思い出される「可哀想」


「へー、中学で同じクラスだったんだ」

「そうなんですよ。あの、前話したしっかりしてた子が梓」

「わかるかも。梓ちゃん、すごくしっかりしてる」

「……そ、そうかな」


 というか、私の話をいつしたの? 

 変なこと言われていないと良いな。中学時代、結構優奈ちゃんと気まずくなったりしてたから……。


 私のそんな心配をよそに、会話はサクサクと進んでいく。

 他の人たちも控室でご飯食べていて、ザワメキが聞こえてくるからちょっとだけ安心するんだ。静かなところで優奈ちゃんの声を聞いているのは、ちょっと今の精神状態だと不安になっちゃいそうで。


「逆にさー。梓と美香さんはどこで会ったの? 事務所入ってないなら、イベントとか?」

「ううん、違うよ」

「五月くんと同じ学校なの、梓ちゃん。それで会ったんだ」

「え!? 梓って、五月くんのセフレなの!?」

「声! 声、大きい……」

「え、マジでそうなの!? 今、何股してるの」

「べ、別にそんなんじゃなくて。えっと、その……」


 お願いだから、周りの人はこっちを向かないでちょうだい!


 優奈ちゃんの声によって視線を集めた私は、突然のことでなんと言ったら良いのかわからなくなった。

 脳内が一気に混乱しちゃったから、隣で美香さんも一緒に慌てていることすら気づかなかったわ。


 それよりも、持っていたお箸をかろうじて落とさずお弁当の上に置いたのは褒めて欲しい。そのくらい慌ててしまったから、きっと不自然だったんだろうな。


「でも、梓すごいじゃん。あの五月くんで遊ぶとか」

「え、あ……」

「でも、五月くん最近セフレ切ってるみたいだから、梓も時間の問題だね。次行こう、次!」

「えっと、そうじゃなくて。その……」


 というか、青葉くんと付き合ってるって言って良いの? 内緒にしておいた方が良いよね。仕事現場に私情を持ってくるって、青葉くんが一番嫌いそうだし。

 なんとか、穏便に。穏便に。


 そう思っても、周りの視線に耐えきれなくなった私は、思ってもいないことを口にする。


「ク、クラスメイト! そう、ただのクラスメイトで。えっと、別に付き合ってるとかじゃなくて、普通の」

「ふーん、怪しい〜。ねえ、美香さんは何か知ってるの?」

「え? あ、えっと……。そ、そうだ。私、五月くんに振られちゃったんだ。残念だよねー」

「マジ!? え、諦めたの!? あんな執着してたのに!」

「あはは。これからは、普通に友達として接そうって話したの」

「そうなんだ。意外ー。もっとドロドロした話が聞きたかったのに」


 3年前も彼女は、こうやって面白がってありさちゃんと一緒に私の家族を「非常識」と笑った。

 双子を「お荷物」と言って笑った。


 中2の私が、双子の面倒を見ながら家事をやることを「ありえない」と、そんなことをさせる親が「酷い」と言い切った。そんな両親なら、要らないと言われた時もあった。

 それは、1度ではない。何度も何度も。


 その時のことが、鮮明に脳裏に蘇る。


「それよりさ、優奈ちゃんのそういう話ないの?」

「えー、私? 実はさー」


 一瞬にして、視界が狭まっていく。油断したら、泣きそう。

 こんなことで泣いたなんて、知られたくないわ。あの時も、我慢できたんだ。今も我慢できるはず。


 我慢できるはずなのに、決意とは裏腹に感情が溢れ出してどんどん目の前が歪んでいく。


「鈴木さん、来たよ。今、時間ある?」

「……青葉くん」

「五月くんだ!」

「お疲れ、五月くん」


 もうダメ。

 そう思った時、後ろから青葉くんの声が聞こえてきた。


 振り向くと、そこにはいつもの青葉くんが。

 黒シャツにチノパンというラフな格好で、こっちに向かって手を振っていた。


「お疲れ様。疲れてない?」

「あ、うん……。楽しい……」

「良かった。……美香さん、案内とかありがとうございます」

「大丈夫だよー。梓ちゃん、何見ても感動するから案内してて楽しかったよ」

「あはは、想像つくよ」

「五月くん、梓と同じクラスなんだって? 私、中学の時一緒だったんだあ」

「そうなんだ、横の繋がりってすごいね」

「ねー。でさー、今梓に聞いてたんだけど、五月くんと梓ってセフレじゃないの? 梓はただのクラスメイトって言ってたけど」


 優奈ちゃんは、割と大きめの声でそう言った。はっきりと、周囲に聞かせるように。


 こうやって青葉くんに迷惑がかかるのが嫌だったのに。

 だから関わりがないように言ったのに、これじゃ逆効果だ。しかも、青葉くんに「ただのクラスメイト」って言ったことが伝わってしまった。

 優奈ちゃん、酷いよ……。


 でも、そう言ったのは私だ。

 優奈ちゃんは悪くない。私が悪い。

 だから、青葉くんの顔が見れなかった。


「そうなの、鈴木さん?」


 私は、彼の問いかけに答えずただただ下を向いていることしかできない。


 

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