第19話 俺、スキルに甘やかされてる気がする

 バックヤードの商品も含め、回収作業に従事すること2時間、スーパーに残っている物は、全て奏の【道具箱アイテムボックス】に収納された。


 だが、奏達は純粋に喜ぶことができなかった。


「うぅっ・・・」


「楓、大丈夫か?」


「(フルフル)」


 楓は言葉が出せず、首を横に振ることで気分が悪いことを奏に伝えた。


 そんな楓を見て、奏は優しく楓の背中を叩いた。


 楓が気分を悪くしたのは、スーパーの中で死体を見つけてしまったからだ。


 奏達が入った出入口とは反対の出入口の方に、その死体は転がっていた。


 スーパーの外にいたグレーウルフ達に襲われたのか、食い散らかされて原形は留められておらず、直視するのは辛いものがあった。


 それを最初に見つけたのが楓で、その時から楓は気分が悪くなってしまっているのだ。


 紅葉の場合は、姉妹でもグロ耐性があったらしく、気持ちが悪くて動けなくなるまでには至らなかったが、少なくとも良い気分ではなかった。


 地方出身で、祖父に狩りに連れ出された経験のある奏は、獣に食われた人の死体を見たことがあったので、この中の誰よりも死体に慣れていた。


 だから、まだ心に余裕があり、楓を気遣うことができたのである。


「楓、いつまでもここにいられないんだ。血の臭いを嗅いで、モンスターが寄って来る可能性がある」


「(コクッ)」


 グレーウルフの群れを倒してから、スーパーにモンスターは近づいていない。


 だが、それを根拠にずっとスーパーに滞在し続ける訳にもいかないので、奏は楓の体を持ち上げた。


「気分の悪い中すまないが、運ばせてもらうぞ」


「ふぇ?」


 気分の悪い楓だったが、奏にお姫様抱っこをされた瞬間、その気分の悪さはかなりマシに感じられた。


 奏の体にぴったりとくっつき、奏の心臓の音が聞こえて落ち着きを取り戻したからだ。


 バアルは今、楓をお姫様抱っこするために消している。


 つまり、奏は丸腰の状況ということだ。


「紅葉、見ての通り、俺は手を離せない。無駄な戦闘を避け、家に戻るぞ」


「わかったわ」


 流石に、楓の気分が悪い時まで、奏にお姫様抱っこされたことで妬みを口にすることはなく、紅葉は素直に頷いた。


 スーパーを出て15分、幸いなことにモンスターと遭遇せず、スリープウェルパレスまで移動できた。


 奏に抱っこされていることで、楓の気分も回復し、奏や紅葉の言葉にも普通に返事ができるぐらいにはなった。


 しかし、スリープウェルパレスの前には、奏達を待ち構えている集団がいた。


「ゴブリンか。いや、今までのよりも強そうだ」


「奏君、どうする?」


「やるしかないだろ。楓、立てるか?」


「大丈夫です。立てます」


「そうよね。奏君の匂いを堪能するぐらいの余裕はあったもんね」


「紅葉お姉ちゃん!?」


 ニヤニヤする紅葉を見て、自分のしていたことがバレたと悟り、楓の顔は真っ赤になった。


 奏はそれには触れず、楓をゆっくりと地面に降ろすと、バアルを呼び出した。


 シュイン。


「バアル、あのゴブリン達はなんだ?」


『ゴブリンジェネラルにゴブリンナイト、ゴブリンプリーストだぜ。奴ら、完全に奏達を敵視してるじゃねえか』


 バアルはそう言いつつも、言葉の調子が嬉しそうだった。


 その一方、奏はげんなりしていた。


 何故なら、バアルが知らせた3種類のゴブリンの集団が、10体を超えていたからだ。


 ゴブリンナイトは、ナイトと言いつつ革鎧を身に着け、錆びた剣と盾を装備している。


 ゴブリンプリーストは、襤褸布をローブのように纏い、古ぼけた木のメイスを装備している。


 ゴブリンジェネラルは、胸の部分だけ鉄で覆われた革鎧を身に着け、錆びた大剣を握っている。


 ゴブリンジェネラルの両脇に、ゴブリンプリーストが1体ずつ、ゴブリンナイトがその3体の前に10体横一列に並んでいる。


 (ゴブリンとはいえ、油断してやられたらマズい。目立っても最大の攻撃を使うか)


 覚悟を決めると、奏はバアルを構える。


「紅葉、楓の護衛を頼む。俺は1発撃ったら、前に出る」


「わかったわ」


「奏さん、無茶しないで下さいね?」


「努力する。【雷撃雨ライトニングレイン】」


 ピカッ、ゴロゴロゴロッ、ズドドドドドォォォォォン! パァァァッ。


「「「えっ?」」」


 ゴブリンジェネラル達は、【雷撃ライトニング】がいくつも降る【雷撃雨ライトニングレイン】により、一掃されてしまった。


 この場にいた誰もが、一撃で倒せるとは思っていなかったため、3人ともキョトンとしてしまった。


 そこに、戦闘の終わりを告げる神の声が聞こえ始めた。


《奏はLv29になりました》


《奏はLv30になりました。特典として、奏は【引寄アポーツ】を会得しました。》


《奏の【自己鑑定ステータス】が、【分析アナライズ】に上書きされました》


《おめでとうございます。個体名:高城奏が、世界で初めてLv30に到達しました。これより、Lv30以上のヒューマンに職業制度が解禁されます》


《奏の職業が、今までの経験により”退魔師エクソシスト”になりました》


《奏の【怪力打撃パワーストライク】が、【聖撃ホーリースマイト】に上書きされました》


《楓はLv26になりました》


《楓はLv27になりました》


《楓はLv28になりました》


《紅葉はLv19になりました》


《紅葉はLv20になりました》


《紅葉はLv21になりました》


《紅葉はLv22になりました》


《紅葉はLv23になりました》


 怒涛のリザルトラッシュだった。


 その中で、奏はいくつか気になる所があったので、バアルに訊ねることにした。


「バアル、Lv30って節目なのか?」


『正解だぜ。Lv30になると、どのヒューマンも【自己鑑定ステータス】が【分析アナライズ】に変わり、2つ目のスキルを会得するんだ』


「【分析アナライズ】を使っても、MP消費はないの?」


『ないぜ。それとな、【分析アナライズ】は自分以外のデータも見られるようになる。すげーだろ?』


「便利だな」


 今までは、自分のデータを確認することしかできなかったが、これからは他人のデータも閲覧できる。


 それは、楓や紅葉の状況をいつでも把握できることに他ならない。


 戦闘中、楓と紅葉のHPやMPを管理できるのは、奏にとってありがたいことだった。


「【引寄アポーツ】の効果は?」


『消費したMP量に応じて、離れた所にある物体を瞬時に引き寄せられるぜ。ただし、引き寄せられるのは視界にある物体だけだがな』


「俺、スキルに甘やかされてる気がする」


『確かにな。寝て回復したり、その場にいながら物を引き寄せるとか、堕落しそうなスキルだらけだ』


 どちらのスキルも、戦闘向きではないかもしれないが、それでも日常生活においては十分役に立つものばかりだ。


 自分が神の声の主に贔屓されているんじゃないかと、奏が疑問に思うのもおかしくないだろう。


「まあ、それは置いといて、職業制度ってなんだ?」


『神の声にも合った通り、そいつの経験から適性のある職業に任命される。奏の場合、ダンジョンでデビルアイを倒したから、”退魔師エクソシスト”にレアな職業になれたんだ。あの道をナビした俺様に感謝しな』


「そのせいで、楓にかなり心配かけたから、感謝とチャラだな」


『楓嬢ちゃんだって、俺様のルート選びがあったからこそ、今ここにいるってこと忘れてねえか?』


 どうしても、自分の功績であると主張したいらしいバアルは、奏がこの場で否定できない質問をした。


 ここで頷くと、バアルの思う通りで癪だと思い、奏は軽くあしらうことにした。


「はいはい、そうだな。で、”退魔師エクソシスト”にはどんな効果が?」


『もうちょっと敬意を示そうぜ? まあ、良いけどよ。”退魔師エクソシスト”ってのは、神の力を借りて魔を祓う者だ。神器となった神に興味を持たれ、悪魔系モンスター、アンデッド系モンスターと対峙した時は、全能力値が2倍になるんだぜ』


「おい、待て。バアル以外にも、神器になった神がいるってのか?」


『いると思うぜ。どこにいるかは知らねえがな。俺様もそうだが、神だった頃と比べて遥かにパワーダウンしてるから、感知できねえ』


 更なる厄介事が、自分の身に降りかかって来そうな予感がしたが、奏はそれを今は考えないことにした。


「最後だ。【聖撃ホーリースマイト】ってのはどんなスキルだ?」


『神聖な光を帯びた鈍器で、相手を殴るスキルだ。威力的には、【怪力打撃パワーストライク】と変わらんが、モンスターがその光のせいで動きが鈍る。これは、お前にもっと戦えという神のお告げだ』


「お前も神だろ、元は」


『違いない。俺様の意思でもあるしな』


 まだ戦うのかと思うと、うんざりした気持ちになったが、奏は話を打ち切って落ちた魔石をバアルに吸収させることにした。

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