憧れはあるけど、そんな有名な人じゃないのになあ



「……ってことがありました」

「す、鈴木さん、大袈裟だよ。そんなすごい人、で、は……って、瑞季ちゃん大丈夫!?」


 あの後、なんだかんだあって……鈴木さんの落としたフォークが俺の足裏に刺さったり、その拍子に彼女をソファに押し倒しちゃって気まずくなったり。ごめんなさい、その時の顔が可愛すぎてキスまではしました。それ以上はしてないので、許してください。……なんてまあ、なんだかんだあって、夕飯はいつも通り鈴木家にお世話になっている。


 鈴木さんったら、透さんや双子に俺の父さんの話をしちゃったんだ。別に、そんなすごい人じゃないのに。

 そしたら、透さんが箸を落とすし、要くんは口に入れたハンバーグこぼすし、瑞季ちゃんは肘でコップ倒して麦茶こぼしてるし。急いで立ち上がり、机にあった布巾を持って瑞季ちゃんの方へと行くけど、俺のこと見えてないのかな? ってくらい視界に入れてくれない。


「……え、どうしたの?」

「五月くん!」

「は、はい!?」


 4人の顔を順に眺めていると、透さんが大声で名前を呼んでくる。

 いや、その前にお箸を拾いましょうよ……。なんて、言える雰囲気ではない。


「五月くん」

「な、なんでしょうか」

「お父さんは、四月一日さんという名前で活動しているよね」

「え、ええ。苗字は出していないはずです」

「……君、洋画詳しくないのか?」

「仕事と高校とバイトで忙しくて、しっかり観たことはないですね」

「瑞季、要!」

「「はい!」」

「準備だ!」

「……え?」


 何が始まるの? え、ご飯中だよ。


 鈴木さんを見ると……。ええ、なんか頷いてるんだけどどうしたの?

 そんな中、双子はテレビに駆け寄りDVDかな? を、テレビ台の下から引っ張り出してきた。かなりの量だ。それを、テーブルに持ってくる。


「四月一日さんって言ったら、ここにあるほとんどの映画で名前がある人だよ!」

「そうなんですか。すみません、疎くて」

「明日は休みだろう? 今日は、洋画鑑賞会だ!」

「え、ちょ……。俺、帰りま「ダメだ! 15本は観るぞ!」」

「15本って……」

「青葉くんのお父さんが可哀想だよ。私も一緒に観るから」

「……えっと」


 え、マジでそんなすごい人じゃないんだけど……。


 俺はその日の夜、……というか朝方まで映画鑑賞をしてしまった。誰かが出るたび、「五月くん、このヘアメイク、お父さんだよ!」「この人も!」「この人だって!」って言ってくるんだけど。……なんで、この人それを知ってるの?


 まあ、透さんにとっては有名なんだろうな。

 鈴木さんの隣で一夜を過ごせたし、まあいっか。



***



「いやだから、お前の父ちゃんすげーんだって」

「そうなの?」

「……」


 次の日の夕方。

 俺は、家に遊びに来た奏に鈴木さんの家であった話を聞かせた。すると、ものすごい不憫そうな表情になってコーヒーを飲み始める。なんで?


「にしても、透さんが四月一日さんのこと知ってるのはびっくりだな。あっちの雑誌でしか、四月一日さんは特集されてないだろ」

「その雑誌も、鈴木さんの家にあったよ。1冊預かってきた。サイン欲しいんだって」

「ふーん。ってことは、アメリカ行きを透さんにも話したの?」

「話した。学業の心配されたけど、アメリカで取るかマシロで補習するかはまだ決めてないって言ったら納得してた。学べる場所が確保できるなら良いって。ほら、マシロって結構そういうの応援してくれるでしょ」

「まあな。多分、前日に言っても応援してくれるぞ。あの校長なら」

「あはは、確かに」


 笑いながらソファの背に身体を預けていると、コーヒーカップ片手に奏が真剣な顔してこっちを見てくる。その表情は、茶化しでもなんでもない。

 こっちから声をかけようと思ったけど、なんか違うと思って口を閉ざす。すると、奏の方からぽつりと言葉を吐き出してきた。


「……じゃあ、本当に決めたんだな」

「うん、決めたよ」

「そっか」

「寂しい?」

「当たり前だろ」

「ここの鍵は渡しっぱにしとくから、好きに使って良いよ」

「お前が居なきゃ、面白くねえよ」

「じゃあ、寂しくなったらテレビ電話でもしようか。ただし、鈴木さんも連れてこいよ」

「まじ!? 梓と2人きりでここ使って良いの!? サンキ「やっぱ今のなし」」


 そうだよな。俺も、寂しいよ。メイクできないのはもちろん、こいつとこうやって冗談を言って笑い合えるのもなくなるから悲しい。けど、それも一時的だ。

 もっともっとこいつが輝けるよう、俺は必死に勉強をする。それが第一目標だからね。


「帰ってきても、俺のこと使ってくれる?」

「当たり前ぇだろ。ただし、あっちが居心地良くなって帰って来なかったら、専属作るわ。んで持って、梓をもら「絶対帰る!!!」」


 ありがとう、奏。


 あとは、父さんに連絡して日程決めて、小林先生に伝えるだけか。バイトの店長さんにも。

 ああ、そうだ。眞田くんと東雲くんにも言っておかないと。牧原先輩には……卒業しちゃうだろうけど一応。うん、一応。


 

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