西方地域・アチの世界
名倉風香〔なくらふうか〕暴飲暴食の秘密
アチの世界〔現実世界〕──コチの世界〔異界大陸国レザリムス〕の住人たちからしてみたら。
「ふざけるな! なんでコチの世界が幻想ファンタジー世界なんだ! 住んでいる者たちには全部が現実だ!」
そう憤慨させるアチの世界の、とある高校。
女子高校生の『名倉風香』は、放課後──教室の自分の席でタメ息を漏らしていた。
(はぁ………あたし、なんのために生まれてきて、生きているんだろう………はぁ)
風香には、ずっと自問自答する悩みが小学生の時から続いていた、哲学的な意味を含んだ崇高な悩みではない。
自分が生まれた本当の理由を明確に知ってしまってから、風香は悩み続けていた。
悩む風香の教室の前の廊下を、隣クラスの男子生徒が歩いていくのが見えた。
男子生徒の後ろからは寝癖髪で、太モモ丸出しの丈が短い巫女服のようなモノを着た女性がついていく。
歩く男子生徒と寝癖女の会話が風の耳に届く。
「なんで、部外者の姉比売が学校にいるんだよ」
「お主の保護者じゃ、学校の許可はとってある………なにしろ、学校にも九郎を狙っている。くたれ神がいるからな」
「だからって男子トイレにまで、ついてきて一緒にトイレの中まで入るコトないだろう」
歩き去っていく隣クラスの男子生徒と、変な寝癖女をぼうっと眺めていた風香に、話しかけてきたクラスメイトの女子生徒がいた。
「ねぇ、フゥ………学校終わったらファストフード店に寄っていかない。またフゥの大食い見たいから」
大食い………と言われて、風香ことフゥは少しだけ顔を曇らせた。
そんな風香の曇った表情など無視して、クラスメイトの親友は喋り続ける。
「だけど、不思議よねぇ………あれだけ飲み食いしているのに、ぜんぜん体型変わらないなんて………魔法でも使っているんじゃない」
そう言って冗談っぽく笑うクラスメイトに、風香は気づかれないようにタメ息を漏らす。
(魔法か………まぁ、似たようなもんか。あたしが存在している理由は)
クラスメイトの親友が言った。
「じゃあ、そういうことでフゥが食べる分のお金は、いつものメンバーが出すから心配しないで……がんばれ、未来の大食い女王」
名倉風香は、いつものメンバーと一緒にファストフード店に向かった。
歩いている途中、風香のお腹がグウゥゥと鳴って空腹を伝える。
お腹は鳴ったが、風香自身はお腹は、さほど減っていない。
これは、異世界からの信号だった──風香の都合をお構いなしに、空腹を伝えてくる。
授業中でも、入浴中でも、家で勉強中でも、遊んでいても関係なく腹が鳴る。
そのために、風香はいつも近くに食べ物や飲み物を常備していた。
食べ物や飲み物を切らさずに持ち歩いていなければならないため、気が休まるヒマが風香にはなかった。
風香はお腹が空くと、授業中でも食べはじめる。そういう病気だと、学校には伝えてあるので学校での風香の間食は認められている。
風香は人前でも、グーグー鳴るお腹を押さえる。
(催促されている………早く飲み食いしろって)
風香の頭の中に聞こえてきた異世界からの声。
《フゥ、今どこにいる?》
風香は頭の中で答える。
「学校帰りの道です、これからファストフード店に向かうところです」
《そうか、荒野で食べるモノが何もない………腹が減った喉も渇いている、早く飲み食いしろ》
「わかりました」
ファストフード店に到着して、着席した風香の前に次々と食べ物と飲み物が運ばれ、テーブルが食べ物で埋めつくされる。
風香の前にまるで、家畜にエサでも与えて楽しんでいるかのように、食べ物と飲み物を運んできた食友メンバーは、目を
輝かせて風香の大食いを期待催促する。
「さあ、食べて………未来のフードファイター」
風香は、特大のハンバーガーに豪快にかぶりつき、特大サイズの炭酸飲料をガブ飲みする。
店内にいる客も、風香の小柄な体のどこに、それだけの量の食べ物が入っていくのか不思議がりながら、大食いする風香の姿を驚きの目で見学している。
口元をケチャップやソースで汚しながら、何かに憑かれたようにバクバクと食べ続ける風香は泣いていた。
(食べたくない……飲みたくなんかないのに……食べなきゃいけない、飲まなきゃいけない。
異世界にいる魔導師の空腹を満たすために……自分が生まれた本当の理由なんて知らなければよかった)
いくら食べても消えることがない空腹感──風香が食べた分の栄養と満腹感は、ほとんどが異世界にいる大魔導師『ナックラ・ヴィヴィ』の空腹を満たすためだけに転移される。
風香がこの世界に誕生した理由──それは、偉大な魔導師ナックラ・ヴィヴィの食欲を満たす為だけの存在。
ナックラ・ヴィヴィは、風香が食事をするコトで何も食べずに旅を続けるコトができる。
ナックラ・ヴィヴィが魂の一部を分離させて、アチの世界に転生させた者──それが、名倉風香だった。
テーブルの食べ物と飲み物が、ほぼ風香の体に収まったころ、ナックラ・ヴィヴィの声が風香の頭の中に聞こえてきた。
《空腹感は癒された、喉の渇きも消えた……もう食べなくてもいいぞ、ご苦労》
「はい、旅のご無事を」
風香は自分が生まれた意味の虚しさを感じながら、コップに残っていた炭酸飲料を泣きながら一気に飲み干した。
~おわり~
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