第8話 私、もっと奏さんのお役に立てるんですね?

 朝食を取り終えた奏達は、動けるまで休んでから行動を再開した。


 奏が前を歩き、その後ろを楓が歩く。


 バアルがレーダー役を担ってくれてはいるものの、それに甘えず油断しないように気を引き締めている。


 奏が前を警戒し、楓が後ろを警戒している。


 奏達にとって困るのは、挟み撃ちだ。


 奏だけでも、かなり危ないのだが、今は楓もいる。


 楓は戦闘面では戦力として期待できないので、奏が守りながら戦うしかない。


 とはいえ、楓は【回復ヒール】が使えるので、戦力外ではない。


 しばらく進むと、奏達は広間に到着した。


 そこには、大きな灰色の熊が待ち構えていた。


『ケケケ、パワーグリズリーじゃねえか』


「バアル、この熊は強いのか?」


『俺にとっちゃ雑魚だが、今の奏には強いだろうぜ。工夫して倒せよ?』


「嬉しそうに言うんじゃねえよ」


「あの・・・」


「楓は、通路から敵が来ないか警戒を頼む。それと、俺がダメージを負ったら、回復してくれ」


「わかりました」


 楓に指示を出すと、奏はパワーグリズリーの注意を引きつけるため、前に出た。


「グルァァァァァッ!」


 パワーグリズリーは吠えると、奏目掛けて走り出した。


「【空斬エアスラッシュ】」


 スパッ!


 (クソッ、当たっても怯まねえか)


  奏の攻撃を受け、切り傷ができたのだが、それでもパワーグリズリーはその傷の痛みを無視して奏に突っ込んだ。


「【打撃ブロー】」


 キィン! ドォォォォォン!


「奏さん!?」


 パワーグリズリーの頭に、【打撃ブロー】を叩きこんだ奏だが、突進の威力が凄まじく、突進を止めたのは良いものの、その反動で壁まで吹き飛ばされた。


 大きな音を立て、壁にぶつかった奏を案じ、楓は奏に近寄った。


「大丈夫。子供の頃、猪から突進を受けた時の痛みと同じぐらいだから」


「それは大丈夫じゃないですよね!? 【回復ヒール】」


 優しい光が、奏を包み込んだ。


 (体の痛みがなくなった? これが【回復ヒール】の力なのか)


 ズキズキという痛みが、楓のおかげで消えたため、奏は楓を安心させるために笑いかけた。


「ありがとう。これでちゃんと動けるよ」


「無茶はしないでくださいね」


「無茶しなくちゃ楓のことも守れない。心配しないで」


「ふぇっ?」


 不意打ちを受け、楓の顔は真っ赤になった。


 しかし、その時には既に、奏は前に走り出していた。


『ヒュウ、言うじゃねえか?』


「何が?」


『えっ、嘘だろ? お前、自覚ねえの?』


「だから、何がだよ。【雷撃ライトニング】」


 ゴロゴロッ、ズドォン!


 先程、奏の【打撃ブロー】を頭に受けたことで、硬直していたパワーグリズリーに、紫色の雷が直撃した。


 奏には、<撲殺戦士>という称号がある。


 この称号には、物理攻撃系スキルの威力を1.5倍にする効果がある。


 そして、<雷の魔法使い>の称号も奏は保有している。


 【サンダー】から強化された【雷撃ライトニング】が、1.5倍の威力になるのだから、タフそうなパワーグリズリーもタダでは済まないだろう。


 現に、灰色だった体毛は黒焦げになり、倒れはしていないものの、パワーグリズリーの動きはかなり鈍っている。


「【中級睡眠ミドルスリープ】」


 ここで、奏はパワーグリズリーを強制的に眠らせた。


 正直なところ、パワーグリズリーは動けそうになかったが、念には念を入れたのだ。


 【睡眠スリープ】の上位互換である【中級睡眠ミドルスリープ】は、効きやすさも効果の持続時間もパワーアップしている。


「あとは殴るだけだ。【打撃ブロー】【打撃ブロー】【打撃ブロー】」


 ドン! ドン! ドン! パァァァッ。


 眠っているパワーグリズリーの頭に【打撃ブロー】を繰り出すこと3回、パワーグリズリーは力尽きて消えた。


《奏はLv13になりました》


《奏はLv14になりました》


《奏はLv15になりました》


《おめでとうございます。個体名:秋山楓が、世界で初めて他者のダメージを回復させました。初回特典として、<救命者>の称号を会得しました》


《楓はLv6になりました》


《楓はLv7になりました》


《楓はLv8になりました》


《楓はLv9になりました》


《楓はLv10になりました》


「奏さん、大丈夫ですか!?」


 神の声が戦闘終了を知らせた時のと同時に、楓は奏に駆け寄り、そのまま抱き着いていた。


 心配するなと言われても、自分のために戦ってくれた奏に対して心配せずにはいられなかったのだ。


「大丈夫だって。戦闘中は、楓が助けてくれたし、戦闘が終わってレベルアップしたら、痛みが完全に消えたよ。多分、HPが全快したんだ」


「そういえば、私は戦ってませんよね。なんで、私もレベルアップできたんでしょう?」


「これがパーティーを組むメリットか」


 奏はパーティーを組むことで、戦闘で得られた経験値がパーティー全体に等分されたのだと気づいた。


 それは戦えない楓を強くできるという意味で、奏にとってはメリットだった。


『やるじゃねえか奏! しかも、運が良いことにモンスターカードだ! さあ、俺様に喰わせてくれ!』


 目の前に魔石とモンスターカードがあるにもかかわらず、これ以上放置されるのは堪らんと言わんばかりに、バアルは奏を急かした。


 楓に抱き着かれているものの、レベル差から動くのには問題ないので、奏は地面に落ちたままの魔石とモンスターカードにバアルを近づけた。


 シュゥゥゥッ。


《バアルはLv13になりました》


《バアルはLv14になりました》


《バアルはLv15になりました》


《バアルの【打撃ブロー】が、【怪力打撃パワーストライク】に上書きされました》


 バアルが満足し、おとなしくなったので、奏はバアルを自分の顔の高さまで持ち上げた。


「バアル、お前の望みを叶えたんだ。今度は俺からの質問に答えろ」


『おうよ。何が知りたい?』


「楓の手に入れた称号、<救命者>の効果を教えてくれ」


『そんなことか。任せろ。<救命者>ってのは生物の回復をする時、その効果が1.5倍になるんだぜ』


 <雷の魔法使い>や<撲殺戦士>と違う効果に、奏は引っかかった。


「なあ、ダンジョンやモンスターが現れたことでHPを回復するような道具もこの先見つかるのか?」


『ん? あぁ、そういうことか。奏、お前は頭が回るな。その可能性に行きついたのか』


「えーっと、すみません。私、話についていけてないです。<救命者>って、【回復ヒール】で回復させられるHPの量が1.5倍になるだけじゃないんですか?」


 奏とバアルだけで話が進んでしまい、理解が遅れた楓がストップをかけた。


「あっ、ごめん。俺が気になったのはバアルの説明の仕方なんだ。例えば、<雷の魔法使い>なら雷系のスキルの威力を1.5倍になる。でも、<救命者>は違っただろ?」


「・・・あっ、そうですね! バアルさんは、生物の回復をする時、その効果が1.5倍になるって言いました!」


「だろ? バアル、俺の質問に答えてくれ」


『あるぜ。代表的なのは回復薬ポーションだ。このアイテムを楓嬢ちゃんが使う時も、【回復ヒール】と同じくその効果が1.5倍になる』


 奏が突き止めた差は大きい。


 回復系スキルだけしか効果がないのと、回復という手段全般に対して効果があるのでは全く違う結果になるのだ。


 例えば、奏がダメージを負ったタイミングで楓のMPが【回復ヒール】を発動するのに足りなかったとしよう。


 その時、<救命者>の効果が回復系スキルにしか反映されないなら、奏は【中級睡眠ミドルスリープ】を発動するか、回復薬ポーションでHPを回復することになる。


 ただ、どちらの場合も通常通りの効果しか発揮されない。


 しかし、<救命者>の効果が回復という手段全般に対して効果があるならば、話は変わるだろう。


 何故なら、楓が奏に回復薬ポーションを飲ませれば普段の1.5倍HPを回復させられるのだから。


 もっとも、奏達は回復薬ポーションなんて持っていないから、まだこの選択肢は存在しないのだが。


「私、もっと奏さんのお役に立てるんですね?」


「勿論だ。回復薬ポーションのマテリアルカードがドロップすれば、それは楓に任せるよ」


「任せて下さい!」


『おいおい、そういうのは手に入れてからにしとけよ』


「はい・・・」


「はぁ、バアルは黙っとけ。楓がもっとやる気になったのになんでお前が梯子を外すんだよ」


『お、おう。すまねえ』


 俺様な態度を取るバアルだったが、楓がシュンとして落ち込んでしまったのを見て、素直に謝った。


 溜息をついた奏は、バアルを一睨みしてから、楓を元気づけた。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る