迷いを断ち切るのは、いつだって



「鈴木さん」

「……なあに、青葉くん」


 鈴木さんを追いかけると、非常階段の手前で止まってくれた。でも、こちらを見ようとしない。

 確実に聞かれたな。


 まずかった。

 ちゃんと決まってから言おうと思ってたんだけど……。まだ確定していない中、鈴木さんに「行かないで」って言われたら絶対揺らぐから。奏にも、もっと後で話せば良かった。でも、あいつは今後のスケジュールとかもあるからな。ここで話したのがまずかったか。


「あの、ごめん。さっきの話」

「さっきの話って? 私、何も聞いてない」

「……鈴木さん」


 鈴木さんは、明るい声を出しながらも肩を震わせていた。


 そうだよね。

 君ならそういう反応になることくらい、わかっていたはずなのに。悲しませたくないなんて、この選択をするなら無理だ。俺がちゃんと話さなくてどうする。


 俺は、ゆっくりと鈴木さんへ近づき肩に手を置く。すると、


「っ……」

「あ、ごめん。嫌だった?」

「あ、え……う、うぇ」


 バッと振り返ったと思ったら、その衝撃ですぐに涙が頬を伝っていった。一筋流れたら、後は止まらないらしい。ボロボロと止めどなく涙をこぼしながら、鈴木さんは嗚咽し始める。


 それを見た俺は、我慢できなくなり前から抱きしめた。


「……ごめんね」


 やっぱり、行くのやめようか。

 いつかは行かないといけないのに、そう思う自分が居る。


 俺の夢は、メイクアップアーティストとして活躍すること。そのためには、父さんの居るハリウッドで勉強を積まないといけない。日本で実践を積むだけじゃ、視野が狭くなる。もっと、大舞台で実践を積んで強みにしないとこの世界は生き残れない。

 俺が選んだ道だ。わかってる、わかってるけど……。


「鈴木さん、俺」

「……行かないなんて言ったら、もう口きかないから」

「え?」


 言おうとした。

 行かないよって。


 でも、鈴木さんは泣きながらも俺にそう言ってくる。聞き間違いかと思って聞き返したけど、


「私は、メイクしてる時の青葉くんが好き。だから、寂しいけどそれに私が障害になったら一生後悔する。……後悔、する」


 と、鼻水をズビズビとさせて泣きながらはっきりとした口調で言ってきた。今度は、聞き間違えようがない。


「……鈴木さんが卒業する時帰ってくるから」

「それまでずっとアメリカ?」

「あっちは夏休み長いから、現場がなければ夏は帰る。あの、まだちゃんと決めてなくて。色々決まってから、鈴木さんに言おうと思って……その、ごめんね」

「……良い。青葉くんが笑っていられる場所があるなら、私はそれを応援したい」

「……ありがとう」


 鈴木さんは、直したメイクを落とす勢いで泣いた。声が漏れないよう必死にしゃくりあげながら、俺にしがみついて。


「……有名になってね。青葉くんが関わる映画もドラマも全部録画する」

「名前が載るようになったら、教えるよ」

「うん……。全部観る。一番楽しむ。宝物にする」

「決まったら、ちゃんと話すね」

「……ん」


 高校卒業してから行ったら、君が1人になると思ったんだ。高校なら、友達がいるから寂しくないかなって。俺の想像だけど。

 それに、卒業後にアメリカに行ったら、鈴木さんが居なくなってる気がして。ずっと留めておくような魅力が俺にないから、なんて卑怯だ。



 鈴木さんは、待っててくれますか?



 俺はその言葉を出さずに、ただただ泣きじゃくる彼女を抱きしめる。




***



「いや、そこは聞けよ」

「……いっぱいいっぱいだった」


 監督との話を終えて席に戻ると、奏が呆れた顔して話を聞いてくれた。いや、もうなんというか呆れを通り越した先にある表情的な。

 わかってるよ……。


 パイプ椅子の背もたれに背中をつけながら、俺は美香さんと談笑を再開した鈴木さんに目を向ける。……笑ってるけど、影があるな。俺のせいだ。


「お前がいっぱいいっぱいなら、梓はもっとだと思うぞ」

「……はああああ。ごめん、鈴木さん」

「ここで謝罪すんな。あーあ、こりゃあ、オレが梓の彼氏になる日は近いなあ。あのスポ専の奴に取られるなあ! 和哉にだって!」

「なんも言えない」

「ヘタレ」

「はい……」


 今日、現場終わったら打ち上げ行かないで鈴木さんと帰ろう。

 ……一緒に帰ってくれるかな。それすら怪しい。考えただけで、泣きそうだ。

 


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