前だけ向いて
「ねえ、見て見て! 美香さんからねー」
「……う、うん」
五月からヘルプをもらったオレは、貴重な休日を返上して家に行った。すると、そこにはデレデレになりながらスマホの画面を見せる梓と、それを見て複雑そうな顔をする親友がいる。
「……どうした?」
「か、奏! 奏ェ……」
「だから、どうしたって……」
「あ! 奏くん。あのね、今美香さんから猫の写真が来てね」
「……は?」
合鍵で玄関を開けてリビングに行くと、すぐに五月と梓が寄ってくる。……正反対の表情をしながら。
五月に至っては、なんか泣きそうだぞ。何があった……?
「……どんな状況?」
「鈴木さんが俺に構ってくれない……」
「美香さんちの実家にね、猫が居るんだって! 今度見に行くの!」
「お、俺も行く! 行くから!」
「……は? 美香さん?」
なんで、美香さん?
てか、あれからどうなったんだ? なんか、聞けない雰囲気なんだが。
オレは、2人を押しのけてとりあえずソファに座る。座り心地は、相変わらず良いな。
……さてと。
「1から説明してくれ……」
「だから、鈴木さんが」
「美香さんの猫が」
「お、俺も猫飼う!」
「……お前、アレルギー持ちだろ。前の現場ですげーくしゃみしてたくせに」
「え、青葉くんそうなの……?」
「違う! アレルギーなんて持ってない! 持ってないから!」
だから、状況を教えてくれ!
五月ってば、オレに向かってこれでもかというほど睨みつけている。けど、何がダメだったのか、来たばかりのオレに「わかれ」というのがそもそもおかしい。
そして、その隣では梓がシュンとした顔になってるじゃんか。まじで、落ち着いてくれ。
「……奏。美香さんに、鈴木さん取られる」
「は?」
「俺、猫アレルギーじゃない。鈴木さん猫好きだから、アレルギーじゃない」
「……そっか」
そんな理由でアレルギーじゃなくなったら、ノーベル賞モンだよ! 人類の進歩だぞ!?
相変わらず混乱気味の五月の頭を手刀でトンと叩くと、やっと落ち着いたらしい。ストンと、目の前のソファに座ってきた。梓も、それに続く。
「で? 美香さんとあれからどうなったんだよ」
「鈴木さんにナイフ向けて大変だった」
「はあ!? あいつっ! 警察に連絡したのか?」
「ううん、してないよ。私も悪かったから、ごめんなさいの仲直りしたの」
「……は?」
「仲直りして、ケーキ食べたんだ。あ、そうだ。奏くんも今度先輩の家の喫茶店行こうね。ケーキが美味しいの!」
「……五月、訳してくれ」
ナイフを向けられたのに、一緒にケーキ食ったってなんだ!? その間に、なにがあったんだ?
見ていなかったオレは、訳がわからず五月にヘルプを出す。
「ナイフを向けられたのに、鈴木さんってば素手で弾いて美香さんに「仲直りしよう」って言ったんだよ」
「……マジ?」
「マジ。透さんに、刃物の対処法を教わってたんだって。小学校の時に」
「え、梓って合気道とかしてんの?」
「それもしてるよ。でも、ナイフをいなすのはまた別だよ」
「へ、へえ……。そっか」
「あ、奏くんも教えてもらったら? 今度、青葉くん教えてもらうんだって」
「……おう」
わかった、アレだ。梓節ってやつ。
人が良すぎるから、こうやって反発する奴も中に取り込んじまうんだ。しかも、全部許しちまって。
きっと、美香さんはその梓節にやられて落ち着いたんだろうな。だいたい想像はできたわ。
っつーことはだな……。
「五月とも話ついたんか?」
「うん。もう付き纏わないって約束してくれた。奏の怪我もごめんなさいって。後で謝罪しに行くって言ってたよ」
「そっか、……よかったな」
「よくない!」
「え?」
これで一件落着! そう思ってしめたのに、そうじゃないらしい。
そっか、それで冒頭に戻るって訳か。
「鈴木さん、美香さんにベッタリで俺に構ってくれないんだ!」
「そんなことないよ。猫が好きなだけで」
「違う! だって、喫茶店でもずっと手繋いでたの俺知ってるからね」
「女の子同士だもの、良いじゃないの」
「ヤダ! 俺も鈴木さんも手繋ぎたい!」
「……」
なんだ、この痴話喧嘩。
いつまで続くんだ?
でもまあ……。
「……奏くん?」
オレは、2人に呆れつつ立ち上がって梓の隣に座る。そして、そのまま抱きしめた。
「ありがとうな、梓」
「え?」
「五月のこと、守ってくれて」
「……私も青葉くんに守られてるから」
「そっか。オレ、梓が居てくれてよかったよ」
「……私こそ、ありがとう」
最初は硬くなっていた梓は、オレの話を聞くと背中に手を回してくれた。
まあ、そんなことして黙っていないのはわかってるさ。
そこに五月も加わって、3人で抱きしめ合うとかいう訳の分からない展開になった。
けど。それでも、オレは嬉しい。
五月が前だけ向いて歩けるようになったっつー事実が嬉しい。
ありがとう、梓。
オレからもお礼を言わせてくれよ。
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