第17話 ・・・心無い貧乳め

 奏としては、このまま一眠りしたいところではあるものの、楓と紅葉が外に出るべきと口を揃えるならば、それを無視する訳にはいかない。


 バアルの場合、訊けば必ず戦う方向に話を持っていこうとするから、奏は当てにしていない。


「スーパーに行くべきだと思います。多分、動ける人は食料品や日用品の回収に向かっているはずです」


「そうね。ゾンビが出る作品なら、スーパーやホームセンター、ショッピングモールに行くわよね」


「コンビニで回収した物だけじゃ、早い段階で物資が尽きるか」


「えっ、ちょっと待って。奏君、コンビニでどれぐらい回収したの?」


 奏の発言に引っかかり、紅葉が待ったをかけた。


「どれぐらいって、全部だよ。店を空にする勢いかな。だよな、楓?」


「そうですね。私達が出る時には、商品が何もありませんでした」


「・・・奏君の【道具箱アイテムボックス】について、きちんと教えて。容量は? 時間経過は?」


「バアル、どうなんだ?」


 【道具箱アイテムボックス】は奏のスキルじゃなくて、あくまでバアルのスキルなので、奏はバアルに説明するように促した。


『おう。今の奏なら、東京ドームだって収納できるぜ。それと、スキルで生じたあ空間の中は、完全に時間が止まってるから、生物は入れらんねえよ』


「今更だけど、バアルってチートなのね」


『俺様は神だからな! 普通とは違うんだよ、普通とは!』


 紅葉に感心した表情を向けられ、バアルは調子に乗った。


「煩い」


 シュイン。


 調子に乗ったバアルが騒がしいので、奏はバアルを消した。


「奏君、なんだか主人公みたいね」


「それはない。俺のスキル、【中級回復ミドルスリープ】だし」


「アハハ、奏君らしいわね」


「わ、私も奏さんにピッタリで良いと思います」


 紅葉に奏を語られたことで、ムキになった楓が紅葉に張り合った。


「俺のスキルは置いといて、結局どこに行くつもりだ?」


「近所のスーパーから回ってみましょう。ホームセンターは、この近くにないし」


「わかった。それと、気になってたんだが、このマンションの他の住人はどうした?」


 行き先が決まり、首を縦に振った奏は、この部屋に来るまで全く音がしなかったことが気になり、紅葉に訊ねた。


「今日はね、このマンションの住人限定で、スリープウェル社が所有するロッジで、BBQが予定されてたの。私は会社、楓はバイトだから参加してないけど、他は全員参加だったから、楓がバイトに出かけてすぐに、集合してバスで移動したはず。どうなったかまでは、私にもわからないわ」


「土曜日も働く社畜が救われて、休む人が被害に遭ったか」


「皮肉なものよね。神様が運の帳尻を合わせたとでも言うのかしら?」


 シュイン。


『呼んだか?』


「呼んでねえ。引っ込んでろ」


 シュイン。


 神と聞いて、期待した声で現れたバアルを、奏はノータイムで引っ込めた。


 バアルのせいで、シリアスな雰囲気が台無しである。


 なんとも言えない空気を打ち破ったのは、楓だった。


「そうだ。奏さん、外に行くなら、紅葉お姉ちゃんもパーティーに入れた方が良いですよね?」


「そうだな。最悪、紅葉が何もできなかったとしても、レベル上げできるし」


「えっ、レベル上げって寄生ありなの!?」


 あらゆるラノベを読んだ紅葉だからこそ、レベル上げのパターンをいくつも想定していたのだが、寄生できると聞いて驚きを隠せなかった。


「ありだよ。私だって、【回復ヒール】しか使えないから、基本は後ろで待機してるの。でもね、すっごく申し訳ないの」


 そう言いながら、楓の表情はどんどん申し訳なさそうになっていった。


「気にするな。楓がいるおかげで、多少の無茶ができるんだ。それに、コンビニでも言ったが、俺がお前を守ると約束したんだから、おとなしく守られてろ」


「奏さん・・・」


「何この甘い展開。くっ、私のいないところで何があったのよ」


 奏に抱き着く楓を見て、その展開についていけていない自分を恨む紅葉だった。


 それから、紅葉のレベルが上がるように、奏は紅葉もパーティーに入れ、奏達は探索用の服に各々着替えた。


 奏の迷彩服一式は洗濯中のため、奏はジャケットにシャツ、ジーパンにシューズという見た目になった。


 楓や紅葉は、ヒラヒラした服を避け、機動性の高いシャツやズボンを選んだ。


 準備が整ったので、奏達はスリープウェルパレスを出発し、一番近いスーパーに向かった。


 しかし、スリープウェルパレスを出て1分もかからず、バアルが奏の手の中に現れた。


 シュイン。


『おい、奏。ゴブリン共の集団とぶつかるぜ』


「数はわかるか?」


『楓嬢ちゃんの家の前にいた奴らの倍はいるぜ』


「・・・20体はいるってことか」


 面倒そうな顔で、奏はバアルを構えた。


 すると、奏達の前方に各種ゴブリンの混成集団が現れた。


 その内訳は、ゴブリンタンク10体、ゴブリンランサーとゴブリンメイジが5体ずつだった。


「先手は任せろ。【竜巻トルネード】」


 ビュオォォォォッ!


「「「・・「「ゴブゥゥゥゥゥッ!?」」・・・」」」


 パァァァッ。


 各種ゴブリンの混成集団の足元から、竜巻が発生してそれらを渦に巻き込みながら空中へと打ち上げた。


 その際、5体のゴブリンタンクが盾を、3体のゴブリンランサーが槍を、2体のゴブリンメイジが杖を手から離してしまった。


 それらは所有権を放棄したものとみなされるらしく、HPを全損したゴブリン達と一緒に消えることはなかった。


「ラッキー! 合成素材ゲットよ!」


《奏はLv25になりました》


《奏はLv26になりました》


《奏はLv27になりました》


《楓はLv22になりました》


《楓はLv23になりました》


《楓はLv24になりました》


《紅葉はLv13になりました》


《紅葉はLv14になりました》


《紅葉はLv15になりました》


《紅葉はLv16になりました》


《紅葉はLv17になりました》


《紅葉はLv18になりました》


 紅葉が喜びの声を上げたすぐ後に、神の声が奏達のレベルアップを知らせた。


『奏、見ろよ! モンスターカードがあるぜ! しかも2枚! 早く喰わせてくれ!』


 バアルも、久しぶりにモンスターカードが出現したことで、テンションが急上昇している。


 シュゥゥゥッ。


《バアルはLv25になりました》


《バアルはLv26になりました》


《バアルはLv27になりました》


《バアルは【守護移動ガードムーブ】を会得しました》


《バアルは【火球ファイアーボール】を会得しました》


『悪くねえ! こいつは悪くねえぞ!』


 スキル2つが追加され、バアルはご機嫌だった。


「バアル、【火球ファイアーボール】は想像できるが、【守護移動ガードムーブ】ってなんだ?」


『パーティーメンバーが攻撃を受けそうな時、そいつと敵の間に瞬時に移動するぜ。つまり、楓嬢ちゃんが狙われてても、このスキルさえありゃ、すぐに助けられるってこった』


「そりゃ便利だな」


 奏と楓、もしくは紅葉の距離が離れているタイミングで、楓達が狙われていた時、どうしても防御が追い付かない。


 それが心配だったものの、何も手を打てていなかったのだが、その悩みは【守護移動ガードムーブ】のおかげで解決した。


「奏さん、【守護移動ガードムーブ】を会得したからって、無茶しないで下さいね?」


「努力はする。でも、楓がダメージを受けるよりも、俺がダメージを受けた方がずっとマシだ」


「ズルいですよ、奏さん・・・」


 奏に守ってもらうことが、楓に足を引っ張っていることを自覚させるの。


 それでも、好きになった男性に守ってもらえるのは、女性としては嬉しいので、楓は厳しく言えずに顔を赤くした。


「楓、奏君が言ってるのはそういうことじゃないから。ヒーラーとして、替えが効かないから守るってことだから」


「・・・心無い貧乳め」


「楓、毒を吐くようになったわね。それを言ったら戦争よ?」


 水を差す紅葉の発言に、ボソッと楓が毒づくが、紅葉はそれを聞き洩らさない。


 外で喧嘩を始められたら、その騒がしさでモンスターを呼び寄せかねない。


 だから、奏は2人の仲裁に入った。


「落ち着け、2人とも。モンスターがいる外で、言い争いをしてる場合じゃないだろ?」


「ごめんなさい」


「はーい」


 奏に注意され、楓はシュンと落ち込み、紅葉もばつが悪そうな表情になった。


「楓も紅葉も、ヤバかったら俺を呼べ。役割がどうとかじゃなくて、俺はいつでも守るつもりだから」


「はぅっ・・・」


「うっ・・・」


 パーティー内の空気が悪くならないように、奏は気の利いた言葉を口にしようとしたのだが、その結果は楓と紅葉を赤面させることになった。


『こいつ、本当に天然か? わざとなんじゃね?』


 歯の浮くようなセリフを口にした奏を見て、バアルは溜息をついた。

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