第9話 あれがボスか。キモいな

 楓の機嫌を直してから、奏達は広間の先へと進んだ。


 すると、奏達の視界にダンジョンの終点が映った。

 

「扉?」


「扉ですね」


 荘厳な屋敷にありそうな扉が、奏達の目の前にあった。


 嫌な予感がして、奏はバアルに訊ねることにした。


「おい、バアル。これは何の扉だ?」


『何って、このダンジョンのボス部屋に決まってんだろうが』


「は?」


「え?」


 当たり前だろうと言わんばかりに、バアルが言ってのけたため、奏も楓も動きが止まった。


『ボスを倒せば、宝箱もゲットできるんだぜ。T字路を曲がる時、言っただろ? 左に曲がれば運気が上がるってよ』


「運気が上がる前に、強敵との戦闘が必須じゃねえか」


「バアルさん、奏さんに無理をさせるのは止めて下さい」


『そうは言ってもよ、あのT字路を右に曲がったら、奏は楓嬢ちゃんを助けられなかったんだぜ?』


「「うっ」」


 痛い所を突かれ、奏と楓は言葉に詰まった。


『それによ、右に曲がったら右に曲がったで、この5倍は歩かにゃならなかった。そんなの、面倒だろ?』


「お前は歩かねえから、疲れねえだろうが」


『俺様だって、歩けるものなら歩くさ。それはできねえし、ボス部屋には宝箱以外にもメリットがあるんだぜ』


「メリット?」


『おうよ。ダンジョンのボスを倒すとな、外に出られる転移陣が出現すんだよ。だから、経験も積めるし、かかる時間も少なくて済むし、左の道の方が得だ。奏だって、早く外に出られれば、早く寝られるかもしれねえだろ?』


「一理ある」


「奏さん!?」


 最後の部分につられ、危険な目に遭ってもリターンに見合うリスクだと割り切った奏を見て、楓は心配になった。


『それによ、外はもっと危険かもしれねえんだ。幸い、このダンジョンは雑魚ばっかりだ。ここで強くなりゃ、外で生き残れる可能性だって高まる』


「確かに、バアルの言う通りだ。パワーグリズリーだって、なんとかなった。ここでボスを倒しとけば、後々の苦労が少し減るか」


「そ、それでも、少しでも安全なルートを行くべきじゃないですか?」


 楓は、奏がバアルの考えに賛同する方に傾き始めたので、慎重策を提案した。


「大丈夫だ。楓は俺が守ってやるから」


「はぅっ」


『はぁ、奏はジゴロになれそうだな』


「なんか言ったか?」


『いや、なんでもねえよ』


 話は終わり、奏達がボスに挑むことが決定した。


 扉の向こうに、何がいるかまでは目で確認できない。


 バアルにも、大まかな強さぐらいしか感じ取れないから、扉を開けるしかその先にいるモンスターの正体を確かめる方法はない。


 扉を開けた瞬間を狙われることも考慮して、扉は奏が開けることになった。


 ギギギッ。


 奏がボス部屋の扉を開けると、そこには何もいなかった。


「ギャギャッ!」


 ボォォォッ!


「危なっ!」


「きゃっ!?」


 奏は楓を押し倒した。


 突然のことで、楓は驚いた。


 だが、それは仕方のないことだろう。


 もし、奏が楓を押し倒してなかったら、2人は熱線を浴びて黒焦げになっていたに違いないのだから。


『ほう、デビルアイか。今までに出てきた雑魚共から、せいぜいインプぐらいだと思ったんだがな』


「・・・危なかった。デビルアイ?」


『ほら、上だ。目玉が浮いてんだろ?』


 素早く立ち上がり、楓も助け起こした奏は、バアルの独り言に反応し、部屋の天井を見渡した。


 そして、紫色のバスケットボール大の目玉に、翼が生えた外見のモンスターを発見した。


「あれがボスか。キモいな」


『それな。あの見た目、気に入らねえよ。俺様みたいに、美しくなきゃな』


「・・・お前、バールだろうが」


『違う! 俺様はただのバールじゃねえ! バアルだ! 俺様が宿ってるおかげで、このバールは神器でユニーク武器なんだ! そこんところよく覚えとけ!』


 言い合いをしている奏とバアルを見て、デビルアイは隙ありと判断して再び攻撃した。


「ギャギャッ!」


 ボォォォッ!


「悪い、楓!」


「はわっ!?」


 奏は楓に謝ると、楓の足を掬い、そのままお姫様抱っこをしてその場から飛び退いた。


 普通の人間なら、そんなに素早い動作はできないだろう。


 しかし、奏はここに来るまでの間、レベルをコツコツと上げてきたおかげで、容易に楓を抱えたまま移動できたのである。


「ちょっと、奏さん! わ、私、重くないですか!?」


「軽いから気にするな。そのまま暴れず、俺がダメージを受けたら回復させてくれ」


「はいぃっ!」


 楓は顔を真っ赤にしつつも、奏の指示にしっかりと返事をした。


 女性として生まれたからには、お姫様抱っこをされることを1回や2回は夢に見ていた。


 それが、まさかこんなところで叶うとは思っていなかったし、しかも相手が自分の危機を救ってくれた命の恩人とあっては、照れない方がおかしい。


 だが、待ってほしい。


 楓は先程、自分が重くないかと訊いたが、その心配をするだけ無駄だ。


 何故なら、楓の背が中学生並に低いからである。


 胸の大きさはとんでもないが、そうだとしても、そんなものは体重に大きなズレを生じさせるものではないのだ。


「ギャギャギャッ!」


 ボォォォッ! ボォォォッ! ボォォォッ!


 デビルアイは、自分の熱線が命中しないことに苛立ち、熱線を乱発した。


 それでも、レベルアップして上昇した奏のAGIの前に、いずれも無駄撃ちとなった。


「ギャギャッ!」


 地団太を踏む足はないが、デビルアイは空中で激しく揺れ、苛立ちをアピールした。


『ハッ、ざまあねえな! お前の攻撃なんて、奏には鈍くて当たんねえよ、ボケ』


「ギャギャァッ!?」


「おい、バアル。勝手に挑発してんじゃねえよ」


『だってよぉ、暇なんだ。暇過ぎて暇死ひまじにしそうだ』


「わかってる。そろそろ反撃の時間だ。楓、俺の右のポケットから、ゴルフボールみたいなのを取ってくれ」


「ふぁっ、ふぁい!」


 お姫様抱っこをされた楓は、照れたままで顔が真っ赤なままだ。


 だが、奏に指示されたことをきちっと守り、奏のベストのポケットから、リクエストされたボールを取り出した。


「サンキュー。じゃあ、楓。今からこれを投げるから、しっかりと目を閉じててくれ。俺が良いって言うまで、絶対に目を開けるなよ」


「わかりました!」


 奏は立ち止まり、楓を地面にゆっくりと下ろした。


 それから、楓に手渡されたボールをデビルアイ目掛けて投げつけた。


 ピカァァァァァン!


「ギャギャァァァァァッ!」


 ヒュゥゥゥゥゥッ、ドサァァァァァッ!


『うぉぉぉぉぉっ!? 目がぁぁぁぁぁっ!』


 誰も、バアルに目はないだろうとツッコむことはなかった。


 ボス部屋の中に、強烈な光が発生し、デビルアイは突然の発光に視力をやられ、地面に落下した。


 奏が投げたのは、彼の祖父が狩猟時に使っていたお手製の閃光弾フラッシュバンだ。


 発生した光を直視すれば、3分は目を開けられない。


 失明するレベルの光じゃないのは、うっかり自分が目を開けている時に使ってしまっても、取り返しがつくようにするためである。


 そんな祖父の狩猟道具を1つ消費し、デビルアイを墜落させた奏は、ボス部屋の中が目を開ける明るさまで落ち着くと、すぐに目を開いてデビルアイに攻撃を仕掛けた。


「【雷撃ライトニング】」


 ゴロゴロッ、ズドォン!


「【空斬エアスラッシュ】【空斬エアスラッシュ】」


 スパッ! スパッ!


 走りながら、奏はスキルによる攻撃でデビルアイのHPを削った。


 そして、デビルアイの落下地点に到着すると、魔法系スキルのターンは終わり、物理攻撃系スキルのターンが始まった。


「【怪力打撃パワーストライク】【怪力打撃パワーストライク】【怪力打撃パワーストライク】【怪力打撃パワーストライク】【怪力打撃パワーストライク】」


 ドゴォン! ドゴォン! ドゴォン! ドゴォン! ドゴォン! パァァァッ。


《おめでとうございます。個体名:高城奏、個体名:秋山楓が、世界で初めてダンジョンを踏破しました。初回特典として、<先駆者>の称号を会得しました》


《奏はLv16になりました》


《奏はLv17になりました》


《奏はLv18になりました》


《奏はLv19になりました》


《奏はLv20になりました》


《楓はLv11になりました》


《楓はLv12になりました》


《楓はLv13になりました》


《楓はLv14になりました》


《楓はLv15になりました》


《楓はLv16になりました》


《楓はLv17になりました》


 過去最高の長さの神の声ラッシュが終わり、奏達は戦闘が終わったことを実感した。 

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