17

いつもと違う、好きな人の姿

タイミング



 とうとう、この日がやってきた。

 奏くんのついた嘘が、本当になってしまった撮影日。


「梓ちゃん!」

「美香さん、おはようございます……」


 電車とバスを乗り継いでやっと現場に到着した私を、先に来ていた美香さんが出迎えてくれた。彼女には悪いけど、挨拶した私の顔は引き攣っていた気がする。だって……。


「あはは、大変だったね」

「慣れてなくて……。もう体力残ってないです」

「本番は、これからだよ!」


 なんで、美香さんはそんな笑顔をキープできるの……。

 これがプロなのね……。


 指定された服の色が黒なのもあって、暑いのよ。黒って、太陽の光を吸収するって言うでしょう? 今日の犠牲者は、私だわ。


「ちょっと、休みたい、です……」

「控室こっちだよ! Aグループだよね、私もそうなの」

「良かった……。1人じゃ心細かったので嬉しいです」

「私も! ね、行こう行こう」


 私は、元気が良すぎる美香さんに手を引かれ、建物の中に入っていく。なんでこんなテンション高いんだろう。ちょっと分けて欲しい。

 とりあえず、そこに立ってる守衛さんにお辞儀をしよう。守衛さん、こんな暑いのに大変だなあ。




***



「ねえ、さっちゃん」

「何、千影さん」

「私ね、娘が欲しかったの」

「……それ、今言う話?」

「でもね、産んだら憎たらしいものがついてたの……」

「だから、それ! 今言う話かって聞いてんの!」


 今日は、鈴木さんがエキストラとして現場に来る日。

 急遽ゲストで呼ばれた千影さんのメイクをしていると、そんな会話をぶち込んでくる。すみませんね、娘にはないものが付いていて。


 にしても、鈴木さん迷わずに来れたかな。

 集合時間が違ったから、一緒に来れなかったんだ。本当は一緒に行きたかったんだけど、「待つ場所ないと思うから」って断られちゃった。

 確かに、ここのスタジオは控室くらいしか待つところない。鈴木さんがここで待っていたら、色々質問攻めされそうだし仕方ないか。


 仕上げのルースパウダーの粉をブラシの上に乗せていると、千影さんが大きなため息をつく。


「はあ。梓ちゃんに会いたい」

「俺でごめんなさいね!」


 家出たって連絡をもらって結構経つから、そろそろ来る頃だと思うんだけど……。でも、これから俺は奏ともう1人の準主役のメイクもしないといけないから会える時間はないだろうな。

 ごめんね、鈴木さん。


 そして、千影さんとは遭遇しませんように。まじで、切実に。



***



「わあ……」


 美香さんに案内してもらった控室は、畳のお部屋だった。窓はないけど、旅館みたい。鏡が壁にバーッて貼られていて、部屋の端には座布団が積み上げられている。

 机の上にはお菓子まであって、本当に旅館だわ。


「梓ちゃん、初めて?」

「はい……」

「あはは。私は見慣れちゃってるから、なんとも思わない」

「結構広いんですね」

「今日は、ここに10人くらい入るから。主役とか、役名付きで呼ばれる時は、この広さを1人で使うんだよ」

「それは、ちょっと寂し……あ、ごめんなさい」


 入り口でぼーっと立っていると、後ろから来た人とぶつかってしまう。急いで避けて謝ると、


「……あれ、梓?」

「え?」

「あ、優奈ちゃんだ。おはよう」


 見慣れた顔が立っていた。

 それは、中学の時によく一緒にいたクラスメイトの優奈ちゃん。メイクしていてちょっとわからなかったけど、この笑い方は優奈ちゃんだ。


 隣では、美香さんがそんな彼女に向かって挨拶をしている。ってことは、やっぱり優奈ちゃんなんだ。


「ひ、久しぶり」

「やっぱ、梓だよね! え、梓も芸能界入るの!?」

「あ、えっと……。優奈ちゃんは?」

「私は、駆け出しのモデルだよ! 美香さんと同じ事務所なの」

「梓ちゃん、優奈ちゃん知ってるの?」

「あ、はい。中学時代の同級生で」

「大親友だよね! 梓、男と遊びまくってるって噂じゃん。今度、1人くらい紹介してよ」

「え?」

「じゃあ、またお昼おしゃべりしよー。私、現場見てくるー」


 そんな噂あるの?

 それって、誰かと間違ってない?


 そう言おうとしたんだけど、優奈ちゃんは荷物を置いてサッと部屋を出て行ってしまった。その勢いにやられてしまい、美香さんと一緒に入り口を見ていると、


「あ、鈴木さん来てる」

「……青葉くん」


 青葉くんが部屋に入ってきた。


 もしかして、今の聞かれてた?

 今、否定した方が良い?


「あ、あの、青葉くん。今の」

「美香さん、鈴木さんに現場案内してくれます? 俺、今から奏のメイクするので」

「う、うん。いいよ」

「ありがとうございます。じゃあ、また現場で」

「……」


 優奈ちゃん、中学の時もああやって有る事無い事噂広めるの好きだったんだ。私も良く苦労したの。でも、悪気はないから何も言えなかった。今、青葉くんにそうだったように。


 隣では、美香さんが「否定できなくてごめんね」と謝ってくる。ってことは、美香さんも青葉くんに聞かれてたって思ってるんだ。

 聞かれてたら、どうしよう。信じられたら、どうしよう。違うよって言わないと。

 


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