余裕のない親友



「五月、どうした?」

「え?」


 メイク直し中、五月の手が止まった。

 本人は気づいていないようで、そのままボーッとしてたから話しかけたんだけど……。まさか、こいつ梓が気になって仕方ないとかじゃねぇだろうな。仕事しろ!


「はあ、梓が心配なのはわかっけど現場でそういうことは「あのさ」」


 ため息まじりに非難すると、聞こえてないかのように声をかぶせてくる。

 なんだなんだ? 


 鏡越しに視線を合わせると、眉を下げた表情で五月が口を開いた。


「あのさ……。鈴木さんって、男と遊びまくってるって思う?」

「はあ!? 梓が? んなわけないじゃん」

「だよねえ……」

「なんだよ、俳優と腰振ってるとこでも見たのか?」

「だったらもっと焦るわ」

「……そっか」


 言っただけじゃん、そんな睨むなって!


 でも、オレもそんな梓は想像できないや。談笑しているのはめちゃくちゃ想像できっけど、男と遊びまくってるって言い方だとそういうことじゃねえんだろ?


「んだよ、急に不安になったのか?」

「……あの、優奈さんと鈴木さんが知り合いだったらしく」

「へー、あのスピーカー。どこで知り合ったんだ?」

「多分中学だと思う。聞こえなかったけど、鈴木さん習い事とか部活はしてないし」

「で? 優奈さんがどうしたんだよ」


 五月は、話をしながらだけどやっとメイクの続きに入った。これから、ヘアセットもやるんだから時間考えろよ! まあ、こいつは動き出せばちゃんとやる奴だ。


 でも、鏡越しに顔を見ると……やっぱ沈んでやがる。


「……鈴木さんが、男と遊びまくってるって噂があるんだって。そう優奈さんが言ってたのを聞いたってだけ」

「んだよ、お前は優奈さんを信じるのかよ」

「いや、それを想像してモヤモヤしただけで……」

「だから、それを信じてないって言うんだよ。大体、梓のあの性格が計算づくしだったら、千影さんが気づくだろ。アレは、ドがつくほどの天然だって」

「……俺の心が狭いだけで、鈴木さんのことはわかってるよ。その後話しかけられて、ちょっと視線逸らしちゃったから気になって」

「うわ、可哀想。梓、気づいたんじゃね?」

「……はああ。悪いことしたなあ」


 マジで、こいつ梓のことになると余裕なくなるよな。いつもは、女なんかどうでも良いような態度でいんのに。それほど、梓のことが大事なんだろうけどさ。


 でも、これだけは言わせてくれ。


「梓のこと信じらんねえなら、オレがもらうぞ」

「はあ……。じゃあ、俺は奏を刻む準備する」

「え、ちょ!? 普通のテンションで言わないでくれ! 余計怖いわ。冗談だよ」

「そっか、刻む」

「おい!」


 重症。

 とりあえず、刻まないでくれ。そして、早くヘアセットをしてくれ。


 オレは、殺気立ってる五月に反応して全身を震わせつつ、アイブロウの硬いペン先を肌で感じることしかできない。風穴、開けられねえよな……。

 それに、午後から梓と現場一緒になんのに、そんなテンションで保つのかよ!




***




「……」


 結局、午前中は青葉くんと話す機会がなかった。そのままお昼休憩に入っちゃったの。


「あ、梓ちゃん! お茶こぼれる!」

「え? わっ!?」


 控室でボーッとしながら配られたお弁当を食べていると、隣から美香さんの慌てた声が聞こえてくる。ハッとして指さされた方を見てみると……。


「セーフ! 着替え、持ってないんでしょ?」

「あ、ありがとうございます……」

「大丈夫?」

「すみません……」


 はあ、やっちゃった。

 いつのまにか片手に持っていたコップが、傾いていたみたいなの。中にお茶が入ってて、それが少しだけこぼれちゃったわ。

 美香さんにかからなくてよかった。


「ねえ、午前中どうだった?」

「あ、楽しかったです。けど、待ち時間多くて大変ですね」

「ねー、そうなのよ。毎回あんな感じ。舞台セット、手伝いますって言いたくなっちゃう」

「あはは、確かに」


 美香さんが、お弁当を食べながら私に話しかけてくれる。なんか、気を遣わせちゃってる気がするわ。申し訳ないなあ。


 午前中は、都会を歩く人、公園でベンチに座っている人、あと、コンビニで立ち読みしてる人を演じたの。

 1つのスタジオなのに、舞台セットがすごくてね。都会の交差点になったり、静かな夜の公園になったり、コンビニになったり。そのセット交換に時間がかかってたけど、あれは仕方ない。証明とか小道具とか、いちいち変えないといけない感じで。


「あー! 梓と美香さん、一緒にいい?」


 2人で話しながら食べていると、そこに優奈ちゃんがやってきた。オレンジ色の目が覚めるような服を着た彼女は、笑顔でこっちに手を振っている。


「わ、私は良いよ。美香さんは?」

「梓ちゃんが良いなら、私も良いよ。一緒に食べようか」


 美香さんに気を遣わせちゃうと思って、先に返事をしたけど……。本当は、あまり関わりたくない。

 青葉くんが近くに来ませんように。


 私は、お弁当片手に席へ座る優奈ちゃんへ、笑顔を向けた。


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