第10話 バアルが威張ることじゃねえよ

 デビルアイを倒すと、バアルがはしゃぎ始めた。


『おっしゃぁ! やったぜぇぇぇっ! おい、奏! よくやった! 魔石喰わせてくれ!』


「テンション高いな、お前」


『あったりめえよ! デビルアイはな、平均でLv30のモンスターなんだよ! レベルがダブルスコアだったのに、無傷で勝っちまったんだ! こりゃこの先も期待できるってもんだぜ!』


「おい、倍のレベルのモンスターと戦わせんじゃねえよ」


『勝ったんだから良いだろ!? 結果オーライだぜ! それよりも、魔石をよ!』


 イラっとしたものの、ここで不満を述べたところで大して意味がないと判断し、奏はバアルに落ちている魔石を吸収させた。


 シュゥゥゥッ。


《バアルはLv16になりました》


《バアルはLv17になりました》


《バアルはLv18になりました》


《バアルはLv19になりました》


《バアルはLv20になりました》


《バアルの【空斬エアスラッシュ】が、【突風ガスト】に上書きされました》


『悪くねえ! 悪くねえぞ! 俺様、ハイペースで力を取り戻してるぜ!』


 Lv20になったことで、バアルはかなりご機嫌になった。


 バアルが鼻歌まで歌い出したので、奏はやれやれと首を振り、デビルアイが消えて魔石と同時に現れた3つのものに視線をやった。


 1つ目は、宝箱だ。


 絵にかいたような宝箱だ。


 (秋山に借りたラノベには、罠がある宝箱があったっけ?)


 そう思った奏は、すぐに手を出さなかった。


 2つ目は、マテリアルカードだ。


 青白い金属のインゴットが1本、カードには描かれていた。


 3つ目は、転移陣だ。


 幾何学模様が部屋の隅の床に現れ、淡い光を放っている。


 バアル曰く、それを踏めばダンジョンから脱出できるものである。


「奏さん、もう目を開けても良いですよね?」


「あっ、ごめん。大丈夫だ」


「はい・・・って、宝箱です! 私、生まれて初めて見ました!」


 楓は人生初の宝箱に、感動して声が大きくなった。


 一般人にとって、生で宝箱を目にすることはほぼ確実にないだろう。


 紅葉からラノベをちょくちょく薦められていたため、生の宝箱を目にしてテンションを抑えてはいられなかったようだ。


「おい、バアル」


『なんだ?』


「宝箱には、罠が仕掛けられてるのか?」


『そういうのもあるが、ボス部屋の宝箱は問題ねえよ。ボス部屋に出てくる宝箱は、ボスを倒した正当な報酬だからよ』


「それを聞いて安心した。楓、開けてみる?」


「良いんですか!?」


「構わないよ」


 (そりゃ、そんなにハイテンションなのに、宝箱を開ける楽しみを奪えないって)


 譲った理由を口にすることなく、奏は楓に身振りで宝箱を開けるように促した。


 楓は嬉しそうに宝箱に近づき、そのまま宝箱の蓋に手をかけた。


「鍵は、かかってないですね」


「そりゃそうだろ。ここまで頑張って、鍵がないから開かないなんて不良品にも程がある」


「ですね。じゃあ、開けます。よいしょ。うわぁっ!」


 宝箱を開けた楓は、その中に入っているものを見て歓声を上げた。


 楓に少し遅れ、奏が宝箱の中を覗くと、そこには緑色の蔦の絡まったようなデザインの木の杖があった。


『ほう、ヤドリギの杖じゃねえか。雑魚ばっかのダンジョンにしちゃあ、当たりだと思うぜ』


「ヤドリギの杖? バアル、何か特殊な性能でもあるのか?」


『おうよ。MP回復速度1.5倍、MP消費量1/3カットの2つだな』


「すごいです!」


 バアルの説明を聞き、楓は目を輝かせた。


「じゃあ、その杖は楓が使って」


「ふぇっ?」


「俺にはバアルがあるから、楓が使うべきだ」


「で、でも、私、さっきの戦いで、何もしてません! ただのお荷物でしたよ!?」


 ヤドリギの杖が欲しくないと言えば嘘になるが、自分はデビルアイとの戦闘で全く役に立たなかったと自覚しているので、楓は受け取れないと首に振った。


 そんな楓を見て、奏は宝箱の中からヤドリギの杖を手に取り、それを無理やり楓の手に握らせた。


「このダンジョンを出ても、一緒に行くんだろ? それなら、これを使って俺を助けてくれ」


「はわわぁっ・・・」


 ヤドリギの杖を握らされたということは、楓の手を外側から奏が握っているということであり、楓の顔は茹で上がったタコのように真っ赤になった。


『信じられるか、こいつ素でやってるんだぜ?』


「なんだよバアル?」


『はぁ、なんでもねえ。それよりも、お前達は<先駆者>の称号を会得したよな? 【自己鑑定ステータス】って言ってみな』


 呆れた声を出したバアルは、目の前で繰り広げられる鈍感系ラブコメに嫌気が差し、<先駆者>の称号を得たメリットを説明することにした。


「わかった。【自己鑑定ステータス】」


「わ、私も見ます。【自己鑑定ステータス】」


 バアルに促されて、2人は自分達のデータを確認し始めた。



-----------------------------------------

名前:高城 奏  種族:ヒューマン

年齢:25 性別:男 Lv:20

-----------------------------------------

HP:130/130

MP:130(+130)/130(+130)

STR:130(+130)

VIT:140

DEX:130

AGI:140

INT:130

LUK:130

-----------------------------------------

称号:<雷の魔法使い><撲殺戦士><先駆者>

スキル:【自己鑑定ステータス】【中級睡眠ミドルスリープ

-----------------------------------------

装備:バアル Lv:20

装備スキル:【雷撃ライトニング】【道具箱アイテムボックス】【怪力打撃パワーストライク】【突風ガスト

-----------------------------------------

パーティー:秋山 楓

-----------------------------------------


-----------------------------------------

名前:秋山 楓  種族:ヒューマン

年齢:20 性別:女 Lv:17

-----------------------------------------

HP:115/115

MP:115/115

STR:110

VIT:110

DEX:125

AGI:110

INT:125

LUK:125

-----------------------------------------

称号:<救命者><先駆者>

スキル:【自己鑑定ステータス】【回復ヒール

-----------------------------------------

装備:ヤドリギの杖

-----------------------------------------

パーティー:高城 奏

-----------------------------------------



 奏も楓も、全項目の数値が通常時よりも上がっていることに気が付いた。


「急に強くなった?」


「私もです」


『その通り。<先駆者>にはな、全能力値が+30され、経験値取得量が1.5倍になる効果があるんだぜ』


「すげえな」


「すごいです」


『だろう?』


「バアルが威張ることじゃねえよ」


 顔があれば、間違いなくどや顔だっただろう声音に、奏は冷静にツッコミを入れた。


 それから、奏はマテリアルカードを拾い上げ、バアルに向けた。


「バアル、これは?」


『おう、こりゃ運が良いな。ミスリルのインゴットじゃねえか』


「ミスリルって、あのミスリルか?」


『どのミスリルだよ。ミスリルはな、軽いのに頑丈。MP効率も良い素敵金属だ。つっても、【鍛冶ブラックスミス】を持つ奴がいなくちゃ、ただの金属だがな』


「今は【道具箱アイテムボックス】の肥やしってことか」


「残念ですね」


 ミスリルと聞き、奏も楓も普段よりも目を見開いたが、現実はそう甘くはなかった。


「まあ、ミスリルの件は後回しにして、早くここから出よう。バアル、あの隅にあるのが転移陣なんだろ?」


『正解だ。ようやく、ダンジョンの外に出られるんだ。どうだ、嬉しいだろ?』


「嬉しいっちゃ嬉しいが、それよりも寝たい」


「奏さん、いっぱい動きましたもんね」


「まあな。じゃあ、行こう」


「はい」


 奏と楓は、ボス部屋の中心から隅にある転移陣の前まで移動した。


 奏がその中に足を踏み入れようとすると、楓が奏の袖を引っ張った。


「どうした?」


「いや、その、転移した先が安全とは限らないかもと思いまして・・・」


「確かにな。楓、怖いか?」


「はい」


「そっか。じゃあ、これで怖くない」


「はわっ!?」


 奏に手を引かれ、楓の顔が赤くなった。


『やれやれだぜ』


 そんなバアルの声が、奏達を転送する光の中、静かに響くのだった。

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