やっぱり勘違いされてました。


「ということで、セイラさん改め千影さんに会いました」


 夕食の席で私がそういうと、パパが持っていたお箸を落とした。

 それだけじゃない。持っていたお椀を傾けて、スープこぼしてる! いい歳して何してんのよ、もう。


「ああ、パパ! こぼしてるこぼしてる!」

「パパ、ダッセー」

「ちょっとー、自分で掃除してよね」

「……え? セイラさんに会った?」


 でも、パパはこぼしていることに気づいていない勢いでびっくりしてる。今更、何をそんなびっくりするのよ。目の前に、奏くんだって居るのに。


「うん、一緒に買い物した。千影さんって呼んでって言われたの」

「サインは!?」

「もう、パパってばミーハーなんだから。前もらったやつ、私の部屋にサインあるよ」

「僕宛のサインが欲しい……」

「じゃあ、もらっておきますよ」

「マジ!? ありがとうございます!! 五月くん、おかわりは?」

「あ、いただきます」


 パパ、前に奏くんにもサインもらってホクホクしてたんだよね。そんなにサイン集めてどうするんだろう? まあ、私もサインもらったら嬉しいけどさ。


「私やるよ。シャケいっぱい入れるね」

「……千影さんから聞いた話は忘れてください」

「え? サーモンが美味しすぎて1週間ずっとそればかり食べた話?」

「だから忘れてって!」

「あ、ごめん」


 しまった。青葉くん、顔真っ赤。

 これ、話ちゃいけなかったやつ?


 私がその話をすると、パパが吹き出した。双子も、奏くんも。

 それを見た青葉くんの顔は、さらに赤くなっていく。


「五月くん、可愛いところあるじゃないか」

「おにいちゃん、かわいい!」

「にいちゃん、かわいい!」

「さっちゃん可愛い!」

「奏は黙れ!!」

「え、五月くん。さっちゃんって呼ばれてるのかい?」

「ああ、もう!」


 ごめんね、青葉くん。


 心の中で謝罪をした私は、「さっちゃん」の話題で持ちきりになったテーブルから離れてキッチンへ向かう。シャケたくさん入れるから、許してね。




***



「……今、この時間は奏の犠牲の元成り立っている」

「そんな真顔で……」


 夕飯を終えた俺は、鈴木さんの部屋で夏休みの宿題をしていた。


 奏? 透さんとお風呂入りに行っちゃったよ。

 ものすごい顔して透さんに引きずられて消えていったけどね。今日もアヒルさん半分こして遊ぶって言ってた。


「いや、透さんと入るの楽しいけどさ。楽しいんだけど……」

「え、楽しいの?」

「あー……、うん」

「……ごめんね」

「うん……」


 本当、嫌ではないよ。ただ、鈴木さんと入りたいなってだけ。

 ってか、なんで透さんは俺らと入りたがるんだ? よくわからない。


「鈴木さんと入りたい……」

「え?」

「あ、深い意味はないよ。ごめん」


 気が抜けてた俺は、心の声をそのまま口に出してしまった。言うつもりがなかったのに。

 鈴木さん、めちゃくちゃびっくりした顔してる。まあ、そうなるよね。ごめん。


 俺が否定すると、鈴木さんは少し悲しそうな顔してシャーペンを置いた。


「鈴木さん? ごめんね」

「……青葉くんは、他の女の子と入ったことあるの?」

「え、ないよ。お風呂は1人でゆっくり入りたいし」

「……」

「鈴木、さん?」


 この話題は、まずかったかも。

 でも、本当に入ってない。シャワーは1人で浴びてたし。……言い訳に聞こえちゃうかな。


 鈴木さんに倣って俺もシャーペンを置くと、思った以上にカタンと大きな音が響く。


「……ごめんね。付き合う前のことだってわかってるんだけど、なんかモヤモヤしちゃって。気持ちの整理がうまくできなくて。ごめん」

「なんで鈴木さんが謝るの。俺だって、さっき鈴木さんが他で経験積んでくるって話した時めちゃくちゃモヤモヤしたよ。俺こそ、勝手でごめんね」

「……? なんで、モヤモヤしたの?」

「え、なんでって……。鈴木さんが他の人とするの想像しただけで、嫉妬しそうで」

「じゃあ、来年の体力テストはお休みするね」

「え?」

「え?」

「え?」

「え?」


 待って。鈴木さん、なんか勘違いしてる?

 え、体力テストに「セックス」って項目ないよね。あったら、教育委員会に訴えられてるよね!?


 話が噛み合っていなかったことに気づいた俺は、とりあえず鈴木さんの隣に座る。


「あ、そっか。来年まで付き合ってるかわからないもんね」

「いや、付き合ってるし、これからも離すつもりないよ。ただ、鈴木さんはなんの話してるの? 俺と話題違うかも」

「え、下半身鍛える話でしょ? さっき、千影さんが下半身中古だって言ってたから、青葉くん相当走ってるんだろうなって。4月下旬の体力テストで走った時、バスケ部に勧誘されてたのって青葉くんだったよね?」

「ん、ん、ん……。待って、どこから突っ込めば良い?」


 てか、鈴木さん4月に俺のこと認識してたの!? めちゃくちゃ嬉しいんだけど、今はそれは置いとこう。

 違う。そうじゃないんだ。そうじゃなくて……。


「あの、さっきの話は……」


 俺は、キョトンとする鈴木さんを抱きしめながら、さっきの話を説明する。



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る