第14話 あれ、私がアウェーなの? 我が家なのに?

 2階に上がり、奏達は202号室の前に到着した。


 スリープウェルパレスの中は、物音が全くせず、廊下には誰も出ていなかった。


「それじゃあ、開けますね?」


「ああ」


 奏が頷くと、楓は鞄から家の鍵を取り出し、そのまま鍵穴へと差し込んだ。


 鍵が開いた音がしたということは、誰かに押し入られたことはないことを示している。


 楓はドアのレバーを引くと、そこには楓と紅葉の靴がいくつか並べられているだけで、靴箱の上には造花が飾られていた。


「奏さん、狭い所ですみませんが、どうぞ入って下さい」


「おじゃまするよ」


『じゃまするぜ』


 楓の後に続き、奏は靴を脱いで楓の家に上がった。


 楓が家に帰ってきて、まず最初に向かったのはリビングである。


 家に上げたとはいえ、奏に自分の部屋をいきなりみられるのは恥ずかしかったからだ。


 それに、紅葉がリビングで寝ている可能性もあった。


 紅葉は度々、深夜遅くに帰宅してから、リビングのソファーに倒れこんでそのまま眠ってしまうのだ。


 楓がバイトに行く時も、記憶が確かならリビングで寝ていた。


 だから、紅葉の部屋ではなく、リビングにいるだろうと楓は推測した。


 それゆえ、紅葉の無事を確認したいなら、真っ先にリビングに行くべきなのだ。


 廊下からリビングに繋がるドアを開けると、そこにはうつぶせで倒れている紅葉の姿があった。


「紅葉お姉ちゃん!?」


 ソファーではなく、リビングの床で寝ているので、楓は血相を変えて紅葉に駆け寄った。


 その後に続き、奏も紅葉に駆け寄ったが、倒れている紅葉の近くに落ちている黒い棍棒が気になった。


『こいつ、面白いな。俺の勘が正しけりゃ、かなりユニークなスキルを持ってるぜ』


「バアルさん、そんなこと言ってる場合じゃないです! 【回復ヒール】」


 ムッとした表情でバアルを一瞥すると、楓は紅葉に【回復ヒール】をかけた。


 しかし、紅葉が回復している様子はなかった。


 それを見て、バアルは状況を把握した。


『まあ待てって、楓嬢ちゃん。楓嬢ちゃんの姉ちゃんはな、MP切れで気を失ってるだけだ』


「「MP切れ?」」


 奏と楓の反応がシンクロした。


 ダンジョンからここに来るまで、1回もMP切れになったことがなかったため、すぐにはピンとこなかったのである。


『おうよ。そこの姉ちゃんはな、隣に落ちてる棍棒をスキルで作って、MPが切れて気を失っちまったんだよ。だから、怪我をしてねえし、【回復ヒール】が効かなかったんだ』


「棍棒を作る? 前に言ってた【鍛冶ブラックスミス】なのか?」


『違う。そんな真っ当なスキルじゃねえよ。この姉ちゃんのスキルは、十中八九【再利用リサイクル】だ』


「【再利用リサイクル】? それって、生産系のスキルに当て嵌まんの?」


 自分の抱く再利用リサイクルという言葉のイメージに、奏は純粋な生産系スキルのイメージと合致させられなかった。


 奏と同感らしく、楓もその隣でうんうんと首を縦に振っている。


『生産系スキルの中でも、こいつは癖が強い。だってよ、廃棄物ゴミとモンスターから剥ぎ取った武器、魔石の3種類だけで合成して物を作るスキルなんだぜ』


 それはつまり、紅葉がマテリアルカードで手に入るミスリルを何かに加工できないことを意味している。


 何故なら、ミスリルは廃棄物ゴミじゃないからだ。


 仮に、モンスターから剥ぎ取った武器が、ミスリル製じゃなきゃ、紅葉がミスリルを加工することはできないということだ。


「うんにゃ・・・」


 奏達が近くで喋っていたせいか、紅葉はゆっくりと目を覚ました。


 それに気づいた楓が、紅葉の体を反転させ、貌を覗き込んだ。


「紅葉お姉ちゃん、大丈夫?」


「・・・楓? 無事だったの!?」


 ゴン!


「「痛っ!」」


 ガバッと音を立てて起き上がろうとしたせいで、紅葉は楓と思い切り頭をぶつけた。


「何やってんだよ・・・」


 寝起き早々、頭をぶつけて痛がっている紅葉を見て、奏は呆れた表情になった。


「【回復ヒール】【回復ヒール】」


 頭の痛みをなくすため、楓は連続して【回復ヒール】と唱えた。


 そのおかげで、楓も紅葉も頭の痛みからはすぐに解放された。


「・・・ちょっと待って。楓、ヒーラーなの!? 聖女様ポジションなの!?」


 痛みから解放された紅葉は、楓が【回復ヒール】を使ったことに反応し、楓の両肩をガシッと掴んだ。


「紅葉お姉ちゃん、落ち着いて」


「そうだぞ、秋山。お前、テンション上げ過ぎ」


「・・・やっぱり、さっきの声、奏君のだったんだ。というか、なんで奏君が私達の家にいるのかしら?」


 普通、知り合いだとしても、起き掛けに家族でも恋人でもない人がいれば、驚くところなのだが、紅葉は冷静だった。


「紅葉お姉ちゃん、奏さんは私の命の恩人だよ。ダンジョンから生還できたのは、奏さんのおかげなの」


「ダンジョン・・・、だと・・・?」


 その反応は、オタクのノリノリなものだった。


「おい、秋山。大事な妹よりも自分の趣味に反応してんじゃねえ」


「オホン。無事で良かったわ、楓」


「フン。紅葉お姉ちゃんの馬鹿」


 そう言うと、楓は奏の後ろに隠れた。


「嘘でしょ? その体型のせいでからかわれ、男嫌いだった楓が奏君にべったり? 奏君、いったい何をしたの? いや、待って。何も言わなくていいわ。どうせ、いつも通りの天然だろうから」


 職場での振る舞いから、すぐに奏がどうして楓に気に入られたのか思い当たり、紅葉は奏への質問を取り下げた。


「天然ってなぁ、一体俺のどこが?」


「わからないなら良いわ」


『おい、奏。そろそろ、俺様のことも紹介してくれや』


「キタァァァ! バールのようなものが喋ったぁぁぁっ!」


 バアルが退屈し、うっかり喋ってしまったせいで、紅葉のテンションが急上昇した。


『おい、姉ちゃん。俺様はバールのようなものじゃねえぞ。俺様はバアル。神だ。残念ながら、今は力を失って神器バールになっちまったがな』


「元々は神だったけど、戦いに負けたか何かで、力を失ってインテリジェンスウエポンになったのね。わかるわ」


『・・・おい、奏。この姉ちゃんヤベえ。説明してねえのに、大体合ってやがる』


「秋山がヤバいのは、俺が知り合ってからずっとだ」


「違いますよ。紅葉お姉ちゃんがヤバいのは、私が物心ついた時からです」


「あれ、私がアウェーなの? 我が家なのに?」


 バアルが紅葉をヤバい奴認定すると、奏と楓は同感であると頷いた。


 紅葉がアウェーなことについては、誰も触れようとはしなかった。


「それよりも、秋山が気絶してた理由を確認したい。お前、そこに落ちてる棍棒を作って気を失ったのか?」


「あら、奏君。楓を名前呼びするんなら、私のことも紅葉って呼んでよ」


「はぁ、わかった。紅葉、答えてくれ」


「うぅっ、これが奏君なのよね。照れたりせず、サラッと呼び捨てにするの」


「何言ってんだよ? 呼べって言ったのは、紅葉の方だろ?」


「むぅ、奏さん、紅葉お姉ちゃんと仲良しなんですね?」


 自分が奏に対し、なかなか積極的なアプローチができない中、簡単に距離を詰める紅葉を見て、楓は頬を膨らませた。


「そんなことないぞ? こいつは、俺が会社で休み時間に寝ようとしてると、邪魔してラノベを読ませたり、感想を言い合うことを強制して来るだけだ」


「だって、奏君が会社で寝ちゃうと、ちょっとやそっとじゃ起きないんだもの。それに、私とオタク談義できる人って、あの会社に奏君以外いないし」


「な? 楓、今の言い草を聞いただろ? 紅葉は俺とオタク談義をするために、俺の貴重な睡眠時間を潰そうとするんだ」


 困ったものだと言わんばかりの奏に対し、楓は真剣な表情で首を横に振った。


「奏さん、紅葉お姉ちゃんはオタバレを気にしてますから、この人なら大丈夫って人にしか、オタク談義をしません。私なら、奏さんをゆっくりと寝かせてあげますよ?」


「ほほう、楓。それは、私に対する宣戦布告と捉えて良いのね?」


「紅葉お姉ちゃんが相手でも、奏さんは渡さないよ」


「上等だわ。楓が相手でも、負けないから」


 今の今まで、奏に対して奥手な対応しかできなかったのに、紅葉に奪われてしまうかもと思った途端、楓は覚悟を決めて攻めに出た。


 紅葉は、そんな楓の姿を見てからかいたくなって、張り合うようなことを口にした。


「奏さん、私の体の方が、抱き心地良いですよ。お姉ちゃん、ぺったんこですから」


「OK、その喧嘩、言い値で買ったわ。楓は今、口にしちゃいけないことを言ったわ」


「なあ、悪いんだけど、シャワー借りても良い? 戦闘ばっかで汗かいちゃってさ」


「「・・・」」


 衝突する3秒前というその時、奏が空気を読まない発言をしたせいで、姉妹の喧嘩は未然に防がれた。


 毒気を抜かれ、キョトンとした楓だったが、すぐに正気に戻って奏に洗面所に案内した。


 楓の頭の中には、既に次の手が考えられていた。

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