第2章 壊れゆく世界
第11話 俺が女だったら、間違いなく部屋を借りた
光が収まると、奏達はダンジョンの外にいた。
空は朝のはずなのに、一面の暗雲のせいで夜と勘違いするような暗さだった。
「く、暗いですね」
「そうだな。まだ、午前8時だろ? それなのにこんな暗いなら、寝るしかないよな」
「奏さん、こんな所で寝ちゃだめですよ!?」
「・・・冗談だって。半分ぐらい」
「それ、半分本気ですよね?」
『しょうがねえだろ? こいつはな、睡眠に対して異様に執着してやがるんだ』
「そ、そうなんですね」
バアルに説明され、奏にそんな拘りがあったのかと楓は意外だと感じていた。
「まあ、こんな危ねえところじゃ寝ないさ。なんだよこれ、瓦礫だらけじゃねえか」
「酷い有様ですよね。ここ、どこなんでしょう?」
「おっ、あそこのフランスカラーの瓦礫の色、なんか見覚えあるぞ。あぁ、駅前のパン屋じゃね?」
「駅前のパン屋さんって、もしかしてジャルダンですか?」
「楓、知ってたの?」
「奏さんこそ、知ってたんですね。あの、奏さんも秋葉原の近くに住んでるんですか?」
「まあね。俺もってことは、楓も秋山と一緒に秋葉原に住んでるのか?」
「はい。紅葉お姉ちゃんの会社が上野ですし、趣味が趣味なんで住むなら秋葉原一択だって押し切られました」
最寄り駅が同じであることに、奏と楓が気づいた瞬間だった。
「秋山らしいな。それより、スマホは繋がるか? ダンジョンじゃ電波がつながらなかったが、地上に出たんだ。色々荒れてるが、まだつながる可能性があるんじゃないの?」
「そうでした! 紅葉お姉ちゃんに連絡してみます!」
奏に指摘され、楓は鞄からスマホを取り出し、紅葉に電話した。
スマホを耳に当て、緊張した表情で電話が繋がるのを待つ楓だったが、残念ながら電話は繋がらなかった。
呼び出し音は聞こえるが、ずっとそれが続くだけなのだ。
しばらく待っても、その結果が変わらなかったので、楓は切話した。
奏も、スマホから視線を楓に移した。
「・・・駄目でした」
「やっぱりか。俺もメッセージを送ろうとしたが、ずっと送信中のまま動かない」
「電波がないってことじゃなさそうですけど、周囲にいる人達が、一斉に電話やメッセージを送ったせいで、通信環境が局地的に悪化してるんでしょうか?」
「そうかもしれん。楓、自分の家までの道はわかる?」
「瓦礫のある場所が、元々の建物の成れの果てなら、わかると思います」
楓の言葉の裏には、ダンジョン騒ぎで地形が変わっていたとしたら、もう道がわからないという意味が含まれていた。
実際、ダンジョンの外はかなり酷い荒れようである。
そもそも、奏の家の周囲だって、本来ならダンジョンの中に取り込まれていてもおかしくはなかった。
それなのに、奏の家はすっぽりと一方通行の通路に収まっていた。
その上、楓のバイト先のコンビニだって、崩れてはいなかったが窓ガラスはすべて割れており、周囲の建物はその姿がなくなっていた。
であれば、今の地上だって、今まで通りの地図に一致するとは考えにくい。
「おい、バアル。お前にはわかるか? 知識が豊富なんだし、どこに楓の家があるか突き止められねえの?」
『おいおい、俺様だってなんでもは知らねえよ。知ってることだけだ』
バアルの返答は、尤もだと言えよう。
「しょうがない。楓、パン屋の瓦礫を目印にして、ひとまず楓の家を探すぞ。楓の家は、マンションか?」
「はい、マンションです。オートロックで、耐震工事もしっかりしてるので、女性に人気の物件ですよ。スリープウェルパレスって言うんですけど、知ってますか?」
「えっ、あそこに住んでんの!?」
「奏さん、知ってるんですか?」
「俺が女だったら、間違いなく部屋を借りた」
「え? ・・・あぁ、そういうことですね。スリープウェル社の寝具を無料でレンタルできますもんね」
「その通り。俺、あそこの10万の枕を買ったばっかだったんだ」
スリープウェルパレスとは、奏が買った枕のメーカーがオーナーのマンションだ。
このマンションでは、スリープウェル社の寝具で、いかに安心してぐっすりと眠ってもらえるかを体験できるようになっている。
寝具を無料でレンタルできる権利だけでは、客寄せにならない。
だから、若い女性が一人暮らし、もしくは姉妹で住んだり、シェアハウスとして住むのに適した設備になっている。
その結果、若い女性がスリープウェルパレスに殺到し、男性はそこに入り込む余地がなかった。
それは、寝ることが大好きな奏も例外ではなかった。
まあ、奏には両親が遺した一軒家があるので、マンションとは違って好き勝手に内装を弄れることもあり、それほど残念がってはいなかったのだが。
「10万円の枕ですか。社会人ってすごいですね」
「俺の場合、睡眠に金をかけてるからな。というか、社畜なんて家と会社の往復だから、寝ることぐらいしか楽しみがない」
「・・・そんな悲しい現実、聞きたくなかったです」
遠い目をする奏を見て、楓は大人になることの辛さをひしひしと感じた。
「でもよ、秋山はどうなんだ? あいつも帰るのが遅いだろうし、家を出るのも早いんじゃねえの?」
「そうですね。でも、紅葉お姉ちゃんは、秋葉原に住んでることが楽しいみたいですし、暇さえあれば漫画にラノベ、ゲーム三昧ですよ」
「秋山らしいな。あいつなら、案外この状況でラノベ読んでるかも」
「そんなことは・・・、ないとは言えない自分がいますね。とりあえず、行きましょう」
話を一旦中断し、奏達は歩き出した。
瓦礫の色合いや特徴から、どこのどんな建物なのか推測しつつ、慎重に進んでいる。
幸い、奏の家の付近とは異なり、建物が瓦礫になったこと以外で地形は変わっていないらしかった。
『おっと、ようやくおでましか。奏、楓嬢ちゃん、モンスターが来るぜ』
「来たか。楓、自分の身を守ることを優先しろよ」
「わかりました。でも、奏さんがダメージを負ったら、私が助けます」
「ありがとよ」
楓に礼を言いながら、奏はバアルを構えて周囲を警戒した。
「ゴブッ」
声が聞こえ、奏達が静かに足を進めると、暗緑色の体表で二足歩行のモンスターを見つけた。
そのモンスターは、小太りで禿げてる中年男性のような見た目をして、手には棍棒を握り、腰蓑しか纏っていない。
そして、楓を見ると下卑た目をして笑った。
『ゴブリンじゃねえか。1体見つけたら、近くに30体はいるんだぜ』
「ゴキブリかよ」
『個体としては雑魚だが、種としてのしぶとさは馬鹿にできねえ。楓嬢ちゃんは、近づかねえ方が良いぞ』
「察した。仕掛けるぞ。【
バアルが言いたいことを理解し、そうならないようにするため、奏はすぐに攻撃を仕掛けた。
射程距離が伸びた【
それから、素早く寝ているゴブリンに近づき、バアルを振り下ろした。
ゴン! パァァァッ。シュゥゥゥッ。
ゴブリンは、奏の一撃で倒れた。
ドロップした魔石も、奏はノータイムでバアルに吸収させた。
「一撃で倒せたか」
『今のお前なら、そんなもんさ。ただ、進化したゴブリンは一撃じゃ無理だと思うぜ』
「進化すんの?」
『そりゃするさ。油断すんじゃねえぞ? ほら、今度は右に3体いるぜ』
「うわっ、マジかよ」
バアルの示した方向に、確かにゴブリンが3体いた。
それらを目視で確認し、奏はうんざりした声を出した。
「「「ゴブッ!」」」
「【
ビュウッ! スパパパッ! パァァァッ。
「すごいです・・・」
【
あっさりとゴブリン達を倒した奏に対し、楓は眩しいものを見るような視線を送った。
シュゥゥゥッ。
『チッ、やっぱり雑魚だな。レベルアップしねえぜ』
「そりゃそうだが、ここはダンジョンと違って屋外だ。遮蔽物もたくさんあって、取り囲まれたら困る。強敵になんざ、遭遇したくないね」
『そうは言うけどよ、前方から進化したゴブリンが来てるぜ』
「は?」
視線を前に向けると、ゴブリンの姿があったが、バアルの言う通り、ただのゴブリンではなかった。
「ワォン!」
「ゴブ!」
ワイルドドッグに騎乗するゴブリンが、奏達目掛けてやって来た。
「楓、俺から離れるなよ?」
「はぇっ!?」
『おい、今は戦闘中だろうが・・・』
奏の言葉を聞いて顔を赤くした楓に、バアルは呆れた声を出した。
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