千影さんは母親さん
家がそろそろ見えてくるってところで、私は立ち止まった。
いたずらっ子な顔をするセイラさんとは正反対に、青葉くんは気まずそうな表情で横を向いているの。どうしたんだろう?
意味のわからない私は、その顔を覗きながら質問をする。
「青葉くん、中古なの?」
「……あ、えっと」
それと同時に、セイラさんが私をギュッと抱きしめてきた。やっぱり、良い匂いだな。香水とはちょっと違うような?
その匂いにやられ、持っていたカバンを落としそうになってハッとした。
「梓ちゃんは、本当にさっちゃんで良いの?」
「え?」
セイラさんの発言に、青葉くんはスーパーの袋を持ったまま下を向いてしまった。そっちに行きたいんだけど、セイラさんが離してくれない。力が強くて振り解けないよ。
「ほら、中古男でしょ? 他でかなり経験しちゃってるし」
「えっと、中古って……?」
「下半身のはな「言い方!」」
下半身? 私、脚力はあると思うんだけど。ほら、いつもスーパーまで走ってるし。双子の迎えだって、猛ダッシュだし。
でも、青葉くんって結構かけっこ早いんだよね。前、体育で100M走ってバスケ部に勧誘されてるの見たもん。私は、誰からも勧誘されなかった。
でも、中古ってなんだろ? チューコ? そんな部活、あったかな。
「あ、あの! 私、その」
「なあに、梓ちゃん?」
「あの、その……。わ、私も他で経験積んで、青葉くんと同じくチューコになります! だから、えっと」
「それはやめて!」
「やめろ! シャレんなんねえ!」
「え?」
あれ、違った?
私が宣言すると、青葉くんと奏くんが真っ青な顔して大声を張り上げてきた。特に青葉くんなんて、スーパーの袋を落としてるし。卵入ってなかった?
「す、鈴木さん、意味わかってる?」
「え? 運動のことでしょ?」
「……運動、だけどさ」
「私、青葉くんに近づきたい。これからも一緒に居れるように頑張るから……」
「頑張らなくても一緒だよ。一緒に居るから、その、他の人とはしないでほしいです。……勝手でごめん」
「う、うん。わかった……?」
「ふふふ、梓ちゃん純粋! 絶対一緒にショッピングする! 全身コーデ」
「させるか!」
正直、よくわからない。
とりあえず卵の心配をしていると、それに気づいた奏くんが拾って中身を確認してくれている。そして、こっちを向いてオッケーサイン。
うん、割れてないみたい。
そんなやりとりをしつつも、私はセイラさんに抱擁されて動けない。そこで2人して言い合いしてるし、カオスだわ。
「もう、鈴木さんに嫌われたら、今後一切千影さんのメイクしないからね」
「それは良いけど、梓ちゃんには嫌われたくないわ! 嫌いなの?」
「本人に聞かれて本当のこと言えるか!」
「ふふ。私、セイラさん大好き。だって、青葉くんとそっくりだもん」
「……」
「……梓ちゃん」
私が笑うと、セイラさんが離してくれた。そして、
「千影」
「え?」
「私、貴女の前で演技はしたくないから。千影って呼んでちょうだい」
そう言って、いたずらっ子の顔のまま笑いかけてくる。その顔は、やっぱりどこか青葉くんに似ていて。
「あ、あの、千影さん」
「なあに?」
「わ、私、青葉くんのこと好きで、その。……青葉くんを幸せにしますので、えっと、お付き合い認めて欲しいです」
「……鈴木さん、それ俺のセリフ」
「え、そうなの?」
セイラ……千影さんの顔がまともに見れない中、私は言葉を振り絞った。のに、言い方が間違っていたみたい。奏くんが出てるドラマで、こんなセリフがあったから参考にしたのだけれど。
「……さっちゃん。梓ちゃんを泣かせたら、学費払うのやめるからね」
「は!?」
「家賃も止めるからね」
「……泣かせないよ」
「なら良いわ。……梓ちゃん」
「は、はひっ!?」
「うちの子、女遊びしてたし刺青すごいしメンタル豆腐だけどね……」
急に話しかけられて変な声出しちゃった。千影さん、そんな私を笑いながら話を進めてくる。
やっぱり、一緒に住んでいなくても2人は親子なんだ。ちゃんと、青葉くんのこと見てる。
この後、きっと「うちの子は優しいからよろしくね」とか言われるのかな。
「顔だけは良いから、よろしくね」
って!? まさかの良いところ顔だけ!?
私も奏くんも、思わず吹き出しちゃった。青葉くんは……真顔だわ。
「……青葉くんに見合う人になります」
「逆よ、逆。この子が梓ちゃんに見合う人になるの。ね、さっちゃん」
「うん。俺を選んでよかったって言ってもらえるようになる」
「そ。なら、良いわ。帰る」
「え、ご飯……」
「元々私の分は買ってないから。今度は、ショッピング行こうね、梓ちゃん!」
「だから、行かせるか!」
千影さんは、言うだけ言って逆方向へと歩いて行ってしまった。止める間もない。
やっぱり、芸能人って自由だな。奏くんもそうだけど。のびのびとしていて、憧れる。
でも、その後ろ姿はどことなく「母親」の面影を残していたの。なぜか、私にその視線は向いているけど、それは気のせいね。
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