アヒルが北京ダック


「あの、さっきの話は……」


 鈴木さんが、俺のことを4月のうちから認識していたのは素直に嬉しい。知らなかった。

 でも、今はそれを飛ばしてでも説明したいことがある。


 俺は、キョトンとする鈴木さんを抱きしめながら、話を続ける。


「さっきの話は、俺が不特定多数の女性と関係持って遊んでいたから「中古」って表現してきたんだよ」

「あ……。え、じゃあ、私さっき」

「そうだよ。鈴木さん、他の男と経験積んで中古になるなんて言うから、めちゃくちゃ焦った。けど、やっぱり勘違いしてたんだね」

「……恥ずかしい」


 ああ、認識したっぽい。

 鈴木さんは、両手で顔を覆って下を向いてしまった。その指の隙間から、真っ赤な顔しているのがわかるくらい恥ずかしがってる。


 良かった、勘違いで。

 俺が遊んでたから、鈴木さんがたとえ他の男と遊んでても文句言える立場じゃないのはわかってるよ。……めちゃくちゃ嫌だけど。俺も、それをやってたから仕方ない。わかってる、けど。


「勝手なんだけど、鈴木さんは全部俺のだって思ってて良い?」

「全部?」

「うん。鈴木さんの感情を動かすのも、見るのも全部。身体だって、他の男に渡さない」

「……そしたら、私は青葉くんもらって良いの?」

「良いよ。こんな俺でよければ、全部あげる」

「……」


 身勝手な俺でごめんね。

 

 俺は、泣きそうになっている鈴木さんを強く抱きしめた。

 俺が遊んでいなければ、こんな顔をさせることなかったのに。そうやって悔やんでいると、鈴木さんが話し出す。


「じゃあ、来年の体力テストは出て良いの?」

「へ?」

「あ……。私、来年はB判定行きたくて。その、今回Dだったから」

「ぶは!? ふふ、ふ」

「ちょっと!? Dだからって、笑わないでよ!」


 違う。D判定で笑ったんじゃない。

 いつもの鈴木さんだから笑ったんだ。俺が好きになった、その素直で優しい性格の鈴木さんだったから笑っただけ。


 俺は、鈴木さんから離れて腹を抱えて笑ってしまった。湿っぽくなってた自分が、馬鹿みたい。


「わ、笑ってない。ふっ、笑って……」

「笑ってる! どうせ、青葉くんはS判定でしょ」

「そうだけど……。ふはっ!」

「……さっちゃんの馬鹿」


 その名前、今呼ぶのは反則だ。


 だから、こっちも仕返しをしてやろう。


「あずも馬鹿でしょ」


 試しに桜田くんと同じ呼び方をすると、鈴木さんの顔がまたもや真っ赤に染まっていく。名前で呼ばれるの慣れてないのかな。泣き止んだね。

 その顔を見た俺は、そのまま鈴木さんに近づいた。すると、それに気づいた彼女が目を閉じる。


 でも、キスは出来なかった。

 もう少しで、唇が当たるって思った時に……。


「あ゙ーーーー、入りすぎたあ゙」

「!?」

「……奏」


 ノックなしに、奏がこれまた真っ赤な顔して入ってきたから。その肩には、脱衣所で見たことがあるフェイスタオルを引っ提げている。


 てか、どんだけ入ったらそんな赤くなるんだ?

 奏は、俺らの気まずそうな空気に気づかず、そのまま床に倒れ込む。


「か、奏くん!? え、ちょっとパパ、何してんのよ!」

「いや、それより水! 奏、待ってて持ってくるから」

「アヒルが101匹、アヒルが102匹……」

「透! こっち来なさい!」

「アヒルが北京ダック……」

「風呂でどんな会話してたの!?」

「透!!!」


 まあ、湿っぽいより良いか。ずっと良い。


 俺は、目を回す奏に飲ませるため、急いでキッチンへと水を取りに行く。鬼の形相をした鈴木さんは、そのまま透さん捕まえに行っちゃった。

 透さん、がんばれ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る