これからのこと

聞かれたかな



「あーずさっ」

「わっ、奏くん!?」

「オレも休憩ー」

「そうなんだ。呼んでくれてありがとうね。すっごく楽しい!」


 エキストラの出番がないシーンを撮っている時、パイプ椅子に座って現場を眺めていると奏くんがやってきた。さっきカメラの前に居た格好なのもあって、ものすごく輝いてるわ。眩しいまであるもん。


 そんな奏くんが、私に向かって手を振ってるんだからお察しよね。


「あの人、なんで奏くんに名前呼ばれてるの?」

「さっき五月くんと付き合ってるって言ってた子じゃない?」

「マジ? 二股じゃん」


 ああ、ほら。

 私が聞こえただけでも、そんなこと言われちゃってる。でも、嬉しそうな顔した奏くんのことは、拒めないな。


 私は、そのまま手を振り返す。


「それより、オレの演技どうだった!?」

「別人みたいでびっくりしちゃった! やっぱり、奏くんはすごいね」

「だろだろ〜。梓見てるから、頑張ったぜ!」

「青葉くんとのコンビって言うのかな? やっぱり、2人は相性抜群だね」

「まあ、五月じゃなきゃ調子でねえしな」

「今の奏くんの髪型も、青葉くん?」

「おう! 動いてもそうそう取れねえから、アクションシーンは五月以外にはぜってぇ頼まねえ」

「そうなんだ。触ってみても良い?」


 まあ、見られても良いか。

 だって、ここは私の居る世界じゃないから。今日限定の世界だから。

 今何か言われたって、明日には忘れてるよ。


 私は、そのまま奏くんに舞台セットの裏話や監督さんの面白い話を聞きながら休憩を過ごした。



***




「……」

「……」

「……」

「……ごめんて」


 俺が女優さんのヘアセットをしている時、奏が鈴木さんと話しているのが見えてたんだ。睨みつけても、奏の奴全然気づかないんだから。

 仕事じゃなきゃ、その頭クシャクシャにして絶対ヘアセットしてやらないくらいには虐めてやったのに。あーあ、仕事で残念だよ。


 戻ってきた奏をこれでもかと睨みつけると、やっと気づいたのか視線を合わせずに謝ってきた。遅いっての。


「お前、あんま鈴木さんと話さないでよ。芸能人で目立つんだから」

「それ狙って話しかけたのに、梓の奴、お前しか見てねえ」

「マジ? 嬉しい」

「オレは複雑だよ。普通は、芸能人見れたってはしゃぐと思ったのになあ」


 奏は、複雑そうな顔しながら俺の隣にある椅子にドカッと座ってきた。その視線は、美香さんと喋ってる鈴木さんに向けられている。

 

 きっと、鈴木さんと出会う順番が違ったら奏と付き合ってたんだろうな。

 俺なんかで良いのかなって、いまだに思う時があるよ。でもまあ、鈴木さんが選んでくれたのは俺だから。そこは、自信持たないと鈴木さんにも、奏にも失礼だ。


「……奏さ」

「あん?」


 それに、奏にはお願いしたいことがある。

 いつ言うか迷ってたけど、今でも良いかな。


「俺、9月からアメリカ行こうかなって思ってる。父さんと話して、後は俺の返事待ち」

「は? ……え?」

「本当は、卒業してからゆっくり行こうと思ってたんだけど。ゆっくりできない理由ができたから」


 ちょうど昨日、父さんとテレビ電話してその話をした。父さんびっくりしてたけど、俺が望むならスケジュールの調整してくれることになったよ。

 学校は休学になるのかな。それとも、いつも通り補習でOKにしてくれるのかな。まだ先生に話してないから、その辺はわからないけど。無理なら無理で、あっちで通うし。


 俺の話を聞いた奏は、案の定キョトンとした表情になった。


「……そ、っか」

「だから、登校する時は鈴木さんの様子ちょくちょく見てやって」

「もう決定?」

「ほぼ」

「……梓には言ったのか?」

「まだ言ってな「青葉くん」」

「!?」

「!?」


 詳細を話そうとすると、そこに鈴木さんがやってきた。

 聞かれたかなって思ったけど、いつも通りの表情でこっちを見ている。


「あ、話してる途中にごめんね。監督さんが、次のサヤさん役のチークについて相談したいんだって」

「伝えてくれてありがとう。今?」

「ううん。このシーン終わったらだって。次のシーンは、助監督さんとバトンタッチするみたいで」

「そうなんだ。監督さんと仲良くなったの?」

「うん。監督さんも、スーパー巡り好きなんだって」


 いや、聞かれたな。

 鈴木さん、目を見て話してくれない。


「じゃあ、よろしくね」

「……」

「……おい、五月」

「行ってきても良い?」


 俺は、鈴木さんの後ろ姿を視界に入れながら、自分の出番表を確認する。次は休みだから、監督のところに行けば良い。だから、時間は少しだけある。


「行ってこい」

「ありがと」


 奏に強めに叩かれた背中の痛みを感じつつ、俺は鈴木さんを追って走り出す。


 

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