視線の先には輝く貴方


「美香さん!」

「梓ちゃん、間に合って良かったね」

「え、すごい!」


 美香さんのラインで現場に戻ると、そこは裏路地に佇む喫茶店のセットになっていた。この建物、どうなってるの!? どこから持ってきたの?


 セットを眺めていると、私しかびっくりしてないことに気づいたわ。……落ち着きましょう。


「ふふ、昼休みで大きなセット組んだみたい。普通は、そんな反応になるよね」

「……すみません、はしゃいじゃって」

「梓ちゃん、可愛い!」

「わっ!?」

「Aグループのみなさん、スタッフに従って移動をお願いします」


 深呼吸していると、美香さんに抱きしめられちゃった。勢いにびっくりしたけど、それよりも良い匂い!

 これ、次マリと会う時自慢できるかも……。サインもらうよりすごいことだよね!?


 なんて戯れてると、副監督さんの声がスタジオに響く。

 Aグループだから、私たちね。その声に反応して、私と美香さん、それにグループの人たちが移動を始める。


「頑張ろうね!」

「はい!」


 午前中は、物珍しくてキョロキョロしすぎちゃったから、午後はちゃんと前向いて歩かないと!

 それに、女優さん俳優さんの方も向いちゃダメよ。カメラを意識してもダメ!

 結構コツは掴んだから、次はちゃんとできるはず!



***



「ストップ! サヤ役の右髪櫛入れて」

「はい!」


 午後からは、青葉くんと奏くんも一緒の現場だった。

 奏くんの立ち回りやセリフ回しはもちろん、青葉くんの機敏な動きにも目が離せないの。


 青葉くんったら、監督さんの一声でパッと走って女優さんの髪やメイクを直しててね。そんな指示でどう直すの? ってものまでササッと直しちゃうんだからやっぱり彼はプロなんだって改めて実感したわ。

 これは、現場で青葉くんを知る人なら惚れちゃうよ。気持ち、すごくわかるもん。


「五月くん、どう?」

「……格好良いです」

「あはは。さっきから、梓ちゃんそっちばかり見てる」

「う……。すみません」


 全体が止まると、エキストラも止まるの。ちょうど隣に居た美香さんが話しかけてきて、私は視線が青葉くんを向いていることに気づく。……恥ずかしい。


 それでも、目で追っちゃうくらい格好良いの。

 監督さんの言葉に嬉しそうな表情をする青葉くん……。きっと、私がいくら頑張ってもあんな顔してくれないと思う。


「でも、いつもより張り切ってるから、梓ちゃんが見てるからかもね」

「え? なんて」

「再開します! エキストラさん、元の場所に戻ってください」


 美香さんが耳打ちした言葉を聞き返そうと思い振り向くも、監督さんの声にかき消されちゃった。

 聞き間違えじゃなければ、私が青葉くんの役に立ててるってことで良い? だったら、嬉しいな。


「テイク2、行きます! ……スタート!」

「ねえ、今日のお昼さっ」

「どうせ、パスタだろ?」

「どうせって何よー! 限定10食なんだよ!」


 私たちエキストラは、主人公たちがお昼何を食べるかの会話をしている後ろで歩く人をやるの。

 簡単そうに聞こえるでしょう? すっごく難しいのよ。


 普通に歩くんだけど、どうしても視線が主人公たちに行っちゃうし、クレーン車みたいな機械に乗ったカメラも気になる。それに、人とぶつからずに歩くのも結構大変。

 それに、私は黒の服を着ているから、赤い服とか淡い服の人たちとあまり交わらない方が良いんだって。色合いとかも大事だとか。


「カット! そこのエキストラ!」

「!?」

「そこ、5人纏まっちゃってるから、もう少しバラけて。主人公より目立つ場所は作らない!」

「はい!」

「はい!」


 あー、びっくりした。私が言われたのかと思った。


 助監督さんの声で、カメラに照明、それに長いマイクを持った音響さんの手も止まる。それだけじゃないわ。役者さんに他のエキストラさんも止まるの。

 これ、自分が失敗しちゃったら、結構ショックよね。だって、みんなの手を止めることになるんだもの。


「ついでに、サナエ役のチーク変えて! やっぱり、ピンクよりオレンジ系の方が白シャツに映える」

「はい!」

「30秒で!」

「わかりました!」


 30秒でチークって変えられるの!?

 え? だって、今のチーク落として、その周りのベースから塗り直して……。って!? 青葉くん早い!


 え、あんなスピードで良く均等に塗れるよね!? もうベース塗り終わって、チークポンポンしてる。

 あの女優さんは、顔的にもオレンジの方がお似合いね。可愛い。


「よし、じゃあもう一度。エキストラさんも元の位置に戻って」

「はいっ!」

「はい!」


 いつもは見ない青葉くんの姿、こんな間近で見られる日が来るなんて思ってなかったわ。

 これは、奏くんに感謝しないとね。


 ありがとう、奏くん。



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