両方強化しておきたいと思うのが自然だろう。


「じゃあ、やるか。紅葉は無茶すんな。楓、周囲に警戒して待機。どっちかが傷を負ったら回復で」


「了解」


「わかりました」


「「「・・・「「ゴブゥゥゥッ!」」・・・」」」


 【雷撃雨ライトニングレイン】と【火球ファイアーボール】により、数はかなり減ったが、それでも20体は残っている。


 残ったゴブリンアーミーが通路いっぱいに広がって隊列を組み、手に持った槍を突き出して突撃を始めた。


「【引寄アポーツ】【引寄アポーツ】【引寄アポーツ】【引寄アポーツ】【引寄アポーツ】」


 最前列の敵から、奏は【引寄アポーツ】を連続で使って武器を奪った。


 走り出し、後ろからも味方がその後を追走しているため、最前列の5体は止まることができない。


 だから、その5体は武器を持たないままタックルの体勢になった。


「ヒャッハー! 穿て私の槍よ!」


 グサッ。ドササササッ。パァァァッ。


 紅葉のパイルバンカー擬きが炸裂し、縦一列が消えた。


 だが、その代償で伸びきってしまったジャンクランスVer.4を元に戻すには、クールタイムが必要である。


 切り札を初っ端で使ってしまった紅葉を、生き残った敵が狙わないはずがなかった。


「世紀末は良いが、隙だらけじゃねえか! 【聖撃ホーリースマイト】」


 ドゴン! ドガッ! パァァァッ。


 奏が殴った戦闘の敵が、その後ろにいた者達をまとめて倒した。


「まだだ! 【火球ファイアーボール】【火球ファイアーボール】【火球ファイアーボール】」


 ボン! ボン! ボン! パァァァッ。


 紅葉の【火球ファイアーボール】よりも威力が強く、3回で残りを全滅させてしまった。


 魔法系スキルの威力は、INTの数値に依存する。


 紅葉よりも高いINTの数値の奏が使えば、【火球ファイアーボール】だって複数の敵を倒せるのだ。


《奏はLv34になりました》


《奏はLv35になりました》


《楓はLv32になりました》


《楓はLv33になりました》


《紅葉はLv29になりました》


《紅葉はLv30になりました。特典として、紅葉は【賽子弱化ダイスダウン】を会得しました。》


《紅葉の【自己鑑定ステータス】が、【分析アナライズ】に上書きされました》


《紅葉の職業が、今までの経験により”賭博師ギャンブラー”になりました》


《紅葉の【再利用リサイクル】が、【賭合成ベットシンセシス】に上書きされました》


 ついに、紅葉もLv30に到達し、職業を手に入れた。


 紅葉の変化を確かめたいところだったが、バアルが奏を催促した。


『おい、奏! 先に魔石だ! マテリアルカードもあるぞ!』


「はいはい」


 急かされた奏は、バアルを散らばる魔石に近づけ、次々に吸収させていく。


 シュゥゥゥッ。


《バアルはLv34になりました》


《バアルはLv35になりました》


《バアルの【火球ファイアーボール】が、【聖火ホーリーファイア】に上書きされました》


「あれ、【火球ファイアーボール】は3回しか使ってないぞ? もう上書きされるのか?」


『そりゃ、奏の職業がそうさせたんだろうぜ。強くなる分には良いじゃねえか』


「まあな」


『それに、【聖火ホーリーファイア】の方が強くて攻撃範囲も広いし、モンスター避けにもなるんだぜ』


「そりゃありがたい。で、マテリアルカードは何が手に入ったんだ? たくさんの石?」


 拾い上げたマテリアルカードには、硬そうな石がたくさん描かれていた。


『そりゃ砥石だな。ゴブリンアーミーの数だけの砥石だ』


「バアルは砥がなくても良いんだろ?」


『おうよ。俺様は、魔石があれば最適化されるぜ』


「じゃあ、今は大した使い道はなさそうだ」


 推定60個はある砥石のカードを、奏はさっさと胸ポケットにしまった。


 そろそろ、紅葉に構わないと、折角色々強くなったのに注目してもらえなくて拗ねてしまうからだ。


 奏の視線が自分に移ると、紅葉は待ってましたと笑みを浮かべた。

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